68.帰還準備
「む、こんな感じかな。思ったより『普通』でよかった……」
身に着けた衣服を見下ろし、アルトはそんな感想を抱いた。
上はシャツと丈の長いベスト、そして下は長さの違うズボンを2枚重ねて身に着けるようになっていた。
そのうち一つは小さい子供が着るもののように太腿までしかなく、ベストを着ると裾が僅かに見える程度しか出ない。一方で、長い方はきちんと足首まで覆ってはくれるのだが、驚くほど肌にぴったり沿う作りだった。
あまり見ない組み合わせではあるが、着てみると意外とおかしくはない。また、一見少年のような格好だが、衣服が線の細さを強調して男と言うには難しい。
そんな絶妙な組み合わせだった。
(……色んな意味で、凄いなぁ……)
新しい発想と有無を言わせぬ力、そして他人の体形を完全に把握しているところ。
考えれば考えるほど出てくる凄さを実感しつつ、アルトは数日前の事を思い返した。
アルトの治療経過は順調で、ちょうど10日目に傷を縫っていた糸を抜くことになった。
その時、明日には砦に帰っていいと言われ、当然ながらアルトは大いに喜んだ。
例の如く訪ねてくれたジーナに報告し、砦へと走り出す時を楽しみにしていると――。
『じゃ、帰る時に着てね。朝出来栄えを見に来るわ』
そう言って、ジーナは有無を言わさずその服を押し付けていった。
確かにアルトが着ていたのは病院の治療着ばかりで、服など持ってきていない。
初日に身に着けていたという砦の術衣も、他の隊員のものと一緒に回収されている。
とは言え、正直狼姿になってしまえば服などなくても何の問題もない。
それに、良くなったら駆けて行きたいとずっと思っていた。
多少痛かろうとも構わない。浮き立つ気持ちが抑えられなくて、もはや大人しくなどしていられないのだ。
――という、アルトの考えを見越しての事だろう。
まだ本調子でない身体で変化して走り出さないよう、ジーナは衣服を与えるという形で先手を打ってきた。
アルトが他人から受ける心遣いを無下にはしないと分かっていて、その感情と行動を制御した手腕は見事だと言わざるを得ない。
(そういうところが、また似ちゃってたりするんだよなぁ……)
不意にまた影が顔を出し、アルトはそれを呼んだ自分自身に苦笑した。
本人に打ち明けたこともあってか、どこか諦めにも似た感情を以てそんな自分を受け入れる。
目を閉じて息をつき、前を向く。
(……よし。頑張ろう)
その気持ちをしっかりと握り締め気合を入れていると、部屋の扉が外から軽く叩かれる。
約束通りの訪室にアルトが頬を緩ませて入室を促せば、案の定扉の向こうからジーナが顔を見せた。
「アルト君おはよ――」
「お早うございますっ、ジーナさん」
灰色の髪は綺麗に結われ、飾り気のない衣服を上品に着こなす。
朝早くともいつも通り美しいジーナを、アルトは満面の笑みで迎えた。
だが彼女は挨拶を途切れさせて以降、言葉もなく目を瞠って固まってしまった。
「えと、あの、ジーナさん?」
ぴくりとも動かない様子に、アルトはどうしたのかと窺うように灰色の瞳を覗き込んだ。
そしてそっと触れようと手を伸ばした瞬間、ジーナがはっと我に返ったように息を飲み手を組んだ。
「やだ……! 可愛いわ!」
「…………えと……」
感激、と表現する以外に思い浮かばない彼女の反応を見て、アルトは照れるより先に僅かに身を引いた。
だがジーナの可愛いものに対する想いは止まらない。
「男の子の服でも十分可愛いんだけど、もうちょっと手を加えたかったのよね。だからと言って女の子らしすぎると狼の巣に戻るのに危ないし……」
「…………あの……」
「悩んだけど、これは当たりだわ」
「…………」
満足げに頷く様子に、アルトはもう何も言えなかった。
非常に優秀で優しいひとなのだが、ジーナは時々おかしくなる。
これこそが最大の彼女らしさなのだが、この10日間で訪れた2度目の波をアルトは大人しく静観していた。
因みに1度目は、贅沢ながらジーナが来てくれるのを待っていたと告げた時だった。
「――それで、具合は本当に大丈夫?」
「あ、はいっ」
回想に耽っていたアルトは、不意に落ちた真面目な問いに咄嗟に肯定を返した。
とはいえ、日常生活には殆ど支障がなくなっているのは事実だ。
動きの鈍さだけが問題で、実践に出る時期の判断は砦の医療班に任せられている。
帰還後はヴィランとルイツに会い、その後は医務室に行かなければならない。
(まぁ、元々挨拶しなきゃと思ってたし)
砦に戻ってからすべきこととしたいことを色々と考えていると、ジーナがくすりと笑みを漏らした。
「帰りたくてしょうがないのねぇ」
「う、はい……」
浮かれた思考を読まれた事を察し、アルトは恥ずかしさで頬が染まるのを感じた。
するとジーナがまた笑い、口を開く。
「なら、長く引き留めてちゃ悪いわね」
そういう彼女の声音は穏やかなものとなっていて、別れの空気を滲ませる。
身を引くように身体をずらしたジーナに、アルトは慌てて声を上げた。
「あのっ、本当にありがとうございました! 色々考えて落ち込んだりしましたけど、ジーナさんが来てくれていっぱい助けられました」
「ふふ、どういたしまして。私も貴女と沢山話せて良かったわ」
拙いながらも出来る限りの言葉を尽くして感謝を述べれば、ジーナが微笑む。
与えられた好意に購えるものなどアルトにはないが、それでも口にせずにはいられない。
「ジーナさん、頼りないかもしれませんが、僕にできることがあれば言ってください。全力で応えますから」
しっかりとした意思をもって告げられたその約束に、ジーナは笑みを深め、少しだけ身をかがめた。
そしてアルトの首に腕を回し、じゃあ宜しくねと囁きを零す。
明確な事柄を示さず告げられたそれは、アルトからすれば社交辞令のようだった。
だからいつか何かを頼って貰えるようにと、より強く応えた。
――勿論です、と。
お久しぶりなのに、今回も読んで下さってありがとうございます!<(_ _)>
そろそろ帰ります。




