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ガチ……ゴチ……と振り子時計の振り子の揺れる重低音が部屋に響き渡る。

窓から覗いていた橙赤色の空は、もうすっかりと綺麗な赤紫色に変わってしまっていた。

数刻もしないうちに時間は黄昏から夜へと変わってしまう……そんな空模様の中、先程明記したものと同じ重低音以外はこれといった音が存在していないその部屋は、けれど決して無人という訳ではない。


灯りの満ちた豪華だが絢爛ではない室内には、その灯りに照らされた人影が二つ確認出来る。




その二つの人影の一つ……ビロードのソファに腰掛けたペィティリアは、居心地の悪さから来る背筋の不快感がそろそろ限界へと達しようとしていた。


しかし、大国の次期国王ーーーその婚約者として行われた厳しい教育と、それに伴い培われた彼女の中の筆頭貴族としての自負が、『いたたまれぬ空気に押されもぞもぞする』などというみっともない醜態を晒すことを何とか防いでいた。


そんな彼女の心中を知ってか知らずか、二つの影の片割れは彼女に背を向けたまま、透明なガラスのポットの中で蒸されて踊る茶葉をゆったりと眺めている。




その微動だにしない背中を眺めることに早々に飽きてしまったペィティリアが、壁の上方に置かれている時計の振り子を無心で眺め始めてから、これ程の時間が経とうとしていた。



(私……なにしに来たんだっけ……)



そう、ペィティリアは『決死の覚悟』と呼んでも相違ないほどの覚悟をもってこの場に乗り込んできたのである。

しかし、その覚悟は未だ生きることなく、彼女はこのように待たされ続けている。




ペィティリアが何故このような状況に陥ってしまったのかと言えば、彼女を呼び出した目の前の人物……輝かしき身上の御仁、クゥラムズ殿下の『奇行』が原因だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーー





入室にほんの少しだけもたついたペィティリアを、彼は冷え冷えとした態度で出迎えた。



……いや、正確に言えばペィティリアは『そう感じた』。


実際は、彼の表情や態度、細かな動作に至るまで、千人に聞けば千人が万人に聞けば万人が ーーーペィティリア以外の人物から見れば、いつもと相違のない慈悲深く威厳溢れた大国の次期王位継承者がその完璧で美しい姿を晒していた。




ペィティリアが何故、その姿を『冷え冷えとしている』と感じたのか……。

そこに言語化可能な根拠は何一つ存在せず、まさしくペィティリアがそう『感じた』に過ぎない。

もしかすれば、ペィティリアの『決死の覚悟』が彼女に彼をそう見せたのかもしれないし、そうではないかもしれない。


ただ一つ事実としていえるのは、この後の彼の行動は『奇行』と言うより他になかった、ということである。





まず、ペィティリアが入室するのとほぼ同時に、扉のそばに控えていた使いの男が室内に用意されていたティートローリーの側へと近寄った。



常ならば、王族であるクゥラムズ殿下と、その婚約者であり彼に招かれた高貴な客であるペィティリアのお茶を入れるのはパーラーメイドの仕事である。

しかし、彼女らが今この場に控えていないことを見るに、時間も時間だからと殿下があらかじめ断りを入れておいたのだろう。


そして、パーラーメイドの居ないこの状況において、『僕がお茶を淹れなければ』と使いの男が考えたのは至極当然であり、指示を受けずともその『当たり前』を実行しようとした彼は王族の下男だけあり有能なのだろう。



そう……異常なのは彼の主人の方だ。





クゥラムズ殿下は彼の動きを静止したかと思えば、あろうことか彼に自室へ下がるよう命令した。



念の為、今一度明記しておくが、時は『暮れ方』である。そんな時間にお茶の用意すら断り、早々に人払いをするその意味は…………。


有能さは伺い知れるものの、まだ歳若いその男の驚きと困惑が態度や表情に出てしまったとしても全くもって責められるべきではない。

それどころか、一瞬の遅れはあるものの主人の命令に速やかに反応し、勝手な行動に対する謝罪と黙礼を残して早々に部屋を辞した彼に対し、ペィティリアは賞賛の拍手を送りたかったくらいである。



……自分が部屋へと残される『客』でなければ、の話だが。







本当ならば、『どういうつもりか!!』と今すぐにでも彼に詰め寄りたかったペィティリアは、しかしそうすることは出来なかった。



『出されたお茶に口をつけるまで話し始めてはならない』


という貴族の作法が、先程述べた彼女の中の自負に相乗して彼女の口を噤ませたのだ。



まぁこの作法、本来ならば控えたパーラーメイドがそう時間をかけることなくお茶を用意するからこそ存在する作法なのである。

しかしこの場に彼女らは居らず、使いの男も殿下によって下げられてしまった。


このイレギュラーな状況において、彼女が不作法にもお茶を口にする前に彼を非難する言葉を吐いたとしても、決して咎められることはなかっただろう。




ペィティリアがそれをしなかった……いや、出来なかったのは、彼女が彼の『奇行』に無意識に気圧され、彼の作り出す空気に飲まれていたからに他ならない。




……この場の主導権は既に、彼の手に落ちていたのである。



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