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レラシオン~時の使者~  作者: 時々
勇者と魔王編
6/19

過去編:戻れない過去を代償にわたしは……


 だれか……………たすけて…!!!

 多くはのぞまないの……ただ、静かに

 普通の暮らしがしたいっ

 友達がいて、家族がいて……

 いつか、好きな人ができて、その人と結婚して……

 ふつうの、ふつうの暮らしがしたいだけなの!

 お金持ちじゃなくていい! 名誉なんて望まない!

 ただ、ただ、普通の暮らしがしたいだけなの

 それすらもわたしはのぞんではダメ?



 ダメ、なんだろうなぁ



 なんでわたしはヒトに魔王と呼ばれるのだろう? わたしは魔王何て名前じゃないのに

 私は何もしていない

 ヒトなんか殺してない

 魔物がヒトを襲うのは私のせいじゃない

 訳が分からない

 だからせめて理由をきいてみよう


「勇者、あなたはなんでわたしを殺そうとするの?」


 目の前で私に殺気をたたきつけてくる勇者、かつての親友に私は訪ねてみた。


「なんだと? なぜかだと? 貴様が闇の力を持っているからだろ!!」


 それだけ? 確かに私の魔法属性は“闇”だ。今まで確認されなかった私だけの唯一の属性。これが教会で発覚した時、問答無用で異端認定されその場で殺されかけた。その時まだわたしは8歳だった。


「それだけ……なの? それだけで私は殺されなければいけないの?」


「それだけだと……ふざけるなぁ! あれだけ多くのヒトを殺しておきながらよくもそんな口がたたけるな!」


「勇者様、魔王に何を言っても仕方ありませんわ。諸悪の根源は早く絶ってしまわなくては」


 勇者が激高するのを冷静にたしなめるのは王都の姫様だと分かった。わたしは少しだけ王都で会ったことがある。

 そもそもわたしはそこそこの貴族の娘だったので、彼女とも一緒に遊んだこともあったのだ。


 だが今はどうだろう。私を殺すためにかつての親友と一緒に私が追いやられて一から頑張って建てた城とも呼べない廃墟のようなこんな場所まで追ってきたのか。

 そのほかにも5人ほどのヒトが私に憎悪を向けている。

 聞けば、この場にいる姫様と親友だった者以外の人は大事なヒトを魔物に殺されたらしい。だからその根源である私を殺すという。


 もう……つかれたよ……。


 どれだけ願っても、叶うことなどなかった。


 まるで世界の意思によって排除されているような気分だ。


 潮時かな


「くくく……そうか。ならば勇者よ、私を殺してみよ! できなくば世界中のヒトを殺しつくしてやる!」


 言ってやった。言っちゃった。もう、戻れない。やり直すことはできない。わたしはここで勇者に殺されて死ぬ。皆がそれを願ってる。






 勇者が聖剣から放った光の奔流を体を横にずらしながらかわす。わずかに躱し切れなかった分の衝撃波で着ている服が破れる。


 間髪入れずに真上から武道家らしき人が放ってきたかかと落としを腕をクロスさせて受け止める。とても痛い。


 勇者の聖剣が水平を凪ぐと同時に私も手に持っている魔剣を相殺させるように水平に振るう。巻き起こる爆風が私と勇者の前髪をかきあげる。痛みは無いはずなのに、何だかとても痛かった。


 いつの間にかわたしの背後に回り込んでいた姫様の“水の魔弾”を空いていた左手で握りつぶす。


 勇者パーティーが放つ攻撃のすべてがとても痛い。大きなダメージを食らっているわけではない。

 ただ、同じヒトである彼らが、親友だった人たちが、共に暮らしたことのあるヒトに向けられる殺気が、攻撃が、心に響いて鈍い痛みを醸し出している。反撃しようとしても、なぜかさっきからそのタイミングを自分から逃してしまう。


 彼らは無言で攻撃を絶え間なく放ってくる。彼らの間にわずかに流れる魔力の気配がする。おそらく頭の中でパーティーメンバー同士、どうやって私を殺すのか、どうやったら殺せるのか作戦会議でもしているのだろうか。

 そう思うとなぜか、とても胸のあたりがいたい。

 いたくて、いたくて……つい目を背けてしまう。それが隙を生み魔剣がわたしの手から弾き飛ばされてしまった。その隙を逃さず、そのまま聖剣を私の胸に向かって突き刺そうと突っ込んでくる勇者の姿。


「これで、終わりだ! 死ね! 魔王、ノア!!!!」


 これでおわり……かぁ

 長かった、のかな?

 いいのかもしれない。どうせ生きていたって私の居場所なんてない。だからこれはしょうがない。私の運命だ。変えることはできない。


 迫ってくる聖剣の先端をぼんやりとどこか他人事のように見つめる自分がいる。


 思えばわたしは自分が分からない。小さいころから異端認定され、殺されかけて。誰にも信じてもらえず、挙句の果てに誰も住めない場所まで追いやられて。生きるために魔物を殺してその血肉を食べてなんとか空腹感を紛らわせること数年。

 魔物が見つからなかったときは自分の指を切って食べて、闇魔法で何とか修復して。

 へとへとになっても魔物が徘徊しているのが気になって眠れない夜を過ごした。


 そんな生活をする羽目になったわたしは、その原因でもあるヒトを恨んでもいいじゃないか?

なんで今までヒトを殺さなかったのだろう? 復讐を一時でさえ考えなかったのだろう?


