8.第一近衛騎士団
「うおおおおお!」
「えいやああ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、」
この日、第一近衛騎士団では副団長であるジョン・フォン・ローエンと団長であるシリウス・フォン・ローエン侯爵による一斉訓練が行われていた。この訓練は筋トレ・素振り・流鏑馬・模擬戦闘の順番で行われ、団長、副団長によって自分の悪い部分や弱い部分を直され、最後はこの二人対第一近衛騎士団員全員の模擬戦闘が行われて訓練が終わる。今はその素振りをしているところだった。
「ほらほら、お前!剣先がぶれてる!そんなんじゃ敵は倒せないぞ~!それと、変な声出しても力はでないからやめろ。じゃ、罰として腕立て二百回な」
ジョンは基本的に訓練に対しては厳しい。それは第一近衛騎士団が王族と王宮の警護を担当していることもあるが、単に自分が訓練好きであるというのが理由だった。またジョンは見た目からでは分からないほど屈強で引き締まった体を持っているが、決して筋肉質でムキムキなわけではなく、バランス良く筋肉が付いているため、その体を見たほとんどの令嬢が「あんな男性に守られたいわ!」と叫ぶのだ。
「また始まった、副団長の筋トレ好き。あいつも気の毒だな。」
「はははっ!でもこの訓練のおかげで強くなれるんだよなぁ」
「そうそう!この訓練の後いつもシーラが『あなた筋肉ついたわね。私筋肉のある男の人って大好き』とか言ってくれたんだ!俺早くプロポーズ出来るようにもっと訓練して強くなる!」
などと団員たちが訓練をしながら話していたとき、ジョンは団長であるシリウスに呼ばれ、訓練を続け手おくよう指示を出しかけていった。
「なにー?オヤジー」
「団長と呼べ。まったく、お前その態度そろそろ直さないか。」
「まっ別に良いじゃん!公の場ではちゃんとしてんだからさ」
はーっとため息をつきながら、シリウスはあきれつつジョンに要件を話した。
「実はウィリアム殿下から連絡があってな。明日第一近衛騎士団のお前の隊を動かしたいとのことだ。」
「ウィルが?ってことは証拠が見つかったんだな。案外早かったなぁ」
「まあ、そういうことだ。仕事が片付き次第、こちらに事情を話しにいらっしゃる。失礼のないようにな。」
「・・分かりました。」
ギロっと睨まれ、少したじろいだジョンは姿勢を正し、今度はきちんとして答えた。
その後、シリウスは団長の顔から父親への顔へと変わり、それに気づいたジョンは普通の親子の会話をし始め、訓練へと戻っていった。
「ところでお前、この前の見合いはどうだった?」
「あー、そのことなんだけどさ、俺この話受けるわ。」
「そうか、気に入ったんだな」
「あちらさんは気に入らないらしいけどなー」
「はははっ!お前もまだまだだな。まあ逃げられないように頑張れよ。」
二人はそうこう話しているうちに訓練場へと戻り、団員へのしごきを再開した。
そして一斉訓練の最後の項目である模擬戦闘が終わり、シリウスは平然とし、ジョンは木刀を肩に乗せながら軽く息を吐き、団員たちは全員地面に顔を突っ伏して倒れていた。倒れながら、副団長と団長に対し「むりーはくー」「悪魔め・・・」「シーラぁぁぁ」などと不満や愚痴を小さくこぼしていた。
「まったく、二人相手にこの様とは情けない。強い敵に対し全員で向かっても勝てないではないか。
罰として明日から素振り五千回だ!」
「「「「「えええええええええええ!!!!!!!!」」」」」
今度は全員が大きく不満の声をもらした。
と、そのとき
仕事を終えたウィルとレオンが訓練場へやってきた。
「相変わらず手厳しいなローエン侯爵」
「殿下、こちらまで足を運んでいただき恐縮です。お呼びいただければこちらから参りましたのに」
「いや、いいんだ。連絡は届いているな?ここではなんだ、場所を変えて中で話そう。」
「はい、かしこまりました。今日の訓練は終わりだ、適当に休んだら持ち場へ戻れ。以上」
団員たちは皆「ウィリアム殿下だ」とウィルに敬礼をしながら持ち場へと戻っていき、ウィルとレオンとジョンとシリウスの四人は騎士団の団長室へと歩いて行った。
