戦いの終幕
ユヅキが突っ込んでくるリジットに対して先陣を切る。3人で連携をするのは初めてではない。むしろ師匠であるマスターとの模擬戦の際はいつも3対1だ。
身体能力に殊更優れているユヅキは最高速度に達するまで時間を必要としない。周囲の景色を意図的になくし音の壁をたやすく突き破りながら一瞬でリジットの間合い内に侵入する。そのまま握りしめた拳をリジットの胴体にたたきつけようとしたが真上から強烈な殺気を感じ、胴体を狙うのをやめ思い切り上へ拳を振り上げた。
ガン!という鈍い音を発しながらリジットが剣を握りしめている手に向かって寸分たがわず合わせられたユズキの拳が突き刺さる。小ぶりな体のどこから力が湧いてくるのか、すさまじい威力を宿したユヅキの拳が、剣を握りしめたリジットの手にぶつかる。しかし驚くべきことにその威力に逆らわず、リジットは身を任せる形で空に舞い上がり、空中で距離を取りながらユヅキから少し離れた地点で着地。
すかさず躍り出る影が2つ。左右から琥珀とノアが互い違いに蹴りを叩き込もうとするが、それより早く剣が横に大きく振るわれたので2人同時にしゃがんで回避し、即座に身を回転させてリジットの膝めがけてまわし蹴りをたたきつける。
「「!?」」
ノアとコハクの足に伝わる鈍い痛み。体勢を崩させるどころかびくともしない。よく見るとリジットの足に黒い霧が渦巻いている。2人の攻撃はアレに防がれたらしい。
「その鎧のような霧、見掛け倒しではないようですね」
「かたい……」
「わたしの速度についてくるとは、びっくりなの! その巨体からは考えられないの!」
「オマエタチコソ、ソノコウゲキノ、オモサハナンダ? チイサキカラダカラハ、トテモカンガエラレヌ」
ノアたちの繰り出す攻撃の重さに驚嘆するリジット。小柄な体から繰り出されているとは思えない程の威力が籠っている。
「ソレニ、オオブリノ、ケンデハ、ブガワルソウダ。ワタシモ、コブシヲツカウ」
リジットは剣を後方に投げ捨てると拳を握ると、腰を深く落として構える。
しばし訪れる静寂。
不意に感じられる空間の揺らぎ。その数舜前に感じた町一つなら跡形もなく消滅するだろうおぞましい力の塊が一瞬で切り裂かれた気配。
ノアたち3人は即座に理解した。マスターがめったに使わない霊刀技を使い空間ごと切り裂いたことを。自分たちのマスターに技まで使わせたリジットたちに、改めて敬意を抱く。
「マスターの弟子として、無様は晒せないのなの」
ユヅキが目の色を変え、つぶやく。ノア、コハクも同意見だった。
3人は得意としている霊気を体に纏う。ユヅキは雷。コハクは斥力。ノアは氷。
そして3人から発せられる闘気に呼応するかのようにリジットの闘気も高まっていく。
今度はコハクが先陣を切り、真正面から蹴りを入れようとする。当然おとなしく食らうつもりのないリジットは腕を交差して防御の構えをとる。
「防御は無駄です」
コハクの蹴りがリジットの腕に当たった瞬間、浸透する衝撃波。リジットの腕の防御を無視して体を内部から破壊する力の波動がリジットを後方に大きく吹き飛ばす。
斥力は反発の力。その応用でコハクは衝撃波を操れる。
「!」
体性を大きく崩され、少し動揺している敵の隙を見逃してやるほどぬるい修行を受けてはいない。
バチバチと小さくほとばしる白い雷をまとったユヅキの拳がリジットのがら空きの胴体に突き刺さる。一瞬遅れてノアの蒼色に薄く輝くけりが叩き込まれる。
リジットに走る雷の衝撃波。そして、熱も電気も何も通さない冷気がリジットの周りを覆い尽くす。冷気に閉じ込められた雷の衝撃波がリジットの体の内部で荒れ狂う。
ただでさえ身に纏う霊気によって底上げされている純粋な力に霊気のコンボネーション×3。
しばらく高速戦闘が続くが、リジットの攻撃をコハクが斥力で弾き飛ばし、ノアとユヅキが重い連撃を叩き込む。その連携は次第にリジットの体力を奪っていくが、リジットからは微塵もあきらめの気配が感じられない。
「ガァアァァァァァァァァァアァ!!」
突如天に向かって吠えるリジット。周囲に吹き荒れる方向による衝撃波は辺りの木々をなぎ倒し、ノアたちの小さな体もろともすべてを吹き飛ばす。強制的にあけられる間合い。
「ハァハァ……。ツヨイ。ツヨイ。オマエタチ、ホントウニツヨイナ。コンナニタタカイヲタノシメタノハ、ハジメテダ」
手負いの奴ほど厄介な存在はいない。そのことを理解しているノアたちはさらにこの戦いに意識を集中させる。
「イクゾォォォ!!」
突っ込んでくるリジット。避けられる暇などなく、向かい討つコハク。
「……っ」
コハクは驚愕した。わずかに押し込まれている?斥力の波動が揺らぐ。
拮抗する力と力。
――負けるなよ――