 そこまで考えて、しかし答えが案外簡単だったことにわたしは思わず笑ってしまう。


 ヒトが……好きだった。どうしても憎めなかった。


 わたしがまだ異端認定される前の、あの楽しかった頃の記憶が忘れられない。親から毎日感じていた温もりを忘れたくない。

 ヒトを憎んではならない。なぜならわたしは……魔王ではないから。


 今年で13歳。あれから5年。よく生きてこれたなと思う。自分で自分をほめてあげたい。


 もう聖剣がわたしの胸に届く。


 目を閉じた。今までの思いがすべて詰まった熱い涙が抑えきれず、瞼から一筋零れ落ちる。

 最期くらい笑えよわたし。このままの泣きっ面で死んだら、この世界の思う通りになっちゃうじゃないか。

 犬死になんてしてやるもんか。わたしは魔王なんかじゃない。ざまぁみろ


「“世界の鼓動の停止(ビート・ストップ)”」


 そんな声がして、気づけば隣に見たことがないヒトがいた。年は15歳くらいだろうか。きれいな銀髪で紅と蒼のオッドアイ。右手には漆黒の細い剣を携えた少年がたっていた。本当にいつの間にか立っていた。いつからいたのかさえ分からず困惑していると、そんなわたしに見かねたのか少年がまっすぐこちらの目を見返しながら話しかけてきた。


「初めまして。僕はノワール。こんな姿だがけっこう長生きをしている。こっちは俺の相棒」


 柔らかな笑みを浮かべる少年は、そのままこつんと腰に下げている武器を軽くたたく。


「あ……はい。私は魔王をしている、リグレクト・ノア・テノールライト……です」


 ってちがう! 反射的に答えてしまったけれど少年には聞きたいことが山ほどあった。


「これは、どうなって?」


 景色が異常だった。隣の少年と私以外のすべてが灰色だった。まるで


「この世界の時間を止めた。僕と君以外の」


 その言葉に絶句した。そんなことが可能なのか? だが少年の雰囲気がなぜかとても儚く感じる自分がいる。

 そう思っているとまたも少年がちょっと困った顔をしながら話しかけてきた。


「あー、えっと。そんなことはどうでもいいんだ。それよりも君はこれからどうしたい? このまま死にたい? それともまだ生きたいか?」


 私はその言葉に現状を思い出して、うつむくことしかできなかった。


「もし君が生きたいと望むなら、とりあえずここから逃げるか? 僕と一緒に」


 その言葉に、私はしてはいけないことだと分かっていても怒りが湧き上がり八つ当たりをするように怒鳴ってしまう。


「今更……!! どこに逃げればいいんだ!! もう、私の居場所なんてどこにもない!! だったらもう死ぬしかないじゃないかっ……みんなが、みんながわたしに死ねって言うんだ。お前のせいだって。わたしは、わたしはなんにもしてないのにっ……!」


 何でわたしをあのまま殺してくれなかったんだ。もう少しで楽になれたかもしれないのに。

 思わず少年を突き飛ばしてしまう。彼は特に何も言わずに黙って私の醜い八つ当たりを聞き続けた。


 しばらくわたしの怒鳴り声だけが広間に響く。そして息を荒げるわたしを見て、少年が変わらぬ声音で私に話しかけてくる。


「この世に存在してはいけない人なんていないよ」


 言うなっ。今更そんなこと言うな!


「世界の時を三日だけ止めておく。この先、湖のほとりがあるだろう? 僕はそこで待っている。もし生きたいと望むなら来るといい」


 騙されないぞ、わたしは。そうやって良い人のような顔して騙してくる奴らなんて今までにもたくさんいたんだ。


「そんなに睨まないでくれよ。これは単なる気まぐれさ。でも、そうだなぁ……」


 あ。今この人、わたしとおんなじ目をしてた?


「一人は寂しいだろう? 僕だったらずっと君の傍にいてあげられる」


 そういって笑いながら少年は消えた。頬に伝っていた涙はとっくに乾いた後だった。




 それからわたしは考えた。時の止まった灰色の世界で久しぶりの平穏に身を任せながら。彼が何者かなんてどうでもよかった。 


 ここ数年、他の人とは誰一人としてまともに会話が成立したためしがない。すべての人が問答無用に殺そうと襲い掛かってきた。大の大人に犯されそうになったこともあった。家族も親友も、誰もわたしを助けてはくれなかった。すべての人が敵だった。


 


 そっか。彼は私を人間扱いしてくれたんだ。もうわたしは、魔王なんかじゃない。




 静かな、とても静かな灰色の世界。少し冷静になったせいか、ふとこの光景に既視感を覚えた。

 そうだ。なぜ気づかなかったんだろう。あの日、逃げ場のない悪意の包囲網の中私が逃げることができたのはきっと……


 記憶にある湖のほとりに銀髪の少年がたっている。 

 2日かけてここまで歩いてきた。言うべき言葉はもう決まっている。


「“にぃに”ってよんでもいい?」


 わたしは頬が赤くなるのをうつむいて隠しながら少年にあの日の答えを返した。

 少年は出会ってから初めてあっけにとられた表情を見せた後小さく笑いながら手を頭に当ててきてちょっと乱暴になででくれた。すまし顔だった彼に対し一本とれたような気がして何だかわたしも嬉しくなった。





 それから少年は世界中の人々から魔王、リグレクト・ノア・テノールライトの記憶を抹消した。

 

 魔王、リグレクト・ノア・テノールライトはその日をもって、ただの“ノア”となった。

               



読んでいただきありがとうございます

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