50.そして始まる長い夜
気温の下がった夜は冷える。
だがアルトにとっては寒いとは感じられず、身が引き締まるような温度がむしろ心地よいくらいだった。
屋上の、丁度自室がある部分に登って腰を掛け、ぼんやりと砦を見下ろす。そうして、夕刻に夜勤前のディルを捕まえた時の事を思い出していた。
一方的に伝えるだけでは良くないと思い、アルトは彼に明日の昼に少し話したいと願い出た。そして休む時間を削ることになり申し訳ないと俯くと、ディルは構わないと微笑んで、久し振りに頭を撫でてくれた。
優しすぎる。
ルイツがいつ予定を組むか分からないため、早めに伝えておくべきだとは思った。だがそう簡単に我儘を許されてしまうと、アルトは何故か少し苦しくなった。
そして改めて思う。一人で困らせたりしたくないと。
ルイツは放っておけと言っていたが、アルトにはやはり難しい事のようだ。
(……何て言おう……)
そう考えて、前にも同じ事を考えていたなと苦笑した。
泣いたり怒ったりしながらも、最後には纏まった。
そしてアルトには新しい道が出来、こうして前に進んでいる。
きっと、難しくても悩むことにこそ向き合うべきなのだ。
悩めることは贅沢だ。
今までは悩まなかったというよりは、悩むほどの関わりを持ってこなかったとも言える。
役に立ちたい。守りたい。
そして、ディルに認めてもらいたい。
沢山の人と関わって、増えた望みがアルトを動かす。
夜風が彼女の髪をさらい、頬を擽った。伸びてきた髪を、どうしようかなと考えた。
そして不思議に思う。
以前は迷わず切っていた――いや、切ってもらっていた。何を迷うことがあるのだろう。
(……色々考えてもしょうがないや。そろそろ戻ろう)
そう思って立ち上がり、アルトが屋上の扉を開こうとした時だった。
微かに血の匂いがする。
また魔物が出たのだろう。珍しいことではないのだが、アルトは落ち着かなくなった。
(――何だろう。すごく、気持ち悪い)
予感に従い、アルトは感覚を研ぎ澄ませてそうさせる原因を探った。
その時、砦の東側で微かに上がった獣の声がアルトの耳に届く。
夜目は利くが距離が遠く、アルトの目では見えない。
しかし風が運んだものの中に、喧騒と血の匂いが感じられた。その音と濃さに、異常事態だと察する。
アルトが慌ててルイツの部屋へ向かおうとしたとき、砦内に鐘の音が響き渡った。
(緊急招集!!)
この状況でこの鐘は、確実に魔物と交戦中の夜勤からの応援要請だろう。
噂をすれば影、とでも言うべきだろうか。
これほど早くに実践の機会が訪れるとは。
非常事態であり、足手纏いにならないだろうかという考えが、アルトの頭をちらりと掠めた。
――いや、ならない。
なるものかと思う。
アルトは急いで扉を開けて、宿舎の階段を駆け下りた。
読んで頂き感謝です!
かなり余談なのですが、今日誕生日の人がいます。
登場人物の誕生日を考える方ってどれくらいいるんだろう……




