乾杯
「ん?あっちはまだ終わってないのか?アイ、少し様子を見に行ってくれないか?」
「心配なの? 大丈夫だよ! 弟子は信じないと」
「とはいってもなぁ。実践は久しぶりだろ?」
「それはマスターだけだよっ。みんなは普段、静謐の森で狩りをしてるんだから。ギルドハウスの周りはマスターの結界があるから大丈夫なんだけど、少し離れればSS以上のヤツがうじゃうじゃいるんだよ」
「そうだった。というか言ってくれれば僕も手伝うんだけど」
「あーそれは無理! だってあの子たち、“マスターが相手するほどの魔物ではないです!”って言ってたもん」
「はぁ、僕もたまには体を動かしたいけどね。まぁ、いっか。今日は久々に良い運動ができたからね」
ノワールとアイはそれからも今終わったばかりの戦闘の感想などを話し合いながら、ゆっくりとセルリアたちがいる地点まで歩みを進める。戦闘をした後は独特の余韻が残る。これはノワールたちのような圧倒的な強者にのみ許されるものなのかもしれないが、特に今回のような理性を持つ魔物との戦いは心躍るものがある。魔物とは思えないほどの技の冴え。そして生きようとする意志以上の強さを求める武人のごとき執念。敵とはいえあっぱれだった。
そんな余韻にノワールは浸っていたが、それも今日はすぐ覚める。原因は戻ってきた先で口を開けながらあほ面を晒している6人だ。
ま、聞きたいだろうことは想像できる。とりあえず戻ってきてもらうためにノワールは声をかけた。
「おい、大丈夫か? 僕のほうは終わったからノアたちが終わり次第、転移で帰るぞ」
そう言うと、座り込んでいたセルリアが顔をこわばらせながら、しかしどこか詰問するような口調で話しかけてくる。
「あなたたち、一体何者なんですの?」
「孤立ギルド“幻想”だ。それ以下でもそれ以上でもないが?」
「そう言うことを聞いているんじゃない! あんな力、ありえない!」
「そうだ。俺も聞いたことすらないぞ、あんな力。視認すらできない速度、大地を粉砕する力、おまけに最後のは何だ? 空間を切ったのか? そんなことを魔力を一切使わないで行う……ありえないだろうっ!」
セルリアに続いて、ネネリーとトムという者まで会話に参加してくる。6人は六大魔法家の次期当主で個人ランクも総じて高く、自分たちのギルドマスターは世界最高ランク。にもかかわらず突如始まった理解不能の戦闘。これで落ち着いていられるのは逆の意味でおかしい。
「君たちが悲観することはないよ! もともとはマスターが受けるはずの依頼だったしね。今回は相手が悪かっただけだから。ランク測定不能が2体。とは言ってもどっちも半端状態だったけど。けどまぁどう考えても君たちが相手なんてできるわけがね! Xランクでも一対一は無理だし」
「ランク測定不能!? だったらどうしてそっちの方は一対一で倒せたんですの!?」
「マスターが強いからに決まってるじゃん。そんなことも理解できないの?」
いままで相当我慢していたらしい。アイが普段使わないような声音で軽蔑したように答えている。ノワールはこの展開を予想していたから最初に予防線を張ったのだ。
「僕たちが何をしても何も聞かないでくれ。君たちの質問には一言も応える気はない」
忘れているようなあので一応言っておく。すると思い出したのか、全員が口をつぐむ。そして訪れた気まずい雰囲気を払しょくするかのような、きれいな音があたりを支配する。
どうやら向こうも終わったみたいだ。
納得がいかなそうな顔をしていたが、ノアの放った一言、「あなたたちが、よわいだけ。」という言葉で完全に沈黙し、ノワールは転移で冒険者ギルドマスターの私室に転移した。
♦♦♦
「うお! 驚いたじゃねぇか。どうだった? お前さんにしてはずいぶんと時間かかったじゃないか。」
突然現れたノワールたちに一瞬だけ驚いたガラクだったが、そもそも転移を使えるのはノワールだけなので対して驚きもせず話しかけてくる。
