78.この先を共に
空腹を満たし、気の合う仲間と楽しい会話をした後。
星空の下、人々は幸せの余韻を引き摺りながら帰宅の途についていた。
そんな穏やかな街の日常は、唐突に響き渡った悲鳴で破られる。
身の危険を感じさせるそれに思わず足を止めた人々は、次いで暗闇から轟いてくる獣の声に顔色を失くした。
頼りない灯りが不安を増し、一人が声とは逆に向かって走り出す。
それに追い立てられるようにして、いくつもの足音が過ぎていく。
場所は違えど噂に聞く事態に、誰もが何が現れたかを察した。
――魔物だ。
その言葉が現場にさらなる混乱を生み、警備を呼べ、怪我人が、と叫ぶ言葉が入り乱れる。
多くの者が冷静さを失い逃げ惑う中、不意にその頭上をざっと白いものが通った。
同時に、しゃらりという音が降ってくる。
独特な音色に誘われて振り返ると、闇夜にもはっきりと、白く輝く狼の姿が見えた。
それは何かに食らいつき、唸り声を上げながら再び地面を蹴る。
固唾をのんで見守っていると、急に人垣の中から黒い影が飛び出した。
次いで白刃が煌めき、濃い闇の中で不快な叫び声が響き渡る。
耳を塞ぎながら、それでも目を凝らしてみれば長身の人影が異形の身に剣を突き立てているではないか。
ややあってその人物が刃を振り収めると、警戒するように周囲を一巡した狼が彼の傍へと駆け寄った。
(――終わ、った……?)
一瞬の出来事に、まるで夢を見ていたような気分になる。
そのまま彼らが何事かを話す様子に、人々の間にもざわざわとした声が広まり始めた時だった。
ふと、金色の瞳が向けられる。
鋭くも険しくもない。ただただ真っ直ぐだ。
それが何故か、ひとの動きを止めさせた。
傍に居た人間がその視線を追って、人垣へ向かって歩いてくる。
そこで漸く、彼が最近よく見かけるようになった人物だったと気づく。
「あんたら、もしかして最近来た……」
『はい、砦の騎士です。街での治安維持のため、お手伝いをさせて頂いています』
驚いたような声に答えたのは、白銀の狼だ。
悪いものはもういません!と元気よく続けた姿は、どちらかと言うと犬のようだ。
「そ、そうか、よろしく頼む……」
先程の様子とは打って変わって毒気を抜かれる対応に、周囲の空気が一気に緩む。
「襲われた者はいないようだが、捻挫などの怪我をしている者がいれば診療所まで案内する」
その言葉に人々は互いに顔を見合わせて、首を振った。
すると黒髪の騎士が穏やかな微笑みを見せる。
「良かった。今日はもう早めに家へ戻ってくれ。灯りももうすぐ消されるだろう」
そう促して彼は狼を連れて再び暗闇へと足を踏み出した。
去っていく姿を見守っていれば、こんな会話が聞こえてくる。
「ジーナにも報告だな。調査も必要だし……警備を呼んでくるまで、ここを見ててくれるか」
『あ、なら任せてください』
自信満々に答えた狼は、すぅっと息を吸い込んだ。
そして一拍の後、街中に力強い遠吠えが響き渡った。
***
「さてここからどうなるかだな……」
駆け付けた街の警備に現場を任せ、ディルとアルトは周辺を巡っていた。
『何にせよ、やる気出ますね!』
漸く動きを見せた事態に、比較的好戦的なアルトの身体が疼いている。
それもそのはず、見回りと進まぬ調査を繰り返し、夜空に浮かぶ月の形が一巡りしようとしていたのだ。
今日も大した収穫はなく、一日の終わりに借り部屋で寛いでいた――その時だった。
音に敏感なアルトの耳が騒ぎの声を拾い、すぐにディルの部屋を開け放つ。
驚く彼に、およその場所を告げると共に服を脱ぎ捨て――開いていた窓から飛び出した。
(……まぁ、ちょっと慌て過ぎたかな……)
そう反省しつつも、狼姿の方が夜目も鼻もよく利く。
その場に居ながら声も届けられ、状況的には正解の判断だったとアルトは思っていた。
ディルからも溜息を吐かれただけで済んでいる。
『あ、そうだ。ついでにこの姿も売っておきましょうか』
別の何かが釣れるかもですし、と続ければ、ディルが頭痛を堪えるように額に手をやった。
「もう程々にしてくれと言いたいが……手遅れだな……」
遠吠えは、しっかりと街に響き渡っていた。
珍しい毛色の獣族は希少で高価になる。
調査のついでに違法な売買人を炙り出し、獣族が暮らしやすい街を守れるのなら、アルトは自分の事を活用するのを躊躇わない。
かといって、心配してくれる人を蔑ろにすることは出来なかった。
悩んだ末、アルトは少しばかりズルをした。
『ごめんなさい、ディル様。でも僕、貴方がいてくれるからもっと頑張りたいって思えるんです』
「……そう言われると、何も言えない」
分かってるだろ、と嘆息し、ディルはアルトの頭をくしゃりと撫でた。
その心地良さに耳をぺたりと伏せれば、付けた飾りが音を立てる。
姿を変えても残るそれが、彼の耳にきちんと届いていた。
追い掛けてきてくれたディルを見上げ、アルトは願った。
『なら見ていてください。叶うならどうかずっと、僕の傍で』
「――お前が望むなら、いつまでも」
* 終わり *
お読みいただき有難うございます<(_ _)>
なんだか甘さの欠片もないような終わり方になっちゃいましたが、これにて完結とさせて頂きます。
感情ばかりを走らせたようなお話でしたが、自身が思う以上に多くの方に目を向けて頂いたこと、本当に嬉しく思います。(*´`*)
レビューや感想、活動報告にコメントを下さった方々、評価やブックマークをして頂いた皆様、そしてここまでお付き合い下さった全ての読者様に、心からの感謝を。
蛇足となりますが、番外編もありますのでよろしければお楽しみいただけると幸いです。




