68.ひねくれ者の来訪
呆れたような声と共に落ちた溜息を耳にし、アルトはぴしりと固まった。
聞き覚えのある暴言に、彼女はぎこちなく背後を振り返る。
そうして目が合った灰色の騎士は、完璧すぎるくらい綺麗な笑顔をアルトに向け、次いで部屋の中を見渡した。
「どうも皆さん、調子はどうですか?」
「よぉカイル。様子見に来たのか?」
「はい。復帰の目途とか見直さないといけないかもしれませんしね。大方はここの医師から聞いていますが、どうですか?」
そう答え、カイルは寝台にいる一人一人と話をしていく。
その様子を見守りながら、アルトは彼の死角に入りつつ、徐々に出口へと後退を始めた。
今カイルと会話するととても切れ味の良い小言を貰えるような気がする。気がするどころか確実にそうだろう。
一方、隊員達は不審な動きを見せるアルトの意図を察し、忍び笑いを漏らしながらも何も言わずに見守っていた。
無駄な足掻きだと分かっていると、余計に面白い。
そんな事を思われているとは露知らず、アルトは扉に近づき取っ手を掴んだ。
(このまま戻って眠ろう)
そうすれば見逃してもらえるかもしれないと考え、音を立てずに開いた扉に、よしと思った瞬間。
「あぁ。君のことも後で見に行くから、ちゃんと起きててね?」
アルトの思考を読んだかのように、釘をさす言葉が放たれる。
夢への逃げ道は、完全に閉ざされてしまったようだ。
***
アルトが再び自室へと戻れば、間もなくしてカイルが尋ねて来た。
それは彼女が寝台に腰を下ろして息をついたくらいの時期で、予想以上に早かった。
眠るななどと言う必要はなかったのではと思ってしまう。
カイルはジーナが自分用に置いていった椅子を引き摺って来て、アルトの正面に座って笑い掛けた。
「それで、君は訓練が出来ちゃうくらい元気になったわけだ」
「げ……、元気――になるつもり――です」
その凶悪な笑顔を前に、アルトは咄嗟に付け足した。
「あぁ、そういう誤魔化しをしちゃう?」
楽しくなっちゃうなぁと続けるカイルに、アルトは即手を上げた。
「すみませんごめんなさい。まだちょっと痛いです」
「ちょっと」
カイルがまた指摘する。
だがアルトはそれに対しては頷いてみせた。
過小評価は確かに癖だったが、アルトが病院で目覚めた頃に比べると今の痛みなど、本当に『ちょっと』だったからだ。
「はい。多分」
「そっか」
正直に答えたアルトに、彼は短く返して浮かべた笑みを穏やかにした。
問うしつこさに比べ、最終的な反応はとてもあっさりしている。
聞く人によればだから何なのだと言われるだろうそれに、アルトは思わず苦笑をみせた。
「相変わらずこだわりますよね」
「当たり前でしょ、自覚症状は大事なの。仮に身体が治ってるのに痛みが残ってるとすれば、癒すところが別にあるってことでしょ」
当然のように返された言葉に、アルトは目を瞬いた。
とても、意外な事を言われた。
「……何その顔は。僕が苛めてると思ってた訳?」
「いえっまさか」
アルトの表情を読んだカイルが半眼になり、再び彼の機嫌が下降し始めたと気づいた彼女は慌てて首を横に振った。
流石に嫌がらせだとは思ってはいない。
だが、訴えをそのように捉えているとは考えもしていなかった。
(びっくりした……)
分かってはいたがやはり医師なのだと改めて思い、アルトはついカイルの顔をまじまじと見つめた。
すると灰色の目がさっと逸れ、ぼそりと呟きが落ちる。
「……何か、失礼な事思ってるでしょ」
「う……」
その指摘に、アルトは目を泳がせた。
先程の彼女の考えが『失礼な事』に当たらないかというと、答えは否になるだろう。
『やっぱりお医者さんだったんですね』などと口にすれば、馬鹿にしているのかと言われて当然だった。
一方カイルは、そんな様子を見ればやっぱりねと揶揄うべきなのだが、出来たのは密かに息をつくことだけだった。
互いに暫し無言になり、アルトにとっては居心地の悪い空気が漂う。
耐え切れなくなった彼女が素直にごめんなさいと言おうとした、その時だった。
「――まぁ、無理に言わせるのもよくはないけどね」
だから『観察』するわけだし、とまるで折れる様な言葉が続く。
そして落とされた溜息には呆れではなく、どこかお手上げだという様な響きがあって、アルトは思わず顔を上げた。
するとそこにはいつもの笑みに戻ったカイルがいて、彼はそのままアルトに向かって手を伸ばし――。
「うぇっ」
むにっと頬を引っ張った。
「本当に、心配ばっかりかけてくれるよね」
「うう、ひゅみまへん」
そう言いながら彼が浮かべる笑顔はやはりとても綺麗で棘がある。
言いたいことが山ほどありそうだったが、抓られたアルトが謝るとカイルはまた溜息をつき、何も言わずに手を離した。
「もういいよ。ちゃんと戻って来たから良しとしてあげる」
「ああ、そうでした。呼んでくれて、ありがとうございます」
解放された頬を押さえつつアルトがそう返すと、カイルが小さく息を飲んだ。
(――え)
見れば彼は目を見開き、固まっている。
その予想外の反応にはアルトも驚き、何かおかしなことを言っただろうかと狼狽えた。
そして今行った会話を反芻しようとしたところで、突然、目の前のカイルががくりと顔を覆った。
「馬鹿」
「えっ」
「最低」
「ちょ、何で」
「分からない所がまた最悪」
「ええぇ」
何がそれほど彼の気に障ったのか、ひたすら詰られたアルトは困りきった表情で呻いた。
この二人を会わせるとすごく会話率が高くなります。
多分カイルがお喋り。




