消滅の召喚王国
普通の生活を送っていた高校生が、周囲にいた何人かと一緒に突然足元に現れた魔法陣に巻き込まれ異世界転移する。
目の前にいるのは本物のお姫様で召喚された異世界人たちに笑顔を向ける。定番のセリフ、「勇者様、どうかわたくし達の世界を魔王から守ってください!」といった言葉を放ちながら。
選ばれた勇者は、その神から与えられたチートを思う存分使い、本来であればありえない威力の魔法、勇者だけが使えるスキルでやりたい放題。
望めばすべてがうまくいく。簡単に強くなれる方法。奴隷化している女を助けたら、その子は実はエルフのお姫様で都合よくエルフたちとの繋がりをもち、エルフ独自の精霊魔法をこれまた都合よく使えるとか。はたまた意味不明な力で駆け出し冒険者が手の出ないレベルの魔物を偶然倒し、冒険者ギルドに見せたらそのままギルドマスターに呼ばれ、ランクが一気に上がるとか。
はたまた地球仕込みの知恵でもって内政チートを始め、何やかんやで自分の領地を持ち、奴隷を買い、何が起きたかわからないうちにその奴隷と関係を持ち一緒にチートライフを送ってみたりする。
何もかもが優しい世界。都合のいいように物語が進んでいって。途中で苦難はあれど、ハッピーエンドは決まっている。
そんな馬鹿な話があるか?
魔王が復活したのならその魔王本人が大人しく待つと誰が保証する?
勇者が強くなるまで魔王城でおとなしく待っているとでもいうのか?
そんなはずがないだろう。
魔王の気持ちになってみろ。
歴史が物語っているだろう?
勇者が勝つ歴史がそこに在る。
ならば
魔王が恐れるのは、ナンダ?
勇者以外、ナイダロウ?
目覚めたのが本当に魔王なら。
魔王が誰よりも早く行動するのは当然の話だとは思わないか?
勇者が最初に戦うのは、スライムやゴブリンなどではない。
それは―――――――――――――――――
―召喚王国・フォアラ―
フォアラの王族にのみ伝わる魔法にて魔王の復活を感知した。
故にフォアラでは、今まさに勇者召喚が行われていた。
禁忌を介さない正式な異世界召喚魔法を行えるのはこの国だけであり、過去にも勇者を召喚している実績もある。
大広間には、大人が10人は乗れるほどの巨大な魔法陣があり、その魔法陣の周りには黒いローブを着た魔法使いがそれぞれ詠唱を行っている。
それを少し離れたところから見守るのは、この国のお姫様、すなわち第一王女。
詠唱が終わるとほんのりと光りだす魔法陣。やがてその光は強さを増していき、その場にいた者が目を背け、ゆっくりと魔法陣に視線を戻す。
そこにいたのは6人の少年少女。
今ここに勇者召喚が成立した。
そこにいた者たちは安堵した。
安心した。
喜んだ。
勇者に世界の救済、即ち魔王の打倒を期待した―――
「ほう、そこにいるのが、勇者か?」
何時からそこにいたのか。
いつ現れたのか。
誰にも分らない。しかし同時に誰にもわかる事実があった。男の背に見える黒い翼。頭に生えている2本の角。2メートルを超える身長。鍛えあげられた肉体。
その姿は誰もが知っているとともに誰もが恐れる存在、魔族。
誰かが何かを発するよりも早く、誰よりも早く魔族が行動を起こした。その姿が消えると同時に何かボールのようなものが空中に現れ、地面に落ちていく。
悲鳴を上げることさえ許されず。
恐れる間すら与えられず。
そのボールには表情があった。紅い何かが噴き出していた。グジュグジュになった味噌のようなものが見え隠れしている。
地面にさらされた無数の生首。それは大半が表情に困惑を浮かべていた。何が起きたのかもわからないまま。
辺りに散らばる血の臭い。その紅い光景の中、佇むのは、魔族。と、たった一人の生き残りである、少女のみだった。
♦♦♦
最初に目に入ったのは、黒いローブ姿の魔法使いっぽい人たちだった。次に目に入ったのは可愛らしいドレスを見に纏っていた、いかにもお姫様って感じの女性だった。
その次に目に入ったのは、地面に落ちる首だった。
そして次に感じたのは、生き物の血の臭いだった。
瑠奈は、その光景をぼうっと見つめていた。
否、見つめていることしかできなかった。何が起こったか理解できなかった。
ぼうっと光景を眺めていた瑠奈は不意にツンと鼻を突くようなにおいがして自分の顔に手を当てた。
「なに? これ」
無意識に言葉が口から漏れ出る。
手が、赤かった。べっとりとしていて、すごく気持ち悪かった。
血だ。この感触は血だ。この匂いは血だ。この色は、血だ。
誰のもの? この血は誰のもの? 自分? そんなわけない、痛みを感じない、どこも痛くないし、ケガなんてしていない。
じゃあ、この大量の血は、誰のもの?
