我が君 ~忠誠と愛の狭間に~
『我が君 ~忠誠と愛の狭間に~』
タァウダア・ノ・ヲォトァク著
~~~一部抜粋~~~
「本当に……よろしいのですか…?」
彼はゆっくりと、なにかを堪えるようにそう尋ねた。
思わず顔をあげたペイティナの瞳に入ってきたその姿は、騎士団筆頭として若き騎士達を引いきる自信と気迫に溢れた普段のフェインからは想像出来ぬほど痛々しく、弱々しかった。
それは、か弱い令嬢に過ぎない彼女にすら今の彼であれば討たれるのではないかと錯覚させる程……。
思わず自らの胸を押えたペイティナに、彼は続けた。
「貴方は若く……美しい。私のような気も利かない、年の離れた男を選ばずとも……」
「だれも…ッ」
弱々しく紡がれた彼の言葉を遮るように、彼女は話し出す。
「誰も、本当の私を見てくださいませんでした……。皆が口を揃えて、私を横暴で傲慢な娘だと……」
「ロンラント嬢……」
「……貴方様だけなのです…。噂に惑わされることなく、本当のわたくしと向き合ってくださったお方は……。わたくしは……、わたくしはフェイン様がよいのです。フェイン様だからこそ、このように心が揺さぶられているのです…」
何時にない彼女の反応に、今度はフェインが伏せていた顔をあげ、その視線は彼女に縫い止められる事となった。
月明かりを背に受けるペイティナは、光へ溶け込むのように儚げで……月へと、連れさられるのではないかという錯覚を見る者に与えた。
だからこそ、彼女が現在唯一そのような姿を見せる存在であるフェインは、彼女を失うかもしれないという焦燥感を強く感じ……気付いた時には口を開いていた。
「……シラ」
「え……」
「……私のことはシラ、と。もう誰も呼ぶことのない……私の本当の名です」
驚くほど素直に、その言葉はフェインの口から零れた。
もう二度と呼ばれないはずだったその名……。
国民の平穏な日常を守る為、棄てざるを得なかった……大切なもの…。
『彼女の心地よい声で……この名を呼んで欲しい』と、フェインがそう考え始めたのはいつからだったか。
「シラ、さま……」
ペイティナの形の良い唇が、ゆっくりとその名を口にした……その刹那、彼の身体に泣きたくなる程の喜びと抑えがたき劣情が駆け巡った。
「ずっと……ずっと貴方にこの名を呼んで欲しかった……っ」
「シラさまぁっ…!!」
「ティナっ…!!」
二人は強く…強く抱き合った。
彼らの関係はきっと、皆からは祝福されない。
しかし夜空に佇む星月達だけは、祝福され得ぬ恋人らへの心ばかりの祝いとでもいうかのように、自らの輝きを弱めたのであった。
そうして、鼻先が触れ合うほど近寄らねばお互いが見えぬほど光の落ちた部屋の中、ペイティナの瞳からこぼれ落ちる雫にフェインは唇を寄せ、その涙を吸い取った。
その感触にペイティナは涙に濡れた顔をあげ……二人はそのまま吸い寄せられるように唇を合わせた。
ちゅっ…というリップ音が彼らのまわりに響いていき、彼らの関係が先刻までとは異なる証明となっていく。
しかし、それを二人以外の者が知ることはない……。
お互いの存在を確かめ合い、深く口付けを交わしながら、フェインはゆっくりと彼女の服に手をかけ…………