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皆さん、御機嫌よう。
まぁ……そのように気を張らず、どうぞお寛ぎくださいませ?
わたくし、この茶会で身分差や礼儀などという無粋な事を言うつもりなどございませんもの。
あら、すでに皆さんお集まりのようね。
それでは改めまして……皆様、本日はようこそおいで下さいました。
わたくしは王国イララマの筆頭貴族ロンラント侯爵家が娘、ペィティリア・オーガスタス・ド・ロンラント……。
前世での名を●●●●と申します。
ふふっ、懐かしすぎてなんだか違和感があるわ。なにせ今世でこの名を口にする事など、まずありませんから。
ええ、そう。わたくしも皆様とおなじ『転生者』です……秘密ですよ?
さて、このように同郷の方々が共にイララマに生を受けたのも、なにかのご縁……。宜しければわたくしの自分語りに、暫しお付き合いくださいませんか?
……大丈夫、そんなにお時間はかかりませんわ。
これはね、ただの『愚痴』ですから。
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「失礼、ロンラント嬢」
一日の授業も終わり、寮に戻ろうとしていたペィティリアは、そう自分を呼ぶ声に振り返った。
「あら、御機嫌よう…ヴォルブ様。どうかなさいました?」
彼女のもとへ優雅に近付いてきたのは、イララマ王朝第一王子クゥラムズ殿下の、その補佐官となることが約束されているヴォルブ様だ。
学年が三つほど離れている彼は、学園一の秀才で食えない切れ者として知られており、いくらペィティリアが彼の主人であるクゥラムズ殿下の婚約者といえど、言葉を交わしたことなど数える程しか無い。
大変ご多忙な我が学園のカリスマである。
その彼がこうしてペィティリアを呼び止めることを疑問に感じつつ、彼女は彼の呼び掛けに応じた。
「突然お呼び止めして申し訳ない。実は、殿下よりあなたにお渡しするよう申し付けられたものがありまして」
「殿下から……わたくしに?」
「こちらを」
『めずらしい事もあるものね』などと考えながらペィティリアが受け取ったのは、小振りだがそこそこに重みのある小包だった。
触れてみると何か硬い……恐らく書物が入っているようだが、これは一体……?
ペィティリアが小包の扱いに困りヴォルブ様を仰ぎ見ると、彼も困った様に笑っていた。
「気の利いたプレゼントの類いでないのが申し訳ない。それと、殿下より『明日までに熟読しておくように』との言伝も預かっております」
「いえ、そんな。わざわざお持ち下さり感謝致します」
ペィティリアはあわてて彼にむかい礼を述べた一方で、脳内では状況分析に追われていた。
なにせ、ヴォルブ様はご多忙なお方だ。
そんな彼を殿下がわざわざ使わせ、さらには『明日までに熟読しておけ』という言伝まで残しているということは、この小包の中身は間違いなく、かなりの機密事項……かつ難解な『なにか』なのであろう。
さらには期日は明日、残された時間などないに等しい……。
「では、私はこれで……」
用を終えたヴォルブ様が遠ざかって行くのを見送りながら、ペィティリアは今日の睡眠時間を思い、ため息をついた。
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(さて……と)
一人部屋に戻ったペィティリアは、明日の支度を終わらせた後、人払いをした自室のカウチにいつものように姿勢よく腰掛けた。
しかし、『誰もいないのだから、まぁ……いいか』と考えなおし、身体と手すりの間にクッションを挟み、上半身を起こしたままごろりとカウチに寝そべる。
そして、少し離れた場所にあったサイドテーブルを自分の方へ慎重に引き寄せ、その上に用意されていた紅茶に口をつけた。
そうして鼻に抜ける優雅な匂いで気持ちを落ち着けた彼女は、ヴォルブ様から預かった包みに手をかける。
この時、彼女は中から超重要機密書類が出てくる事を想定していたのだが…………
(これ、ただの小説……よね?)
彼女の予想に反して、包みから出てきたのはいかにもご令嬢向け~といった表紙の……ごくごく普通の小説本であった。
変わった点があるとすれば、こちらの世界ではまず見かけることのないサブタイトルがこの小説には付けられている点だろうか……。
『我が君 ~忠誠と愛の狭間に~』
(ひょっとして………)
飾糸で縁取られた文字をなぞりながら、表紙を見つめるペティリアの額から冷や汗が一筋流れた。
なぜならこの本の内容によっては、殿下がこれを彼女に渡してきた……その理由は、『彼女が墓まで持っていくつもりだったあの秘密が、殿下にバレてしまったため』ということになる。
(いいえ……そんなはず……)
ばれる筈がない……。
しかし、いくらなぞったところで表紙に書かれたこの世界での異質な存在は消えてはくれなかった。
(あぁ……神様…。どうか私の杞憂でありますように……)
そう祈りながら、彼女はゆっくりと表紙をめくったのだった。