脳裏に響く、厳しくも温かみがこもったマスターの命令。気づけばコハクは霊力を解き放っていた。
「新星衝撃!!」
拮抗していた力が一気に弾ける。地面が大きく揺れ、蜘蛛の巣のような亀裂が地面に走るほどの衝撃があたりを蹂躙し、その凝縮された爆発の威力を一身に浴びたリジットは宙に舞う。
「白雷降」
宙に舞ったリジットに天からユヅキの放った白雷が一本の線となり正確に貫く。
「「ラストは任せたなの!(任せました)」」
双子の声を耳に入れながらノアはトドメをさすためにリジットの体に集中する。
「冥氷河……」
ノアが霊術を発動した瞬間、パキキ、となにかが凍ったかのような音とともに大きな魔石を残してリジットが消える。
冥氷河とはノアが使う霊術の中でもかなり強力なもので、その内容は心臓を直接凍結させるという恐ろしいものだ。とはいっても発動条件もいろいろあり、いつでも使えるわけではなく、むしろ今回は幸運によって条件がそろったこともあり運が良かっただけだ。でなければもう少しこの戦いは長引いていたかもしれない。
久しぶりの強敵との戦いで若干疲れた3人は、マスターが待っている元の場所まで戻ってきたわけだが、そこには戦闘ですっかり忘れていた今回の依頼の同行者である6人に、マスターが詰め寄られている光景が目に入ってきた。
♦♦♦
――――時を少しさかのぼり、リジットたちとノワールたちが戦闘を始める少し前。
セルリアは待っていた。トムの拘束魔法からデミットマターが出てくるのを。しかし一向に姿を現さない。まさかまだ出てこられないのだろうか。そう思っていると後ろで凄まじい音がした。慌てて振り返ると少年たちが剣を正眼に構えているデミットマターたちと向き合っている。
何が起きたの?ありえない、まさか避けたというの? あの魔法を?
仲間の表情を見ても誰もが驚愕の表情で目の前の光景を見ている。
そこで我に返り、異常な事態に全く動きを見せない彼らに逃げるように声をかける。
が、まるで聞こえていないかのように構えを両者がとる。ネネリーと一緒に慌てて駆けつけようとしたが、アイと呼ばれていた少女が黒く細い剣に代わるのを見て足を止めてしまう。なに、あれは? あんなもの知らない……
そこから先は誰一人理解できなかった。セルリアたちはギルドマスターがXランクであることもあり、高次元の戦いは見慣れている。が、この戦いは全く理解できない。
少し離れた場所で戦い合っているノワールと少女達。
少年のほうに目を向けると、ギィィィィィン!と耳障りな音が聞こえてくる。初めて見た、剣どうしが水平に重なるところなんて。しかも魔法が主なこの世界で魔法発動媒体である武器にわざわざ接近戦をする剣を選ぶものは少ない。ましては極めようとする者などいない。
後ろにはじかれた彼がゆっくりと着地した瞬間にもう見失う。冗談のような速さだ。気づけばあちこちで木々が倒れたり、衝撃波が生まれたり、地面がえぐれたりしている。しかも信じられないことに魔力を使っている痕跡がなく、そもそも彼らの体から魔力が感じられないということは、いわゆる無能者……つまり魔法自体が使えないことになる。では一体この現象をどう説明すればいいのか。
「何が起きているんですの?」
セルリアの呆然とした声があたりに広がる。それはきっと全員の心の声を代弁したものだったに違いない。
それに今、改めて見ているとあれはデミットマターなんかでは決してない。こっちに向けられていなくても発せられる闘気だけで戦意喪失してその場に座り込んでしまいそうだ。
少女達のほうは連携攻撃を仕掛けていた。こっちは派手な技のぶつかり合いであり轟音があたりに響いている。
なぜ化け物じみた威力のデミットマターに似た何かの攻撃をあのコハクという少女はたやすく弾き返せるのだろう、とかもう考えるのを放棄せざるを得ない。
ぞわっ!!!
すさまじい怖気が走る。中には腰を抜かしている者もいた。慌ててノワールのほうを向くと化け物が黒く大きな塊を放っていた。
悲鳴を上げることさえできなかった。世界の終わりを見ているようだった。Xランク冒険者である、世界最強の魔法の使い手とされるお母さまの一度だけ見たことのある最高の威力を誇る魔法でさえ、これほどの威力なんて出せるわけがない。
呆然とその光景を見ていると、視界に映る細い剣を構えるノワールの姿。
今更何をしようというのだろう?そんな思いで見ていると、景色がずれた。
彼が剣を振りぬいた瞬間にすべてがずれた。目をこすると明けた時にはすべて消えていた。化け物も黒い塊も。
こうして悠然とこちらに戻ってくるノワールの姿をあほみたいな顔で見続けることしかできない6人だった。
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