70.余計なお世話
「一番に出迎えられなくて残念ですね」
「……いえ、仕事ですので」
言わなくてもいい事を一々口にする上司に、ディルは淡々と答えを返した。
それに、彼女にお帰りと言うのが10番目だろうが20番目だろうが、ただいまと言って微笑み返してくれるだけで、恐らくディルにとってそんなことはどうでもよくなる。
つくづく思考がやられていることを自覚し、大事な話の前だと気を引き締め直した。
アルトが帰ってきた知らせを受け、ディルは彼女共々今後の事を話し合うため副長室に呼び出されていた。
先日の魔物の動きを受けて砦は正式に街の支援することとなり、ディルはその任務の一員となる予定である。
砦に詰めると決めた時は、このような選択をすることになるとは夢にも思わなかった。
「――団長、副長」
ディルの呼びかけに、室内にいた二人の上司が顔を上げる。
そんな彼らを真っ直ぐに見て、彼は頭を下げた。
「期待に応えられなくて、申し訳ありません」
ディルの若さで隊長になるのはそう多くはない。
いずれは彼らのような位置につくことを想定し、育てようとしてくれていたのだ。
だが、ディルはその手を振り払ってしまった。
解決して戻っても、同じ地位には戻れない。
それを理解した上で、アルトと共に居ることを選んだのだ。
(……謝るのは、これで最後だ)
自分の意志を変えられないのに、これ以上謝っても自己満足でしかないだろう。
振り返りすぎると、走っていくものを見失うぞと自らの隊員からも言われた。
一種のけじめをつけるディルに、ヴィランは軽く笑い、ルイツは深く溜息をついた。
「本当に、貴方は昔から手のかかる。十分な成果を上げて貰わないと割に合いません」
不機嫌な様子で漏らされたそれは、嫌味と圧にしか聞こえない。
だが我儘を許したルイツは底抜けに優しい人だ。
損な性分だと思いながら、ディルは深い感謝を抱いて約束した。
「必ず、解決してみせますので」
自身の決意が伝わるよう強く誓えば、ルイツがふいと視線を逸らす。
「当然、もう一点についても何とかする気はあるんでしょうね」
「……もう一点……?」
この場で他に約束しておくことがあっただろうか。
ディルが考えを巡らせるていると、不意にヴィランと目が合った。
彼はにやりと揶揄う様な笑みを浮かべ、宣った。
「いい加減、欲しいって言えって事だろ」
「――っ」
思い切り、噎せた。
まさかそんな事をここで宣言させられるとは、予想もしていなかったのだ。
因みに何がなどは愚問である。とぼけたり問い返したりすれば、容赦なく攻められるだろう。
「……それについては……その、追々……」
する気のある『何とか』を思い、ディルは言葉を濁しつつ目を泳がせた。
すると具体性を求める空気が2方向から追ってくる。
耐え切れなくなった彼は、いよいよ絞り出すようにして口を開いた。
「逃げられては、敵いませんので……」
晒したのは、卑怯な自分の胸の内。
いつか、ずっと一緒にと願ってくれたアルトの心。
それが自分と同じ温度でなくても、ディルはもう止まることが出来なかった。
共にと描いた未来が欲しい。
そのために、戸惑わせないように、困らせないように――逃げてしまわないように。ゆっくりと、熱を移していくつもりだ。
アルトが本当の意味で選ぶ唯一が、ディルになるように。
(結局、狡いよな……)
戦わせまいと閉じ込める気持ちはなくなった。だが、囲い込もうとするのは変わらないようだ。
どうしようもない自分に溜息をついていると、ルイツが笑顔で口を開いた。
「貴方は時々、物凄く馬鹿ですよね」
「は!?」
唐突に罵倒され、ディルは思わず声を上げた。
「色々と考えすぎて視界が曇ってんだよ」
ヴィランが茶々を入れ、ルイツがさらにそれに頷く。
「そんなことでちゃんと追いかけられるんでしょうか――折角、アルト君の為に隊長を降りたのにね」
「っいえ、それは――」
ディルが否定しかけた時、背後にある扉の向こうで音がした。
小さい靴音だ。
それは僅かに躊躇う様な間をおいて、勢いよく遠退いていく。
誰がいて、何が起きたのか。ディルはすぐに理解した。
それと同時に無礼を承知で踵を返し、部屋から飛び出す。
求めた姿はとうになく、駆け出したディルの背にルイツの可笑しそうな響きの声が届く。
「結果次第では任地変更の希望も聞いて差し上げますので、安心してくださいね」
(――!)
ルイツが聞かせた、繊細な彼女が気に病みそうな一言。
その誤解を解くのは、中々に難しいだろう。
散々甘やかしてきたせいで、ディルがアルトに甘いことは周知の事実だからだ。
中途半端な言葉では、絶対に応えてはくれないと確信できる。
(――ああもう、余計なお世話だっ)
元保護者が自分に何をさせたいのか。それが分かったディルは心の中で盛大に苦情を言った。
毎度先の読める展開ですみません(;´`)
お付き合いくださると嬉しいのですが。