人間は、突発的な事態に普通なら急に対処できない。そのような場合、いち早く状況判断することを優先させるため、感情を後回しにするのだ。この時少女もまさにこの状態。ゆえに感情より状況判断を優先させた。それがこの少女にとって良いことなのかは別にして。
瑠奈はゆっくりとあたりを見回した。首が転がっている、笑顔のまま。近くを見ると知り合いがいた。決して仲良くはなかったが、それでも普段から会話していたクラスメイトがいた。首だけで。
あたりを支配している赤色は、自分の手を汚しているものと同じだった。だとすればこの床が元から赤かったのではなく、すべて血だというのか。
「あっ……あ。いや、なんっ―――」
ようやく、状況に瑠奈の感情が追いついた。と同時にその体は恐怖に震えた。これまでで経験したこともない心の奥底からの恐怖で体の感覚が抜け落ちていく。それでも目から次々と流れ出てくる涙は止まる気配を見せない。
夢だと思いたかった。しかし、血のむせかえるような臭いもリアルすぎる光景も。手についている血の感触すらもが現実であることを彼女に思い知らせてくる。
「おい、人間。いや、勇者と呼んだ方がいいのか」
瑠奈の様子をじっと見ていた男が不意に話しかけてきた。
彼女の瞳に映ったのは化け物だった。そうとしか思えない。その姿に恐怖しか感じないし、何より直感で理解してしまう。この化け物が惨状の原因であることが。
恐怖で身を強張らせて言葉を発することができない瑠奈に向かって、それを察した魔族の男は一方的に話しかけ続ける。
「わしは魔王じゃ。これは別にお前たちが悪いわけではない。ただ運が悪かっただけ。わしにとって勇者は邪魔な存在だからな。お主だけ残したのは生贄にするためじゃ。慈悲をかけたわけではない。そこは勘違いしてくれるなよ? まあ、とりあえず寝ておれ」
そう言うと魔族は一瞬で瑠奈の後ろへと回り込むと首に手刀をそっと放ち、彼女は呆気なく気絶した。
魔族、魔王と名乗った男はぐったりと己の手の中で気絶している瑠奈を見て、そっとつぶやいた。
「……すまんな」
その声は誰の耳にも届かず、風にさらわれていく。
それから魔王の男は守る者がいなくなった国を蹂躙した。
泣こうがわめこうが、女だろうが子供だろうが、一切の手加減をしなかった。
すべて等しく殺していった。
一人も逃しはしなかった。
魔王の蹂躙にあらがえる者など存在しない。冒険者がいないこの国の守り手は大広間にいた魔法使いだった。
やがて悲鳴しか上がらなくなった。数時間もすればそこに残る者は死体の山と瓦礫の山が広がっていた。元々小国だったので魔王であれば半日で事足りる。
最後に生存者がいなくなった空っぽの国を、魔王はそのまま焼きつくした。黒い炎は全てを燃やし尽くせば消える。そういった残酷な魔法だった。
ほどなくして、召喚王国・フォアラは地図上から消える。
このことが世界に広まるのは、少し時間がたってからだった
魔王の男もそのまま消える。勇者として生きるはずだった少女を抱えて。
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