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「早速だがジョン、話は聞いているな?」
「あぁ、マイヤー伯爵の余罪の証拠が挙がったんだろ?以外と早かったな」
ジョンのウィルに対する言葉遣いにシリウスは口を開いたが、「いい、気軽な方が話しやすい」というウィルの言葉に注意するのをやめた。
「まぁ色々あってな。ジョンが話してくれたフィル・フォン・マイヤーの話を詳しく聞いて、信じることにした。」
「最初は信じられませんでしたがね。今でも警戒はしています。」
「彼にも事情があったんだ、確実な証拠も提出してくれた。」
「ふーん、それで明日マイヤー伯爵邸に行くんだろ?俺の隊だけで良いのか?」
「いや、そのことなんだが今夜行くことにした。」
「ふーん、そっかぁ・・・・ってええええ?!今夜ぁ?!??!」
ウィルのこの発言にはシリウスも驚いた顔をし、その理由を尋ねた。
「失礼ですが殿下、そこまで急ぐ理由が何かおありなのですか?」
「ああ、ある。一つは証拠の精査が予定より早く終わったからだ。こうしている間にもマイヤー伯爵領の領民たちは苦しんでいる。それを早くなんとかしたい。朝になって悪いやつが消えている方が昼間に消えるよりもすっきりするだろ?」
ウィルはよほどマイヤー伯爵領の民を救うことが出来るのが嬉しいのか、普段からは考えられないほど無邪気に笑い、声も少し弾んでいた。
ウィルは、幼い頃から大人の汚い部分を見て、難なく膨大な量の仕事をこなしていたせいか、いつの間にか大人と同じように振る舞うようになり、子どもらしいことなど何一つしてこなかった。
そうした環境で育ったためまだ二十歳という年齢であるにもかかわらず、ウィルは他の同い年の貴族立ち寄りも大人びていた。
しかし、この時のウィルは年相応の青年の顔をして笑っていた。
シリウスはそれがとても嬉しく、ふっと気づかれない程度に微笑んでいた。
そして次にウィルから発された言葉でシリウスはガタッと椅子から勢いよく立ち上がった。
「もう一つは、マイヤー伯爵邸の横にある小さな塔に閉じ込められたセシルという少女を助けるためだ。これはフィルが私に頼んで来たことだったんだがな。状況を聞く限り、早いほうが良いだろうと判断した。」
「へー、じゃあフィルが言っていた助けたい人って言うのはそのセシルっていう女の子のことだったんだなぁ」
「せ、セ、セシルだと?・・殿下、いま、そうおっしゃいましたか?」
「あ、ああそうだ。少女の名前はセシルだ。間違いないな、レオン」
「ええ、私もそう聞き及んでいます。生まれてから十六年間一度も外に出たことがない少女だとフィルは言っていましたが、ローエン侯爵は知っているのですか?」
普段から冷静なシリウスが取り乱した様子に、ウィルやレオンにくわえ、息子であるジョンも驚いた顔をしていた。
「・・・十六?いえ、申し訳ありません、殿下の前で取り乱してしまって。しかしどうやら勘違いのようでした。私は確かにセシルという女性の名に聞き覚えがあります。しかし、その女性が生きていたら今は四十かそこそこのはず、私の知っている女性ではありませんでした。」
「へぇ、親父にもそんな相手がいたんだなぁ、どんな人だったんだ?」
「優しく、聡明で、彼女が笑うだけで私の弱い部分を丸ごと包んでくれるような素敵な女性だった・・・・私の妻だった女性だ。」
「え、それって・・・」
「あぁ、お前にも昔話したことがあるが、彼女は友人のお茶会に行ったきり私のところへ帰ってくることはなかった。」
ジョンは昔、その話をシリウスから聞かされ、好きな女性は死ぬ気で守れと普段は物静かな父からすごい勢いで言われたので覚えていた。
「殿下・・・・」
「ああ・・ローエン侯爵、これから言うことはあなたにとって良くないことだとは思うが落ち着いて聞いてほしい。」
「はい、殿下」
