77.宣戦布告
「お話し中失礼します」
外から聞こえた声に、ルイツがどうぞと入室を促した。
扉を開けて入ってきた人物は、一瞬アルトに目をやったが、すぐにルイツに視線を戻して再び詫びる。
「すみません、お邪魔して」
「いえ、どうされましたか?」
「実は今し方、怪我も治りきっていない病み上がりの隊員が、砦内を全力疾走していたと小耳に挟みまして」
アルトはぎくりと身を強張らせた。
それはもしかしなくとも自分ではないか。
話の続く先が自然と浮かび、不味いと顔を引き攣らせる。
そんなアルトの様子を知ってか知らずか、彼――カイルは心底困ったという様な声で話を続けた。
「それで、うちの班長がそれはそれはお怒りなんですよね。早々にその馬鹿を連れてこいと言われたのですが……大事な話の途中でしたよね」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。大まかな話は終わりましたので、遠慮なくどうぞ」
(っ、ルイツ副長……!)
あっさりと引き渡しが決まってしまい、アルトは心の中で悲鳴を上げた。
ノーティスの怒っている姿など見たくない。
思わずこそりとディルの陰に隠れると、彼は苦笑しながらアルトを振り返った。
「行かない方が大変なことになるぞ」
「……うぅ」
それは重々理解している。
実践への復帰時期を検討して貰わなければならないので、そもそも行かないという選択肢はない。
だがもたらされた情報がアルトの足を重くしていた。
「……一緒に――」
「行けと言いたいところですが、そろそろ仕事が」
ディルが引っ張りだそうとした一案は、全容を見せる前に消え失せてしまった。
手を無くした彼は、それ以上の発言を止めてそっと顔を逸らす。
自身の一挙一動が、ディルを揺らしている。
その事に気づいたアルトは、頭を振って気合を入れ直した。
ディルの邪魔をするわけにはいかない。
「……よし、僕行きます。団長、副長、改めてありがとうございました」
自身を庇う背から顔を出し、アルトはぺこりと頭を下げた。
するとルイツが微笑みながら頷きを返す。
「終わったらまた来てください。結果次第で当面の予定を決めましょうね」
「はい。――じゃあ……カイルさん」
アルトがぎこちなく声を掛けると、大人しく控えていたカイルはにっこりとした笑みを見せた。
(うぐ……)
経験上安全性の薄いそれに、アルトは顔が引き攣りそうになるのを何とか抑え、彼の近くへと歩を進めた。
その警戒しています、と主張するような歩みに、前方からはくすりと笑いが溢される。
「そんなに警戒しなくても。僕はこんなに甘やかす気なのに」
「……それはどうも、ありがとうございます……」
相変わらず嘘っぽい表現に脱力しながら返せば、彼は本当だよ、と零して目を伏せる。
「見込みがないって分かっててもやっぱりさ、どうしようもないんだよね」
「? えと……?」
何がと首を傾げたアルトに対し、成り行きを見守っていたディルは顔色をさっと変えた。
激しく嫌な予感がする。
その直感に従い、彼は続く言葉を遮ろうとしたのだが――一歩遅く、カイルが先に口を開いてしまった。
「――僕なら絶対に見失わない。どこで迷ってても必ず見つけてあげられる。好きなように走ればいいし、怪我をしたら絶対に治してあげる」
それは、冗談かと思うほど、アルトに添った発言だった。
だが裏があると思うには、彼の表情はあまりにも優しく穏やかだ。
驚きに目を瞬くアルトの背後では、ルイツがおやおやと笑い、ヴィランは頑張れよと誰宛か分からない応援をしていた。
そんな風に面白がる上司たちがいる一方で、約一名、全くもって余裕のなくなってしまった人間がいた。
この状況で、カイルが告げたそれは確実に宣戦布告だ。
冗談じゃないと唸ったディルを余所に、カイルはどこ吹く風で戸を開けた。
そのままどうぞとアルトを促して、駆け寄ってきた彼女に満足そうな笑みを向けている。
「えと、じゃあディル様、ちょっと行ってきますから」
また後で構ってくださいねと手を振るアルトに、ディルは焦って釘を刺す。
「――っ、好きなだけ構ってやるから、絶っ対、誰にも構われるなよ!?」
お読み頂き感謝です!
逆ハーは苦手だったはずなのですが、やっぱりこうなってしまいました。
すみません。ルイツは保護者枠なのでお許しを。
次で、終わりますm(__)m




