54.夜の戦い②
分かれた残りの隊を探し、アルトはさらに暗闇を突き進んだ。
変わらず辺りの血の匂いは濃かったが、その中に微かな異臭を嗅ぎ取り思わず鼻先に皺を寄せる。
(う……鼻が曲がる……っ)
それは進むほどに強くなり、アルトの行動を抑制しようとしてくる。
脚を鈍らせようとする自身を叱っていると、不意に一際大きな金属音が耳に届いた。それと共にディルの声が聞こえた気がして、アルトは迷うことなくそちらへ駆ける。
すると漂う血臭の中に彼のものを薄く嗅ぎ取り、心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に襲われた。
(止まるなっ、動け……!)
強張る身体を叱咤して、必死に脚を走らせる。
次第に魔物の影が見え始め、距離を詰めればそれらに対峙する人の姿も確認できた。
先程と同じく魔物の動きを抑えつつ、囲まれないように引いたりとしているが、そのうちある魔物の姿だけが異様だった。
獅子のような外見に変わりはないが、厄介なことに双頭で角を生やし、棘のある尾は元は二本あったようだ。途中から途切れているところを見ると、恐らく切り落とされたのだろうと察せられる。
脇腹にも騎士の剣が突き刺さっており、血を流しながらも動きを止めずに獲物に睨みを利かせていた。
(っ! ディル様!)
その最も厄介であろう魔物の目の前で、ディルはこめかみから血を流しながらも、その背に負傷したらしき隊員を庇っていた。
恐らく動けないのであろう隊員に対し、他の仲間が注意を向けているが、別の魔物への対応で離脱させる機会を持てずにいる。
その状況に、アルトは自分しかいないと気合を入れた。
「!?」
『構わず続けて下さい!』
ディルの意識が魔物から逸れてしまうのを鋭く制し、アルトは地に崩れた隊員の傍へと駆け寄った。
意識はある。
辛うじて身を起こせるくらいなら、多少引き摺っても問題ないだろうと考え隊員の服を咥えた。
「――っ!」
『がまんひてくらはいっ!!』
引き摺られた衝撃で隊員が呻き声を上げる。
アルトはそれに叫んで返し、自身が力を緩めてしまいそうになるのを何とか耐えた。
(両足と右腕……!)
為すがままにされる相手は、その部位が全く動いていない。
そんな重い体を必死で引き続け、アルトは隊員を岩場の陰に引き込んだ。
血の匂いのせいで場所は丸わかりだが、距離があれば別の人間が相手をしている限り狙われずに済むはずだ。
地面に身を預けて目を閉じた相手を鼻先でつつき、急いで促す。
『念のため毒消しを! 魔物の匂いが明らかにおかしいですっ』
もし毒を受けていた場合、早めに解毒薬を摂取しておかないと手遅れになる可能性がある。アルトの思い過ごしかもしれないが、疑いがある以上は対処しておくべきだ。
「……う……」
消耗した隊員は緩慢な動作で手を動かし、腰の小物入れから一つの実を取り出し口に含んだ。
するとすぐに腕がだらりと垂れ下がり、アルトは一瞬ひやりとさせられる。
だが相手の喉はきちんと動き、その後に荒い呼吸が続いた。
どきどきと怯えて震える心臓を抱え、アルトはぎゅっと目を閉じて歯を食いしばった。
そして目の前で弱っていく命から顔を逸らし、身を翻す。
(――今僕に出来る事は、一つしかない……!)
祈る事でも嘆くことでもない。
戦う事だ。
彼に残酷な未来が足音を立てて迫ってきていたとしても、アルトは立ち止まってはいけない。
命を懸けて切り開かれた可能性を掴むため、彼女は再び魔物の元へと駆け出した。
生体毒というと血清……
いや、ファンタジーということで!(汗