「実は、今塔に閉じ込められている少女を産んだ母親の名はセシルという名前だったとフィルから報告があがっているのだが、それは侯爵の探しているセシルではだろうか、何か心当たりはないか。」
「くっ!やはりあいつだったのか!・・・・ええ、殿下の言うとおりその子の母親が私の元妻であったセシルに間違いないでしょう。ドブリスは、あいつは私がセシルと結婚する前からセシルを想っていました。しかし、最初はそれだけで、私もセシルも気にはしていなかったのですが、セシルと婚約し、結婚してからはそれまでには感じられなかった私に対する憎しみとセシルに対する執着にも似た歪んだ愛をぶつけて来るようになりました。それは日を増ごとに酷くなり、屋敷に暗殺者を送り込み私を殺そうとしたり、セシルを攫おうとしてきました。ですから私は屋敷の警備を強化し、セシルを守るのにつとめました。一旦はそれで落ち着いたのですが、二年後、友人のお茶会に行くセシルを心配しながらも近く大丈夫だと考えたのがいけませんでした。その後マイヤー伯爵家へ押しかけましたが、証拠がなく、それ以上問い詰めることが出来ませんでした・・・・しかし今はセシルではなく、妻や息子たちを愛しています。たとえセシルと会うことが出来ても私は謝罪することしか出来ません。」
話し終えたシリウスは少し落ち込んでいたが、ジョンの方を見て、しっかりと現在を見つめていた。
それを見たウィルとレオンは安心し、話を続けた。
「そうか、だがもうセシルという女性は子どもを産んでから一年後に病気で亡くなっているらしい。すまないが、墓は見つけられていないらしい。」
「そうですか・・・いえ、良いのです殿下。ありがとうございます。」
「しかし気になるのは閉じ込められた少女も『セシル』という名前だと言うことだ。名前をつけたのはおそらくマイヤー伯爵だろうが、なぜ母親と同じ名前を付けたんだと思う?」
「おそらくですが、セシルが死んだことに耐え切れず、同じ名前を付け、セシルとして接することで自分の心を満たしていたのでしょう。ドブリスとはそういう男です。」
「ひっでー話だよなぁ。じゃあその閉じ込められてる女の子は今まで自分を見てくれる人が誰もいなかったってことだろ?可哀想になぁ」
ジョンの言葉に三人とも同じように首を縦に振り、頷いた。
そして、ウィルは少女を救出した後の話を始めた。
「その少女を助けた後は、一旦は王宮で保護しようと考えている。出生証の手続きなどもあるし、生まれてからずっと閉じ込められていたのなら言葉も知らないだろう。一人で生きていくためにも教育する必要がある。」
「そうですね、それが良いと思います。」
レオンがウィルの考えに同意したところでシリウスが口を開く。
「殿下、よろしければそのセシルという少女を侯爵家の養女にしてもにしてもよろしいでしょうか。たとえ血は繋がっていなくてもセシルが産んだ子です、私が育てていきたい。妻も最近娘がほしいとぼやいていましたし、問題ないでしょう、むしろ喜びます。問題はジョンとリアンですが・・・」
「え!なに、俺義妹できんの?!やったー!ちょー嬉しい!楽しみ~!リアンもきっと大丈夫だろ~あいつ俺に『兄ではなくかわいい妹が欲しかった』とか言ってたことあるし。」
「そういう訳です殿下。少女の教育もうちで行いますので、許可いただけないでしょうか。」
「分かった。それではよろしく頼む。では今からちょうど一時間後に正門から出発する、いいな?」
「りょーかい。じゃ、俺は部下集めて準備するから~!これで失礼しますね、殿下。」
今後の方針が決まり、ジョンは義妹が出来ることが嬉しいのか、ふんふんと鼻歌を歌いながら団長室をスキップして出て行った。
「まったくあいつは・・・・」
ジョンの王太子殿下に対する軽すぎる態度を見て、シリウスは何回目になるか分からないため息をついた。
「それでは殿下、私も仕事がありますので失礼させていただきますがよろしいですか。」
「ああ、私も準備があるのでもう行く。途中まで共に行こう。」
そうして三人は騎士団団長室を後にし、途中まで歩きながら、ウィルとレオンはシリウスからジョンが婚約を決めた話を聞き驚いていたのだった。