72.想いが通じるとき
「……独りで泣かせたくないんだ」
そう告げながら、ディルがアルトに触れる。
「だからどうか、俺の傍で泣いてくれ。泣き疲れたら、肩に凭れて眠ればいい。そして目が覚めたら……一番に笑顔を見せて欲しい。他の誰でもなく、この俺に」
そっと頬を滑る指先は、今までに感じたことがないほど、優しかった。
大切に思われている。
その事を、触れた肌、そして心に嫌と言うほど刻み込まれ、アルトの視界が滲んでいく。
「――まって、ください……」
「待たない。ちゃんと望んでる。ずっと欲しいと思ってる。だから優しい振りをして甘えさせて、手を離さずに傍に置いている。……誰にも、取られたくないから」
「っ……」
何の事かと問えるような、そんな隙は少しもなかった。
間違いようもない。
ディルの望みは、アルト自身だ。
保護者の範疇を超えた想いをぶつけられ、胸を占める苦しさが増す。
それと共に感じたのは、どうしようもないほど『嬉しい』という気持ちだった。
応えたい。
ディルが望むのと同じように、傍にいたいと答えたい。
そう強く思うのに――。
「……僕は……っ、色々、大変で……」
零れ出たのは、違うこと。
種族の事も、立場の事も、アルトは面倒なことだらけだ。
心を傾けてくれるディルをさらに縛るものだと知っている。
彼が優しいからこそ、もし、何かに巻き込めばと怖くなる。
そんな風に迷うアルトの手を、ディルはもう躊躇うことなく掴み――そして引き寄せた。
「だとしても譲れない。傷ついて欲しくはない。でも、閉じ込めないと約束する。だから逃げないでくれ。
――アルトらしいアルトと、この先を共に生きたいんだ」
「――っ」
それは甘く、優しく、特別な願い。
大切なそれを、まるで誓うように告げた彼に、アルトの目から堪えきれなかった涙が零れた。
確かに貰われている。
なのに、望むものを全て与えられていた。
(――……こんな、……)
こんなことが、許されていいのだろうか。
彼が求めることが――アルトの『幸せ』になるなんて。
(……もう、……)
どうすればいいかわからない。
溢れる想いで一杯で、言葉にしないと裂けてしまいそうなのに、それを上手く形にすることが出来ない。
だから、泣いた。
言葉の代わりに、ディルへの想いが雫になって幾つも零れ落ちていく。
止められずにいるアルトの涙を、ディルがそっと拭った。
「……だめ、か……?」
不安げに揺れる表情に、アルトはそうじゃないと首を振った。
「……苦しくて……。どんな風に言っても、足りないから……」
贅沢で、とても甘い苦しさだ。
言葉もなく胸を掴んで見つめれば、ディルが息を飲んだ。
瞬きと共に、零れた雫が頬を流れていく。
ほんの僅かな間それを見つめていた彼は、不意に身を屈めた。
そして為すがままに引き上げられたアルトの目尻に――口づけが一つ、落とされた。
次話について事前に謝ります。
すみません<(_ _)>




