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特殊砦で頑張りたい  作者: やなぎ いつみ
叶えたい思い
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69.ただいま

 砦での朝の訓練が始まるくらいの時刻に、アルトは街を出発した。

 ジーナが用意してくれた荷車に揺られながら、砦に向かって進んでいく。


 天候は晴れ。

 風は冷たくとも、降り注ぐ日の温かさで強い寒さは感じない。


 それでもじっとしていると冷えるだろうと、ジーナは掛物を用意してくれた。

 優しい温もりで身を覆いつつ、アルトは空を見上げ一人笑みを零す。


 御者をしていた老紳士は、後ろをちらりと伺った時にその嬉しそうな彼女の様子を目にし、頬を緩ませた。

 会話などしなくてもきっと退屈していないだろうが、待ち遠しいと思う気持ちが少しでも短くなるようにと願い、彼はアルトに話しかけた。


 ジーナの屋敷で働く彼にとって、アルトが楽しめそうな話題には事欠かない。

 案の定、老紳士の話にアルトはとても食いついて、静かに待つだけだった時間は笑い声の絶えないひと時になった。


 そしてふと気づけば、荷馬車は砦の門がはっきりと見えるところにまで来ており、アルトは思わず荷台の上で膝立ちになって帰りたかった場所の姿をじっと見つめた。

 するとじわじわと喜びが胸に沸き、顔が綻んでいくのが分かる。


 どうにも浮き立つ気持ちが止められなくて、アルトはとうとう、御者に礼を伝えて荷台から飛び降りた。

 また会いましょうと苦笑を返した彼に、重ねて感謝を述べ平野を蹴る。


 駆けだしてみれば、やはり脇腹には引き攣るような感覚があって動きが鈍ったが、走れることは嬉しかった。


(――初めて来た時とは、大違いだなぁ)


 一歩を踏み出す勇気はいらない。

 知らない人、知らない場所に怖がることもない。

 ただ思うままに飛び込むだけだ。


 門の前や見張り台には、以前と変わらず隊員達が立っている。

 初めは見慣れない荷馬車に警戒を示していた彼らが、白銀を見つけた途端慌てて動き出すのが見えた。

 アルトはそれに大きく手を振り、声を上げた。


「――ただいまですっ!」






***







「お疲れさまです!」

「お疲れ様」


 アルトが息を切らせて門の手前で立ち止まり声を上げると、両脇に立つ二人の隊員が笑いながら返事をした。

 それに被せるようにして、上の見張り台からも声が降ってくる。

 迎えの言葉と共に、心配させやがってとか、もっと鍛えてやるからなといった文句や激励が方々から飛んできていた。


 アルトが思う以上に、心配を掛けたのだろうとよく分かる。

 それでも誰一人として止めることなくお帰りと言ってくれることが、じんわりと彼女の胸を温めた。


 感謝とただいまを叫んで手を振り返し、アルトは改めて門に立つ隊員へと近づいた。


 向かって右側は第3隊の人間だ。ディルと同年代の彼は笑顔で手を振って自身の右側を指さした。

 入り口を挟んで左側、そこには強面の騎士が立っている。

 いかにも荒くれ者と言った風体の、アルトの苦手な系統の人間だ。


 それでも迷うことなく駆け寄ると、馴染みの彼はそれを待ち構えていたように腕を伸ばし、アルトの身体を抱え上げた。


「よく戻ったな!」

「ただいまです。ガルドさん」


 相変わらずの挨拶の仕方に、子供みたいだと恥ずかしがっていたアルトも今日ばかりは笑みを返す。

 ガルドはそれに満足げに頷いて、次いで窺うように彼女の顔を覗き込む。


「もういいのか?」

「はい、もうすっかり」


 アルトが拳を握って見せれば、彼はほっと息をついた。


「ならよし。とはいえ、流石にちょっと痩せたか」

「そうですね……折角頑張ってつけたのに、筋肉が減っちゃったかもです」


 頻繁に自身を抱え上げていた者の指摘に、アルトはやはりと溜息をつく。

 手を握った方の腕を眺めて残念がる彼女に、ガルドはしょうがない奴だと苦笑した。


「また鍛えりゃいいさ」

「ですね」


 楽観的な解決を言って笑い合い、アルトはふと思っていた事を口にした。


「それにしても、ガルドさんが迎えてくれるとは思いませんでした。丁度砦に来た時のことを思ってたんですよ」

「ああ、そうだな。流石にもう、坊主とは呼べねぇがなぁ」


 ガルドは抱え上げた相手の格好を眺めて苦笑した。


 仮に隊服を着ていたとしても、もう誤魔化しは利かなかっただろう。

 砦に運び込まれた時の状況を考えれば、それくらいは想像がつく。


「内緒にしてて、ごめんなさい」


 皆分かっていて迎えてくれたのだと改めて理解し、アルトの中で嬉しさと申し訳なさが入り交じった感情が沸く。


 いくらルイツの指示とはいえ、誤解している状況を利用したことは誠実だとは言えない。

 そう思って口にしたのだが。


「いや……本当言うと前から知ってた。皆、分かってて言わなかったんだ」


 お前がお前なら別に何だっていいからなと、ガルドは続けた。


 その許す以上の言葉に、アルトの内に深い感謝と喜びが沸き上がる。


(……うわぁ、跳び付きたい……!)


 これは是非とも全身で伝えるべきだと思ってガルドを見つめると、彼は焦った様子で待てと制した。


「頼むから、落ち着け。お前が一番にそれをしなくちゃいけない奴は他にいる」

「! 分かりました!」


 誰かとは言われずとも、アルトの一番は決まっている。

 ガルドに飛び付いたからといって減るものでもないが、促されてしまうとやはり彼のところへ行きたくなる。


 素直に頷いた後輩が無事に方向転換したことを察し、ガルドは溜息をついて抱えた身体を下ろした。


「もう案内はいらないだろ。行ってこい、副長室だ。団長と副長も待ってる」










そんなこんなで元気に走っていきますが、次は迎え撃つディル視点です。

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