それにしても今回の依頼は最初決められていた報奨金では割に合わない。Aランクのデミットマターかと思ったら測定不能のリジットだったのだ。
報告を聞いたガラクの顔が面白いように変色していく。確認としてノワールのカードの盗伐履歴を確認して、またも顔色が悪くなるガラク。王都から近い場所でそんな魔物がいるなんて思わないから当然の反応だが。
「お前たちが冒険者に復帰していて本当に助かった! 冒険者ギルドマスターとして感謝する。ありがとう」
「気にするな。報酬は後日でいい。今日は帰る」
そしてノワールたち5人は転移し、再び静謐の森にあるギルドハウスへ帰っていくのだった。
♦♦♦
「さぁ、お前たちもご苦労だったな。感謝する。報酬は後日渡すことにする。」
ガラクは目の前で推奨しきっている6人にも話しかける。彼女たちも目にしたのだろう、あの子たちの力を。しかもランク測定不能との戦いなんてものも見たらしい。なまじ実力があるから受け入れがたいのもあるだろう。
態度がでかく、指名依頼の横取り、もとい無理やり同行していくという礼儀知らずの態度からあまり彼女たちをよく思っていないガラクだったが、今は同情しか湧かない。今日一日で一体いくつもの常識を破られたのだろう。
とある事件によって5年前からこの王都にいる冒険者はノワールたちの強さ、常識のなさを知っているが、公にはなっていない。伝えようとしたものもいたが、実際見たもの以外は信じなかったからだ。戦闘において、ノワールたちにとっては何気ない動作すべてが理解を超えたものになるのだから。
「上には上がいるということだ。ノワールに限ってはXランク二人と同時に戦ってもおそらく彼のほうが強いからな」
「何者なんですの?彼らは」
「さぁな。だがこの王都にいる冒険者なら知っている。世界最強のギルドは“幻想”だってな。というか嬢ちゃんたちのマスターは確かXランクのミレイ・トパーズだろ? ノワールのことは知っているはずだがな」
「なっ。そう言うことですの。お母さまが言っておりました。この依頼に行くのだったら六大魔法家すべての跡継ぎを連れていくように、と」
「なるほどな。確かにノワールたちについていけば貴重な経験もできるしな。しかし、今回だけだろうな。もう、合同依頼は受けてくれないだろう。ま、そう言うわけだ。今日はもう帰りな。疲れているだろう?」
「そうですわね。では私たちもこれで失礼しますわ。」
ガラクは去っていく彼女たちを適当にねぎらいながら帰らせた。ないがしろにはできないのだ。彼女たちのギルドも、世界2大ギルドの一つなのだから。
♦♦♦
「ふぅ。ちょっと疲れたな」
「にぃに、だいじょうぶ?」
「お疲れでしたら、先にお風呂に入っていてください」
「そうするといいの。私たちも後から行くの!みんなで入った方があったまるの!」
「うんうん、それがいいよ!洗いっこしよー!」
「……お前ら、入ってくる気かよ。」
「おせなか、ながしてあげる。にぃには、なにもしなくていいよ? のあたちに、みをまかせてくれればいい、よ?」
「ノアちゃんの言う通りなの! 特に私たち双子のコンビネーションはばっちりなの! コハクと一緒に左右からギュ―ってしてあげるのなの!」
「姉さん、それではマスターの疲れが取れません。そこはやさしく、ですね……もっと、こう……おしとやかに…………ごにょごにょ」
「コハクは相変わらずかたいのなの。脳内ピンクのくせに、なの」
「なっ。姉さんは、はしたなすぎます! 街中でも遠慮なくべったりとマスターにくっついて。少しは周りの目を気にしたらどうですか!」
「あんなこと言っているのなの。アイはどう思うなの?」
「相変わらずユヅキちゃんとコハクちゃんは仲いいねー。コハクちゃんはもっと素直になればいいのにー」
「わかったわかった。もう一緒に入っていいから俺は先に行くぞ。裸で来るなよ。バスタオル巻いてこい」
このやり取りは何回目だっけ?しばらく終わりそうにないので、ノワールはそっと風呂に向かって歩き出した。
