一缶
「なんだ、これ……」
あっ、夢! これは夢か! そりゃあ、ずっと寝ずにパソコンの前に座っていたからなぁ。ついに寝落ちしてしまったのか。
「って! 冷静に考えている暇じゃない! このままじゃ他のプレイヤーに先を越されてしまう!! ど、どうすれば……夢から覚める時ってどんな感じだったけ……!」
俺は焦っている。
このままでは、せっかく一番に見つけたダンジョンに他のプレイヤーが入ってしまう。だが、夢から覚めるとか考えてもすぐ覚めるなんてことはない。
夢から覚めるってほら? 気づいたら覚めるじゃん? それか嫌な夢を見て、ふわ!? っと。
「ぐああ!? 覚めろ! 覚めろー!! はっ!? そうだ! 前に崖から落ちる夢を見た時に、岩に激突しそうになったら覚めたっけ!!」
確証はないが、死にそうになると目が覚めるかもしれない。
よし。
そういうことなら、丁度いいところに谷があるじゃないか。
「うおおおお!!!」
俺は一目散に駆けた。どうせこれは夢だ。本当に死ぬわけじゃない。死ぬ直前で目が覚めるさと。
「ふおおおお!?」
ん? なんだろう。なんだか随分とリアルな浮遊感だ。
いや空から落ちるなんて体験したことないけど。なんていうか、風を肌で感じるこの感覚。なんだか夢じゃ味わえないような。
「へぶっ!?」
考えていたら川に落ちた。
冷たい、流される。
……ん? 冷たい? いや、おかしいだろう。これは夢なはずだ。こんなにもリアルに水が冷たいと感じるはずが。
「すると……これ、夢じゃない?」
普通なら大慌てするところだ。だって、俺流されてるんだから。
しかし、気づいた時には遅かった。
「あっ」
またもや浮遊感。
どうやら……滝があったらしく、そのまま俺はまっ逆さまに落ちていった。
「死ぬー!!!」
すっかり現実だと受け入れた俺は、叫んだ。この高さから落ちたら死ぬと。
「……あれ? でもここよりも高い谷から俺落ちたけど、普通に無事だったよな」
そう考えた瞬間、また冷静になった。
そうこれって本当に現実なのか? と思ってしまったからだ。
「げぶっ!?」
勢いよく水面に叩きつけられた俺は、必死に水面下から上昇する。
なんなんだこの状況は。
俺はいったいどこに居るんだ? 何が起こっているんだ? もしここが現実だったとしたら、あんな高さから落ちた場合普通は死ぬか、強い衝撃が体を襲うはずだ。
「なのに……全然痛くない?」
地上へと上がった俺は肌に吸い付く服とズボンを脱ぎ捨て、水分を搾り取る。
「痛くないってことは夢、なのか? いやでもこのリアル差は……」
頭が混乱してきた。そもそも俺はパソコンがある自室にいたはずだ。それがどうだ? 気づけばパソコンおろか部屋ですらないところに居た。
もうそこから頭が混乱していたのだろう。
今思えば、奇怪な行動をしてしまった……。
「さて、パンツも脱ぐか」
どうせ回りには誰も居ない。裸になっても全然大丈夫だろう。
「ふいー……あぁ、自然の中で裸になるのって……なんか気持ちいいかもしれない……」
一番肌に張り付いていたパンツを脱ぎ捨てた瞬間、開放感に満ち溢れた。
気づけば太陽に向けて、俺は大の字になって身を晒していた。
水で冷えた体に、太陽の暖かな日差しがなんとも……心地いい。
あれだな。今までずっと部屋に篭りっきりだったから、外の空気が余計に心地よく感じているんだろう。
「ん?」
タオルがないのでずっと太陽の日差しで乾かしていたところ、近くの茂みが動く音が聞こえた。
俺はすぐ体勢を変えて、茂みを睨んだ。
ま、まさか熊か? それとも猪? ひ、人だったらまだマシだろうけど。今、俺は裸だ。完全に不審者だと思われてしまう。
と、とりあえずパンツだけでも。
「うっ……」
「子供?」
急いでパンツだけでも穿こうとしたその時、茂みから出てきた一人の少女。なんだかボロボロの布を着ただけみたいな。
いや、それよりもなんか獣耳っぽいものが生えてないか? も、もしかしてコスプレ?
「って、そんな場合じゃない! お、おい! 大丈夫か!?」
明らかに、怪我をしている。このまま放置をしていたら、命が危ない。
そう思った俺は急いで穿き難くなっているパンツを穿いて、獣耳少女へと駆け出した。