60.彼がすべきこと
医療行為なので許して下さい。(泣
縫合だけを請け負うノーティスに短く返事を返しつつ、カイルは彼女の診察を進めた。
このままカイルが縫ってしまっても何の問題もないのだが、少しでも傷痕を目立たなくしようと思えば、この医療班で最も手先の器用な彼に任せるべきだ。
そしてそのためには、十分傷を洗ってやらなければならない。
カイルが手持ちの布に消毒薬を浸して拭えば、それはすぐに真っ赤に染まってしまった。
(……)
見慣れた光景なのだが、思わず眉間に皺が寄る。
アルトが負傷したらしいことは、同族の血の匂いで分かっていた。
――また、痛みを我慢しているのではないだろうか。
彼女の事だから、怪我をしたことで自分を責めていないだろうか。
どんな風に言って、褒めてあげようか――。
そう考えていたカイルの言葉は、カーテンを開けた瞬間だだひとつの叫びに変わった。
『――アルト君っ!!』
――この余裕のない状況下で、動揺を表に出したことは反省している。
すぐにすべきことを思い出せたのは、ノーティスのお陰だ。
彼に伝えられた簡潔な情報と見立てはきちんと頭に入っている。
(班長の言う通りか……)
体温が低下していて、拍動は弱い。尚且つ激痛を伴うはずの傷を抱えながら、何の反応もなく瞼を閉じている。
まるで苦痛を取るために鎮静させたようだ。
毒の作用によるものだろうが、それで生理的な機能が落ちているのも事実だ。
お陰で解毒しきって覚醒するまでは、少しも油断できない。
既に深い損傷を負っている今の状態では、普段では些細だと思うことですら命を脅かしかねないからだ。
(使うのはこれと――)
アルトの足元を高くしつつ、何種類かの薬を用意していたところで、漸く求めていた介助者が顔を見せた。
「ああ、ヒース」
湯と沢山の布を持ってきた彼は、それを目にした瞬間小さく息を飲んだ。
そして苦々しい顔でカイルに問う。
「なんだこれは」
「頑張りの結果……かな」
カイル自身、そう思うしかない。
それが分かったのか、ヒースは顔を背けて舌打ちをした。そうして手際よく傷を清め始める。
血の汚れを落とすにつれ、あちこちに出来たかすり傷が現れてきたが、最も深いのはやはり腰から胸にかけて大きく裂けた傷だった。
ごく薄く独特の匂いを持つそこが、毒の入り込んだ場所だろうと考える。
(――痛いって、言えないよね……)
大丈夫が口癖の彼女に、カイルはそれを何度も言わせようとしてきた。
でもむしろ今は、いつもの分かりやすい嘘が聞きたいくらいだった。
手早く洗浄を終え、保温のためにも処置に関わらない部分を毛布で覆う。
そうしてカイルがノーティスを呼べば、丁度別の負傷者の治療を終えたところで、すぐにこちらへと向かってくる。
彼はそのままカイルを介助につかせ、アルトの傷の奥から縫合し、次いで表面を縫って閉じた。
手先だけは器用な彼の縫合はやはりとても綺麗だった。
「後は任せる」
「有難うございます」
多忙な彼はすぐに出て行った。
聞けばもう一人毒を受けた負傷者が運ばれてきたらしく、そちらはより重症だとのことだった。
状況が気になりつつも、カイルは自身の担当に集中する。
傷に薬を塗って布を当て、再びヒースの力を借りて包帯を巻いた。
余談だが今のような状態のアルトを支える事を、彼は非常に嫌がった。
カイルとしては、嫌がってくれるくらいの方が信用できるので大いに彼を利用した。
他の傷も含めて一通りの手当てを終え、再び寝台にアルトを寝かせた頃には一刻半は経過していた。
「お疲れ様、貧乏くじを引かせたね」
カイルがヒースを労えば、彼は疲れたように思い溜息をついた。
「もういい……。ただ、こいつには絶対言うなよ」
「気にしないと思うけどなぁ」
この状況でどこを触ろうと完全に不可抗力だ。アルトの性格上感謝以外に特に何か思うことはないだろう。
それが心配にもなるのだが。
「今後負傷時は街へ向かわせろ」
「そうだよねぇ」
それでもここに居るべきではないと言わない同僚は、見習いが手にした居場所を奪えないでいる。
カイルも同じだ。
「――まぁ、その辺は副長に考えてもらおう。ヒースはまたそろそろ本職へ戻らないとね」
「今日のはいつもみたいにはいかねぇからな」
「美味しければ何でもいいよ」
負傷者にも摂取しやすい形態を優先するため、本日の食事は普段のような選択肢に幅のある献立にはならない。
カイルが頑張って、と声を掛ければ、ヒースは人を応援してる場合かよと呟いて出て行った。
(さて、と)
色んな意味で疲れた。
だが、ヒースの言う通りカイルにもやることは山積みだった。
処置が終わっても重傷者の観察は常時必要であるし、隊員別に行った診療記録をつけなければならない。
ひとまず他はどうなっただろうかと思った時、ノーティスが顔を覗かせた。
「終わったか」
「はい」
「急ぐ処置はない。――ついているか?」
命令ではなくカイルの意志を確認するその言葉に、暫し固まった。
『誰に』かは、言われずとも分かる。
継続した観察が必要な彼女は、区切りを解放して他の隊員と纏めて診るには問題がある状態だ。
そうなれば誰かが傍につく必要がある訳で。
加えて言うなら、書き物は何処でも出来る訳で。
「…………書類を取ってきます」
そう告げて、カイルは医務室奥の棚へと足を向けた。
深く考えると問題しかない。
保護者がいないのがつくづく痛手です。




