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特殊砦でもふりたい 3

 食事を終えると、ディルとアルトは執務棟へと向かった。


 少し自分らしさを取り戻してきたアルトは、機嫌よくディルを先導するようにして歩く。


 白銀の毛が明るい日差しを弾いて、きらきらと輝いている。

 気温の低くなった今体毛は増し、アルトはさらにふかふかとしていた。


 ディルは目の前でふわふわと揺れるそれをじっと眺め、ぽつりと零した。


「改めて思うが、本当に綺麗な毛並みだな」

『は……』


 綺麗と言われてどきりとしたが、それが純粋な感嘆なのだと気づいたアルトは、落ち着いてディルを振り返った。


『あ、ありがとうございます。……そういえばこの姿で普通にディル様とお会いしたことはありませんでしたね』

「ああ」


 初めての時はディルを食べる直前で、次は血塗れで死にかけだった。

 まともな状況が一つも無くて、アルトは改めてディルに向かって頭を下げる。


『これが狼姿の僕です。よろしくお願いしますね』

「こちらこそ、末永く宜しく」


 かしこまった礼に返すようにして、彼は永遠を望み微笑んだ。


 さりげなく与えられる甘さに、またぎゅっとするような感覚に襲われる。


(今の、ずるい……)


 内に沸く衝動に任せ、アルトはディルに巻き付くようにしてその身を彼に擦り寄せた。


「また犬扱いされるぞ」

『いいんです。誰も見てないから』


 苦笑する彼にそう返し、アルトは彼の手をぺろりと舐めた。

 するとそれに応えるように、大きな手が頭を撫でる。


 わしわしと力強いそれは、心地良いと言えば良いのだが、アルトは何故か少しだけ、物足りなかった。


(そんな風にじゃなくて、もっとこう、昨日みたいに……)


 優しく、愛でるように撫でる温かい手。

 無意識にそれを思い――はっとした。


 恥ずかしがってこの姿になっておいて、とても我儘だった。


(何だか全然、自分が思うようにならないよ……)



 もやもやとするアルトに対し、ディルはふと自分のすぐ脇を掠めたものに意識を取られていた。


 狼の尾は犬のように激しく振られることはない。

 それでも絡み付くように懐くそれに、彼は気づけば手を伸ばしていた。



 するり、と柔らかな尾を撫でた――その瞬間。



『ひゃうぅっ!!』



 アルトの悲鳴が響き渡った。


 驚いたディルが咄嗟に両手を上げる。


 何もしていないというような姿だったが、犯人は一人しかいない。



『――ディルさまっ!?』



 咄嗟に尻尾を庇って距離を取ったアルトは、責めるような声音で名を呼んだ。

 威嚇の姿勢を構える姿に、ディルはたじろぎを見せ、謝罪の言葉を口にする。


「すまない。つい」

『ついじゃ、ないですっ。すごく、すごく驚きました!』


 ぞわりとする感覚を宥めながら、アルトは強く主張した。


 尻尾は色々と役割があるのだが、その分敏感なのだ。

 ディルの言葉を借りるなら、つい、言い方がきつくなってしまう。


 珍しいアルトの怒気。

 それが容易には収まりそうになく、彼をさらに狼狽させた。


 緊張した空気が漂う。

 そうして出来た二人の隙間に、不意に第三者の声が入ってきた。


「――どうしたんですか?」


 通りがかりらしき彼は、首を傾げて心底不思議そうに問いかけた。

 だがその灰色の目は面白そうに笑っている。


「う、カイル……」

「どうも」


 カイルはディルに向かってにっこりと笑いかけた。

 その含むところに気付かないアルトは、すぐさま同族(カイル)の後ろへと姿を隠す。


『カイルさんっ!』

「あれ、そんなに怒ってどうしちゃったの」


『ディル様が尻尾を触りましたっ!』

「ああ、それで……」


 納得したカイルはよいしょと屈んでアルトの頭を撫で、宥めるように声を掛けた。


「しょうがないよ、ディル様に尻尾なんてあったことないんだもん。ちゃんと、次からは気を付けてもらおう?」


 だからそんなに興奮しないの、と窘められ、アルトは過剰反応をした自身を恥じた。

 分からなかったであろうことで彼を責め、威嚇したのだ。


 途端にしゅんと耳を垂れさせて、すみませんと口にする。


 その様子にカイルはえらいえらいと頭を撫で、今度はディルを仰ぎ見た。


「まぁ、ディル様はディル様で、急に女の子のお尻を触るのもどうかと思いますけど」


「!?」


 衝撃的な指摘にディルが硬直した。


「身体は同じアルト君なんですから、ちゃんと人の姿の事も考えて触ってあげてください。ほら、こんな感じで」


 そう言って、カイルはふかふかの毛に覆われた耳の付け根を撫でて見せる。

 すると白銀の三角は素直にぺたりと伏せられた。


「よしよし、可愛い可愛い」

「それは犬扱いだろ……」


 言動が完全に愛玩動物に対するそれである。

 ディルが脱力したように突っ込んだが、カイルは笑みを崩すことなく口を開いた。


「何言ってるんですか。触って喜ぶなら触ってあげたいに決まってるじゃないですか。ね、アルト君。気持ちいい?」


『あう、はぃ……』


 構造的に気持ちよさを感じるのには抗えない。

 アルトのうっとりとしたような声に、カイルは満足そうな笑みを浮かべた。


「ふふ、いい子だね」


 そう言って、彼は今度は顎から首筋を撫でおろす。

 ディルはそれを見てうっかり、アルトが人の姿だったらと考えてしまった。


「……お前、わざとだろ……」

「何のことですかねー」


 苛立ちを含んだ声に、カイルが白々しくとぼけて返す。


 カイルが人としてなどと言ったばかりにディルは妙な事を考えたし、お陰でものすごく不快になってしまった。








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