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6.悲しみの主

 行きとは違い、帰りの隊はゆっくりと進む。


 全力で走らせた馬が使えなくなったからというのもあるが、村で突きつけられた無力さに、隊員達それぞれの士気が下がっているのだ。

 不甲斐なさ、苛立ちといった負の感情が彼らの体力を食い潰し、益々動きを鈍らせる。


 元々外勤務をしていた最中だったのだ。

 疲労が蓄積した状態で魔物と遭遇すれば命取りになると判断し、ディルは村を出てしばらくしたところで野営することにした。隊員のうち体力のあるものを一人走らせ、近くの街で砦への伝達を依頼させる。


 交代で見張りをしながら仮眠をとり、それぞれにとって長い――長い夜を過ごした。

 それでも再び動き始めてみると、隊員達の足取りは僅かに軽くなっていて、ディルは無理のない程度に先を急がせた。


 今の調子で歩き続ければ、日付が変わるまでには砦に着くだろう。


 ディルのその見込み通り、すっかり日が沈んだ頃、遠くに小さく灯りが見え始めた。

 ここまで来れば戻って休む方が良いだろうと考え、ディルは隊員達にあと少しだと声を掛けようと口を開く。


(――?)


 その時、何かの声がディルの耳に届き、思わず足を止めた。


「ディル様?」


 先を行っていた隊員がディルが止まった事に気づき、何事かと問うてくる。


「ああ、何か聞こえた気がしてな。多分すぐそこだから様子を見てくる。先に進んでいてくれ」


 隊員に告げると、止めても無駄だと分かってるようで、溜息を着いただけで了承してくれた。


「何かあればすぐ砦へ向かうから。――それじゃ、後は頼んだ」


 そう言ってディルは隊列から離れ、声のした方向へ向かった。すると隊の動く音が遠退き、辺りは静かになる。


 ややあってもう一度聞こえたのは、遠吠えだった。



(――……、泣いて、いる)



 誰かを呼ぶように、求めるように遠くへ。

 願うように、それでいて何かを恐れるように細く。


 聞いている者の胸を裂くようなそれは、慟哭だった。



 悲しみの主を探してさらに歩くと、暗闇の中、真っ白な色彩がディルの目に飛び込んでくる。


 雨上がりの空に浮かぶ雲のように、きらきらと輝く白銀の毛並み。

 普通の獣よりも一回り大きい体躯をもつそれは、狼の獣族だった。


 辺りは冷たい程の静寂に包まれており、遠吠えだけが響く。

 同じ白さを持つ月には程遠く、回りを取り巻く暗闇には混じれず、独りだった。


 あまりの孤独に手を伸ばしそうになり――はっとした。

 白銀の毛、狼の獣族。


 ディルが昨日出てきた村に心当たりのある組み合わせだ。だとすると、今回の件で砦の騎士(自分たち)が最も負い目を持つ存在となる。


 狼の叫びが、ディルを責めるように響く。


 これほどまでに深く悲しみ、そして苦しんでいるのに、手を差し伸べる事も出来ないのだ。

 ディルは唇を噛み締め、孤独に泣く姿を見守った。



 どれくらい経った頃だろうか、不意にその澄んだ空気に亀裂が入った。

 禍々しい気配の出現に、ディルの身に緊張が走る。

 視線を巡らせてみると、闇夜に紛れるようにして馬のようなの魔物が森から沸き出していた。


(この、今の状況で……!)


 魔物に全てを奪われたばかりの――そんな子供の目の前に。


 ディルは舌打ちしたくなるのを堪え、魔物が狼の近くを過ぎ去るのを待った。

 勿論始末する。ただ、その子を巻き込むことだけは避けたかったのだ。


 ディルが時機を狙っていた時、地に伏せていたはずの狼が、突然勢いよく魔物に飛び掛かった。


 振り落とされても重さを感じさせない軽やかさで着地し、その狼は再び魔物の首筋へと食らいつく。

 しかし異常な長さの尾が狼の身体を打ち、その身を弾き飛ばした。


 予想外の攻撃だったのか、地面に叩きつけられた身体はすぐには起き上がらない。そこに魔物の蹄が迫り――。


 このままでは踏み潰される。


 気づいたディルは、咄嗟に駆け寄り剣を抜いた。

 魔物がディルに気づくと同時に、その身に刃を突き立てる。すると魔物は足を振り上げたところで動きを止めた。ディルが剣を引き抜くと、血を吹き出しながらも徐々にその姿を灰へと変えた。


 血の付いた剣以外、後には何も残らない。魔物の生態に関する研究が進まない要因の一つであった。



「――無茶をする」


 ディルが焦って声をかけると、伏せたままの狼が顔を上げた。

 その金色の瞳を見て息を飲む。


 その瞳は――何も映していなかった。


 例えば襲われそうになった恐怖、助かった安堵、人が現れた驚き。そういった感情が一切見られなかった。

 音がしたから顔を上げた。ただそれだけだ。

 ディルがいると認識しているかも怪しい。

 硝子のようなその目に、ディルはかつての自分を思い出す。


 村では会うことも出来なかった。

 会えたからといっても、謝って許されるようなことではない。その目に映ることも拒絶されるか、あらんかぎりの言葉で詰られ一生恨まれるか。そのどちらかだろう、そう思っていた。

 でも実際は――。


「――そんなに自分を投げ出さないでくれ……」


 何の感情も抱かない。


 それほどまでに、独り悲しみに沈む目の前の存在に、ディルは触れずにはいられなかった。


 手を伸ばして白銀の毛を撫でる。


 癒せるなんて思わない。

 この子の大切な存在に代わりはないのだ。

 けれど、傍にいることくらいはできる。冷たくなった体に体温を分けることくらいはできる。


 撫で始めてから、ディルは騎士の隊服を見て拒絶されるかもしれないと気づいたが、その子が身動きせずじっとしていたので構わず続けた。

 寄り添って座っていると、金色の瞳から透き通った透明な雫が零れ落ちた。それは白銀の毛を滑って転がり、後を追うように次々と流れていく。


 村から遠く離れたこんな場所に一人でいることから、その子が安心して泣ける場所などどこにもなかったのだろう。

 砦や騎士はこの狼にとって辛い存在かもしれない。それでも、もし、どこにも居場所がないのなら。

 選んでくれなくてもいい。

 一つの道として、その子を迎える場所があるのだと伝えておきたかった。


「……行くところがないなら……もし、お前が構わないなら……。落ち着いたら、砦に来るといい」


 ディルが暫く撫でていると、狼は疲れたのか徐々に瞼を閉じ、眠り始めた。

 傷ついた子供を一人で置いていくのは気が引けたが、もし騎士を忌避していたらと思うと無理に砦に連れて行くのも躊躇われた。

 狼の獣族なら、普通の獣や魔物には襲われないだろう。気がかりなのは人間だけだが、魔物の森に近いこの場所に来る者はそうそういない。


 眠り始めた狼に手持ちの毛布をかけ、ディルは隊の皆の元へと戻った。









 

読んでいただき感謝です。


ディル達の進みに反し、全力で走るアルト君の速いこと。

ディルに会わず砦すら通り過ぎるかと思いました。

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