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バタンッ!!!!!!
しん……と静まり返った部屋に、本を閉じる荒々しい音が響く。
(な…………な、な、なななななにこれぇぇえええええええ??!!!!////)
音の主であるペィティリアはとてつもなく混乱していた。
お察しとは思うが、理由は主に二つある。
一つ目は、この本の内容が彼女の想定していた内容と異なったためである。
彼女は表紙のサブタイトルを見た瞬間、この本を書いたのが自分と同じ転生者であると確信していた。
そして……だからこそ、この本の内容は『この世界の原作である乙ゲーの二次創作作品』であると考えていた。
そう、ここは生前の『彼女』がどハマりしていた、超人気乙女ゲーム【華の園 ~静かに口付けて~】、略して【華園】に良く似た世界であり、『彼女』はヒロインのライバルである悪役令嬢に転生していたのである。
そしてこれが『殿下にバレたのではないか』と、『彼女』もといペィティリアが心配していた秘密であった。
そしてペィティリアはてっきり、転生ものの二次創作であるこの本を読んでしまった殿下が、自分の婚約者もそうであるということに気が付いてしまったのだと思っていた。
……まぁ、結局杞憂だった訳だが。
しかし、人生二周目を現在進行形で経験しているおかげか色々な意味で達観している彼女は、それだけの事であればここまでは混乱していない。
最大の問題である二つ目の理由は…………その内容である。
ピンク色の空気を感じ取り思わず途中で閉じてしまったが、名前を少し変えてはあるものの悪役令嬢ペィティリアが主人公の作品である事はほぼ間違いなく……。
そして、その内容は明らかに…………ぇ、えろ同人であった。
さらに、この作品においてペィティリアと恋仲として書かれている殿方のモデルが、彼女の婚約者である殿下ではなく……騎士団筆頭をしている非攻略キャラ、ウェイン様であるという点も彼女を混乱させるポイントであった。
確かに……正直なところを言えば【華園】プレイ時代、彼女の最推しはウェイン様であった。
元々おじ専よりの年上好きであった彼女は、公式宛に『ファンディスクを作る事があるならば、ウェイン様も攻略キャラにして欲しい』という内容の嘆願書を書いたほど、攻略キャラではないウェイン様にずっきゅんされてしまっていた過去があったのは否めない。
とはいえ、である。
それはそれ、これはこれとはよく言ったもので……。今世におけるウェイン様へのペィティリアの感情は『推し感情』でしかない。
バレないように目で追ったり、式典の際に見ることが出来る正装姿にハスハスしたりはしているが………そもそもペィティリアと彼には、ほとんど接点がないのである。
この世界は、確かに【華園】に良く似た世界である。
しかし、似ているだけで相違点がまったくない訳ではない。その最たる例が『ペィティリア』本人である。
『彼女』がペィティリアとして転生したためなのか、彼女は無気力な……よく言えば穏やかな性格をしていて、【華園】で描かれていた苛烈で気位の高いペィティリアとは程遠い。
つまり彼女以外の【華園】登場人物達も、【華園】と同じ性格をしているとは限らないのである。
このことを理解したうえですら、接点のない男……もとい推しに恋愛感情を抱けるほどペィティリアは恋愛体質ではなかった。
(とはいえ、殿下が問題視する意味は分かったわ……)
なにせこれは、自分の婚約者をモデルにした(と思われる)令嬢と、自分ではない殿方とのえっちな小説なのだ。
さらに簡潔に言えば、自分の婚約者のNTRものの小説が世に出回っているのである。
……どうだろう。こう書くと一気にヤバさが際立つのではないだろうか?
王族などというのは、現代日本のアイドル達ほどではないにしろ人気商売な面が大きい。
とくに『王子さま』を取り巻く恋愛模様など、普段から大衆の注目の的だ。
やはり民衆たちは『王子さまとお姫さまの素敵な恋(笑)』を夢描くものなのだろう……。
やれ『殿下がペィティリア様のお手を引かれて歩いていた』だの、『ペィティリア様が殿下を目で追いかけていらっしゃった』だの……あることない事、とにかくなんでも脚色されて新聞の一面になるのだ。
ペィティリアとしては、非常~~~に勘弁して欲しいところである。
そも、『ウェイン様ならいざ知らず殿下なんぞ目で追うかいッ!!!』というのが彼女の主張である。
……いや、正直それはそれで自分の婚約者に対して正しい態度なのだろうかという問題もあるが……まぁ、そこは一旦置いておくとしよう。
そして実は、これらの問題とは別に、ペィティリアには気になる点が1つあった。
(殿下がわざわざ『熟読せよ』と念押しした意味は……なに?)
そう、ペィティリアに自分のNTRモノの小説が出ていることを把握しておいて欲しいだけならば、わざわざヴォルブさまに『熟読しておくように』などという念押しの伝言を託したりはしないだろう。
そもそも、この小説を読む必要があるのか自体怪しい。
気の利く殿方ならば、自分の婚約者の不貞が疑われかねないようなそんな小説……本人の目に入る前に内々に処理してくれるはずである。
それを彼がわざわざ『熟読せよ』などと言付けたものだから、ペィティリアは自分主役のエロ小説を睡眠時間を削ってまで熟読しなければならないのである。
……なんの嫌がらせなのだろうか。
前世の『彼女』は、残念ながら18歳を迎える前に亡くなってしまっている。
そして真面目で律儀だった『彼女』は、年齢制限を守った健全な小説しか生前読んだことがなかったのである。
当然、男性とそういう事をした経験もない。
今世は殿下の婚約者という時点でお察しの通りであるからして……前世と今世をあわせても、彼女はそういった『あっはんうっふん』な事に対する免疫がないのである。
にもかかわらず自分が主役のNTRエロ小説を読まなければならないとは…………読み始める前とは違った意味で神に祈らずには居られない案件だ。
(神よぉ……我に力を……ッ……)
一人虚しく天を仰いだ後、『もういっそ楽しんだれッ……!!』と開き直りながら先程閉じたページを開き、続きを読み始めた……深夜のペィティリアであった。