74.最高の我儘
「ご……、ごめんなさ……」
アルトはそう、謝った。
力の抜けた身体は言う事が聞かず、ディルに縋りつく事しか出来ない。
「……いや、俺も……その……」
一方、ディルはか細く零れた謝罪に言葉を濁した。
抱きとめた華奢な身体は僅かに震えていて、改めてやり過ぎだったと自覚した。
これ以上を望みかけていたなどとは、絶対に知られるわけにはいかない。
「……」
重すぎる沈黙がその場に落ちる。
ディルは剥き出しになった想いを誤魔化すので一杯だったし、アルトは興奮で震える身体を宥めるのに必死だった。
(お、落ち着かない……)
どきどきと走り続ける鼓動に、アルトはそれでもとにかく落ち着けと繰り返した。
だが抱き締められた状態で感じる熱と匂いが、中々それを許さない。
つい先程の感触が蘇り、火照る自身を隠したくてたまらなくなった。
埒の明かない状態に、ひとまず座らせて欲しいと頼もうとした――その時。
(――っ?)
アルトの身体ががくりと揺れた。
気づけば視界が高くなっていて、見下ろせばアルトを抱き上げたディルの姿が目に映る。
その表情は労るようでありながら、どこかこちらの顔色を窺うような、申し訳なさそうな色を含んでいた。
「……ごめんな、驚かせたな」
穏やかな声音で気遣う様子に、アルトは幾分かの冷静さを取り戻し、大人しくこくりと頷いた。
すると彼は益々済まなさそうな顔になり、気まずそうに目を逸らしてしまう。
「――……、あの……」
「うん?」
そんな彼の様子に思わず上げたアルトの声。
掠れて、ごく小さくなったそれを拾い、ディルが首を傾げた。
「……えと……、その……」
改めて尋ねられると、何故だか答え辛い。
そう思いながらも、アルトは言いかけた言葉を頑張って紡いでみた。
「………………嫌じゃ……なかったです、よ……」
その瞬間、異様な恥ずかしさがアルトを襲った。
謝る必要はないと、ただそう伝えたかっただけなのだ。
なのに、妙な意図を含んでいる気がしてならない。
みるみるうちに白磁の頬が朱に染まり、それを自覚したアルトは顔を背け、俯いた。
しかしながら、見上げる位置にあるディルには彼女がどれだけ下を向こうが関係ない。
よく熟れた姿に食べてもいいと返されて、彼の口から何とも言えない呻き声が漏れ出した。
「――っくそ、なんでお前はそう……」
「?」
詰るような呟きにアルトが視線を戻せば、恨めしそうな目で見返すディルがいた。
「分かってないだろ。俺がどれ程飢えてるか」
「う、飢え……?」
戸惑いに満ちた声に、ディルは一息ついて口を開いた。
「――優しくしてやれなくなる。あまり、欲しがらせるな」
「……っ」
その響きは、アルトが今までに聞いたことがないくらい低く、そして熱を帯びていた。
それだけで、何故かまた囚われたような感覚に陥ってしまう。
同時に、まだディルの『本気』に触れていないのだと気がついた。
それはきっと、彼がアルトを思って隠すもの。
でも――。
また騒がしくなりつつある胸を押さえ、アルトは思う。
(――……触れたい、なぁ……)
そして、触れて欲しい。
熱くなった心と身体が強く疼き、望むままにアルトはディルへと手を伸ばした。
動いたせいで不安定になった身体を、彼はちゃんと支え直してくれる。
その揺るぎない仕草を感じながら、アルトは望むままにディルにぎゅっと抱きついた。
そして――。
「――沢山、欲しがって下さい。でも……優しくしてくれると、嬉しいです」
思い切り、我儘を口にした。
ディルの耳に届いたその声音は、あまりにも幸せそうで。
もう滅茶苦茶にしてやりたいと思う反面、抱いた身体の繊細さが彼の思考に歯止めをかけた。
「――っお前ほんと、いつか覚悟しておけよ……!」
この流れにお付き合い下さりありがとうございます。
残りあと4話、見守って頂けると嬉しいです。




