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特殊砦で頑張りたい  作者: やなぎ いつみ
迷う保護者と進む雛
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47.甘やかしてもいい日

 小さく囁かれた願いに、ディルの体に痺れに似た感覚が走った。


 強く、求められている。


 薄着のまま抱き着かれ、背中にその柔らかい身体を感じるだけでも煽られるのに、それはもはや反則だった。

 今の一瞬で理性が吹き飛ばなかったことを奇跡だと思うしかない。


「……っ、少し、離れてくれ……」


 僅かにも動けず中途半端な姿勢で固まったまま、辛うじてそれだけを口にした。

 最悪の事態を起こす前にアルトを離そうと試みたのだが、背中にぐりぐりと頭を擦られ、拒否しているらしいことが分かる。


 ぐらりとした。


 普段であれば見せることのない仕草に、益々自分が追い込まれている。それと同時に、熱のせいか素直に晒け出された心に、どうしようもない愛しさが胸を占めた。


 アルトが本当に弱っている時に甘えたのは恐らく初めての事だ。いつも肝心なところで退いてしまうので、今この時の願いを何よりも叶えてやりたくなる。


「……何処へも行かない。傍にいるから……」


 望むままに触れ、彼女の全てを欲する気持ちを捻じ伏せて、回された腕にそっと手を添えた。

 すると背中に張り付いた身体が一瞬ぴくりと揺れ、次いでほっとしたように力が緩む。


 ディルはその隙を見逃さず、素早くアルトを抱き上げた。その瞬間彼女の口から小さく悲鳴が漏れ聞こえ、華奢な身体から震えが伝わってくる。

 そんな様子にいささか乱暴だったかと反省しつつ、寝台に腰を下ろして毛布を引き寄せ、膝の上に乗せた身体を包みこんだ。


 ふさふさの尻尾も、白銀の髪から覗く獣耳も力なく垂れていて、アルトの弱った心が見える。


「どうした?」


 ディルが問うと、答えの代わりにぽたりと雫が落ちる。


(――泣いているのか)


 先程のアルトの様子を思い出す。

 どうやらルイツの懸念は当たっていたようだ。


 突然飛び起きた彼女は荒い呼吸を繰り返し、声も上げずに一人で耐えようとしていた。気配に敏い彼女が、ディルが触れるまで気づかないくらい余裕を失くしていたのだ。

 時々、こんな夜を過ごしていたのだろうか。そう思うと胸が締め付けられる。


「……大丈夫だ」


 ディルは安心させるよう、いつものようにアルトの優しく頭を撫でた。

 暫くそうしていると、アルトの身体から伝わる震えがなくなり、呼吸が落ち着いてくる。

 ほっとしてそのまま様子を見ていると、静かな寝息が聞こえ始めた。


(――……眠った、か)


 相変わらず、ディルはアルトの安定剤だ。

 こうして落ち着くアルトは、ディルを庇護者だと信じて止まないのだろう。


 振り回されるのはいつもディルの方。

 今もこうしてアルトを抱えていることに、痺れるような幸福と経験したことのない緊張を感じていた。

 彼女の僅かな身動ぎも息遣いの変化も過剰なまでに意識していて、その度にディルの息を止めさせた。


「…………アリア……」


 零れ出た想いが彼女を求める声になる。

 呼ぶのはディルにだけ許された名だ。その名を口にすると、苦しいくらいに渇望していることを感じる。

 何度でも呼び、それに応えて欲しい。

 そして多くを抱えて壊れそうな彼女の、背負った重荷を共に持ちたい。支えたいと願ってしまう。


(…………本当に、身勝手だな……)