ちゃぽん・・・・・
ノワールは一足先に風呂を堪能していた。このギルドハウスはすべてノワールが設計し、建てたもの。向こうの世界にいた時に培った知恵もすべてつぎ込んであるのだ。特に風呂には力を入れてある。風呂とは一日の疲れを流すために必要なものであり、おろそかにしてはいけないものであると瀬奈にみっちりと教え込まれたのも要因の一つであろうが。とにかくこのギルドハウスにはこの世界のどこを探しても見つからないほどの高級宿も裸足で逃げだすような、もはや温泉と呼ぶべき風呂があるのだ。
「ふぅー、気持ち良い。このまま、寝ちゃってもいいくらいだなぁ」
露天風呂。大きな岩に囲まれた熱い湯に肩までつかり見上げた空には、きれいな星たちが己の存在を主張するかのように堂々と輝いている。手を空にかざしてみると、今にもつかめそうな錯覚に陥る。
遠い、果てしなく遠い。あの世界も、僕の目に映る星たちの中に存在するのだろうか。
「……お酒をお持ちしました」
背後からノワールにかかる声。どうやらみんな来たらしい。どうせ―
「やっぱり裸か」
ノワールが後ろに振り向くと、白くあどけない穢れを全く知らないような柔らかさをはらんだ肢体が4つ身に飛び込んでくる。
「マスターは、見慣れてるのなの。今更どうってことないのなの」
双子もアイもノアも、特に気にした様子もなく湯に入ってきた。ちゃんと入る前に体を洗ったようだから別にいいが。こいつらは本当に小さい時から面倒見ているから、家族みたいな認識だ。だからといって一斉に囲まれるとドキドキするのとは、男って悲しい生き物だなぁ、と感じる。
コハクは湯につかってから持っていた桶も湯の上にそっと浮かべた。見ると桶の中には酒瓶が一つ、お猪口が五つ。
余談だが、この酒瓶とお猪口の文化は、何代目か前の勇者によってもたらされたものだ。
「コハク、ずいぶんとしゃれた真似するじゃないか」
風呂でこのようなことをするのは初めてだ。ノワールは珍しく思い、ユヅキに思わず問いかける
「その、今日は冒険者活動を復活した記念日ですので」
少し顔を赤く染めながら座り込んでいる足を内またにしてうつむくコハク。それから少し慌てたように桶をみんなに受け渡し始める。
いつも積極的な行動をするのは、ユヅキやアイ、ノアなので少し恥ずかしいようだ。ただ、ノワールも今回のことは謝らなくてはならないだろう。それと同時に感謝しなくては・・・。
「みんな、ごめんな。僕のわがままで冒険者であることをやめたのに」
「「「「………………」」」」
「ただ、謝られるだけは嫌だろうから、感謝の気持ちを一言。ありがとう」
「ん。にぃには、わかってる。ごめんなさいは、いらない。ただ、にぃにには、いつもわらっていてほしい」
「私たちは、マスターに謝らせるためにこのようなことをしたわけではありません。ただ、お祝いしようと、しただけで」
「コハク、恥ずかしがらないの。ほら、マスターにお酒を注ぐ大役、任せてあげるのなの。今日だけなの」
「うぅ、私もしたーい。次、譲ってコハクちゃん!」
星の数ほどいる冒険者。だけど僕にとって冒険者とは特別なものだ。僕は冒険者をやめるときどんな顔をしていただろう。みんなの隠し切れない喜びようを見ている限り、心配をかけてしまっていたらしい。
ノワールが右手に持っているお猪口にお酒を注ぐため近くに寄ってくるコハク。首をノワールの肩に預け両手に持った酒瓶を傾けるコハク。
艶のある薄紫の髪がノワールの鼻孔をくすぐる。女の子らしい匂いがふわりと漂ってきて不覚にもドキッとしてしまう。
「マスター、どうしましたか?」
「いや、別に」
それから全員分のお猪口に酒がいきわたったのを確認し、乾杯の掛け声をノワールは上げた。
そのあと、適度に火照った体に本来備わっていたあどけなく白い肌で、猫みたいに抱き着いて体全体で甘えてくるほろ酔いのノアたちに対して理性を保ち続けたノワールは、自分で自分をほめたたえるのだった。




