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さて……。

本日何故か『奇行』の目立つクゥラムズ殿下と早々に二人きりにされてしまったペィティリアは、平静を装ったその裏では彼の意図が全く掴めず大混乱の渦の中にいた。


当然と言えば当然の話であり、心中察するに余りある。



いままでの彼は頭脳明晰で眉目秀麗、誰に対しても平等であり、かつ全ての人を惹きつけるカリスマ性をもつ……非の打ち所のない完璧超人であった。


ーーーそう、それこそ『華園』の中の【彼】と同じように。



そんなクゥラムズ殿下のこの様な突然の『奇行』。

冷静に考えれば、即座に柔軟な対応しろという方が無理な相談なのである。


とはいえ、時間は有限であり決して待ってはくれない。

特に、今日は既にこのような時間なのだ。

早急に話を終わらせて自室へと帰らねば面倒なことになるのは、入室する前から目に見えている。

そしてもちろん、そんなことは彼女とて十二分に理解しているのである。

けれど、お茶が出てこない以上は本題にすら入れない。だが、再三再四述べた通り、本来お茶を用意するはずのパーラーメイドはこの場にいない。


この場合、本来ならばお茶を用意するのは『客を除き最も身分の低い人物』なのだが、客と主催の2人だけしか存在しないこの状況において、それに該当する人物はただ一人……。

大国イララマにおいて最高位の身分を有する御仁の嫡男、クゥラムズ殿下となってしまうのである。




ーーー天下の王位継承者にお茶を淹れさせるのは流石にまずかろう。



つまり、客であるペィティリアがお茶を淹れるよりほかに仕方がないという異常な状況なのだ。

これを思えば、なおのこと先程使いの男を自室に下げたタイミングでペィティリアが抗議の声をあげたとしても問題などなかったに相違ない。


けれどタイミングを逃してしまった今、言いたいことは山ほどあれど実際に口にできる言葉はほとんど存在せず、彼女にはこれ以上どうすることも出来なかった。

そこで着席を促す発言が得られなかったことをこれ幸いに、やることをさっさと済ませてしまおうと、ペィティリアは部屋の中央に用意されたティートローリーの傍へと近寄ろうとした。




「ペィティリア」


そんな彼女の名を、彼は感情の読み取れない、聞いた事のないような平坦な声で呼んだ。







「私が淹れるから君は座っていて構わないよ」



そう言ってにこりと目尻を下げたクゥラムズ殿下は、自身の傍にあるソファーの手すりに体重をのせながら、その向かいにある対のソファーをペィティリアに勧めた。



(なにを言ってんだ……この人?)





その言葉に困惑と焦りと疑問を隠しきれなかったペィティリアに、彼はなんでもなさそうに続ける。




「今日用意したお茶は、美味しいとされる淹れ方が特殊なんだ」



ーーーだからさっさと座れ、という言外の圧を受け取り、その圧に気圧される形でペィティリアは勧められた通りに大人しく座って待つ事にした。


そうして彼女の様子をじっと見ていた彼は、彼女がビロードのソファーへしっかりと腰掛けたのを見届けると、ようやくゆったりとした足取りでティートローリーへと向かう。


そして、そのままの姿勢ーーーペィティリアに背を向け、彼女のいる位置から彼の手元がまったく見えない状態のまま、彼はお茶の用意をし始めたのである。







(え〜……。)



クゥラムズ殿下が自分に背を向けているのをいいことに、彼女はいかにも『ドン引き』といった表情をわざとらしくつくってみせた。

そしてそれを指摘すべきか、しばし思案した彼女は、しかしやはり雰囲気にのまれる形で押し黙った。


考えてもみて欲しい。

最高権力者のご子息に、誰が『人に背を向けるのは無作法ですよ』などと言えようか。




(まぁ……、王太子殿下様々ですもんねぇ……)









彼女がドン引きした訳……。

それは彼が『背を向けた状態でお茶を用意し始めた』ためである。



本来ならば、『お茶を淹れる際には、必ず自分の手元が相手に見える状態で淹れなければならない』のである。それが貴族の作法なのだ。


そして、このかなり重要な作法を彼が真っ向から無視したことに対し、相手が何者であれ、たとえどれだけ指摘しづらくともペィティリアは絶対に抗議すべきであった。

何故なら、この作法は『怪しい物がお茶に混入されていない事』を示すためのものであり、今のように手元が見えない状態で淹れられたお茶は『毒物』を意味することになる。




ーーー背を向けて茶を淹れた……。


前世の感覚でいえばたったそれだけの事だが、『たったそれだけの事』で捕らえられ、暗殺未遂容疑で査問を受けたメイドがいくらか存在する……それほど重きを置かれた作法なのだ。





もちろん、現実問題として『貴方を暗殺しまーす♡』と態度で馬鹿正直に教えてくれる暗殺者など居はしない訳だが、如何せん生きているだけで敵の多い貴族社会だ。

そういった作法一つ一つに生まれた背景が必ず存在し、作法を遵守することは我が身を……主に陰謀暗殺から守ることに繋がるのである。


故に、作法を守らぬ者は激しく非難され忌避される。







先程からペィティリアが、心中で小姑の如く殿下の作法についてちくちくと苦言を呈していることを煩わしく感じる者もいたであろうが、それほど無作法者というのは貴族にとって危険な存在なのである。



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