特殊砦でもふりたい 5
ルイツの仕事を手伝えなかったアルトは、別の役目として一定時刻毎に砦の外周を巡った。
これは人間の目が届く範囲で活動し、何かあれば吠えて知らせるという約束の下、もぎ取ったものだ。
大人しくしているという事に関しては信用が薄いアルトだが、今回ばかりは流石に自己の状況を弁えている。
万全ではない状態で下手に手を出せば、仲間を危険に晒しかねない。
(今できる事を、確実に……)
風が運ぶ音に耳をそばだて、漂う残滓を嗅ぎ分ける。
人間の感覚が及ばない所へ意識を向け、仲間の助けになる。
そうして一周巡り、同じく外壁で見張りをしていた先輩隊員達に声を掛けた。
『異常ありません』
人間姿での挨拶が出来ないのできちんとお座りをし、可能な限りきりりとした声を出す。
すると彼らはご苦労とアルトを労い――頭や顎を撫でてくる。
嬉しいのだが、やはり犬扱いされている気がしてならない。
(……明日は絶対、隊服着るもん……!)
そう心に決めた。
***
その後も大きな異常はなく、無事終業したアルトは再びディルと合流し夕食を摂った。
夜は朝と違い、食後の時間にゆとりがある。
交わされる会話もよく弾み、始めはアルトもディルの足元に侍りつつそこに混じっていた。
すると通りがかる隊員達がとにかく毛並みをもふっていく。
見かねたらしきディルがそろそろ休むかと席を立ち、ようやくそれから解放された。
『……はぁ、ちょっと狼姿は控えます』
宿舎の階段を上りつつ、アルトは疲れた声でそう零した。
久し振りに帰ってきたことも要因だろうが、皆若干構いすぎなのだ。
溜息を吐いていると、前を行くディルからはそうしてくれと言葉が返ってくる。
揺れる黒髪を見つめてみてもその表情は窺えなかったが、続く声には隠しきれない不機嫌さが滲み出ていた。
「……その姿だと皆遠慮なく触るからな……。頭くらいなら許せるが――」
そこで不意に言葉を切り、彼はちらりとアルトを振り返った。
「お前、カイルに触られてそんなに気持ち良かったのか?」
思わぬ問いに、アルトは目を瞬いた。
『えぇとまぁ……どうしてもそう感じちゃう場所というか……』
「……、何か今の発言で益々不愉快になったんだが」
『えっ!? なんで!?』
「むしろ変化禁止にするべきか……」
真剣に悩み始めたディルに、アルトは必至で待ったをかけた。
『ちょっ、ま、待って下さいっ』
慌てて階段を駆け上がり、彼の前に立ち塞がる。
控えようとは思ったが、全く変化してはならないとなると、それはそれで嫌だった。
それに縛らないと言った彼がそんな事を考えるほど、アルトの反応が気に障ったのかと思うと悲しくなる。
だって――。
『――確かに気持ちいいのは良いですけど、昨日ディル様に触れてもらった時の方が、もっとずっと気持ち良かったですからっ』
叫んだ瞬間、呆気にとられたようになった顔を見詰めつつ、アルトはさらに言い募る。
『どきどきするし、息が出来なくなっちゃうけど、それでも今日撫でてもらったのが物足りないなって思っちゃうくらい……。だから何て言うか、ディル様が気にすることはないっていうか……!』
比べるべくもないと言いたいのに、上手く言葉にならなくてもどかしい。
『とにかくっ。誰にどれだけ撫でてもらっても、僕を一番幸せにできるのはディル様だけですからっ!』
「…………」
『…………』
(――あれ?)
力の限り訴えきって、今更ながらに訴えたことがどこかズレていなかったかとふと思う。
『……えと……』
続く沈黙におろおろとしながら顔を上げれば、ディルが片手で顔を覆い――。
「……い……」
『……い?』
「……今ほど、お前が獣姿で良かったと思ったことは、ない」
――深く、深く息を吐き出した。
『……はい……?』
「もう、いい。今度、目一杯満足させてやる」
『ありがとう……ございます……?』
何かの決意を固めたようなディルの声。
アルトはそれに、疑問形で感謝を返した。
***
――その日を境に、特定の状況でディルに『無理』が通らなくなる。
アルトはしばしば、もう十分ですと、そう懇願する事になってしまった。
お読み頂きありがとうございます!<(_ _*)>
思考が偏ると延々とこんな話になってしまいます。自重せねば。