 相も変わらず、アルトに促している事とは矛盾した望みを抱えていて、そのために独善的で卑怯な考えすらも沸いてくる。


 儘ならない思いを持て余し、ディルは目を閉じて静かに息をつき、熱を逃がした。









 カーテンから光が通り、部屋が明るくなってくる。

 漸く夜が明けたことを感じて、ディルは目を開いた。

 あれからアルトを寝かせたものの、離れようとすると熱を求めるように縋られて結局一緒に横になった。

 悪化していく状況に、当然ディル自身は一睡もしていない。


 一方アルトはというと、まだ毛布に(くる)まって寝息を立てていた。

 あれ以降は飛び起きて苦しむこともなく、穏やかに眠る彼女に色んな意味で溜息をつくしかない。


 時折頭から生えた獣耳が時折ぴくぴくと動いている。その誘惑に誘われない程度には、ディルの忍耐力が上昇していた。

 喜ぶべき事なのかは分からない。


「……う……」


 眺めていると不意にアルトが身動きし、長い睫毛を震わせた。

 そしてゆっくりと開かれた瞼の下から金色の瞳が姿を現す。


「大丈夫か?」

「……大丈……夫、です……」


 ぼんやりと返すアルトの様子に、まだ頭が十分働いていないのが見て取れる。いつもしっかり覚醒してディルの部屋の前で待っているので、ふにゃふにゃとした表情はとても珍しい。

 アルトは数度瞬きを繰り返したものの、眠気に負けたのか、しまいには再び目を閉じてしまった。

 そしてそのままもぞもぞとディルの胸元に潜り込んでくる。


(うわ……っ、…………)


 思わず抱き締めようと手を伸ばしていて――――触れる直前に気づいて止まった。


 行き場を失くした手は、少し迷ったものの結局いつもと同じくアルトの頭に落ち着く。それでも何となく物足りなさを感じてしまい、撫でることなく白銀の髪を梳き、指の間を流れる感触でそれを埋めた。

 すぐ傍で眠るアルトのうち、彼女の髪だけがディルの思い通りに捕らえられた。


(…………随分伸びたな……)


 毛先を弄びつつ、そんな感想を抱く。束ねようと思えば出来るくらいの長さだ。綺麗なのでこのままにして欲しいのだが、周囲からの見え方を思うと悩ましい。本人は気になれば迷わず切るだろうが。


 あまり触ると起こすので、程々で手を離してアルトを見下ろす。

 再び規則的な呼吸を繰り返していて、溜息と共にもう少し耐えようと思った時だった。


 突然、アルトが飛び起きた。


「――――っ!?」


 間一髪で、寝台から転げ落ちそうになったアルトの腕を掴んで止めた。


「あ、ぶな……」

「なななんでディルさまが……っ!」


 かなり、動揺している。

 獣耳はぴんと立ち、アルトの背後で尻尾が逆立っている。それと同時に寝衣の裾が持ち上がり、ディルは咄嗟に視線を飛ばした。

 意識して見ないようにしながらアルトを座らせ、彼女が落ち着くよう、そして誤解のないように弁解した。


「落ち着け、何もしていない。お前がしがみついて離れなかったんだ」

「えっ? あっ、そういえば……!」


 一瞬驚いた顔をしたものの、昨夜のことを思い出したのか、すぐに耳も尻尾も申し訳なさそうに垂れ、謝罪の言葉が返ってきた。

 弁解しておきながら疑えというのもおかしい話だが、ディルの言ったことを迷わず信じたアルトにとてつもない不安を感じてしまう。

 記憶がないときに何かあったらどうするのだ。


「……お前、本っ当にもう少し疑うとか、警戒心を持つとかしろよ」

「……えっと、はい……」


 以前言われた通りの事を思い出したのか、アルトは納得の言葉を紡いだが、三角の耳は正直に困ったというように動いた。


(分かってないな……)


 具体的に何が悪いかを指摘しようとして、ディルは言葉を詰まらせた。

 薄着のまま気にせずにいるところとか、寝台の上にいる男と距離を取らない所とか、そもそもそうやって頭に獣耳をつけたまま見上げてくるところとか。

 言うなればそう言う事になるのだが。


 やめよう。


 これ以上何か言うと、自分が危ない。

 この状況で『ディル様ならいいです』とか口を滑らされたら、沸き起こる感情を抑え込むのに苦労する。

 ディルは何度目かの溜息をつき、アルトを残して寝台から離れた。彼女が目で追っているのを感じつつ、壁に凭れて腕を組む。努めて頭を切り替えて、確認すべきことを口にした。


「――体調はどうだ?」

「すっきりしてます。熱下がったみたいですね」


 問われたアルトは、寝台に座ったままディルを振り返って返事をした。

 自身の額に手を当てて熱を測り、満足そうに微笑んで頷いている。その脇ではふさふさの尻尾が嬉しそうにぱさりと揺れた。

 つい手に力が入り、組んだ腕が僅かに痛む。


「そうか。そろそろその耳と尻尾は引っ込むか?」


 ディルが壁を見つめながら指摘すると、視界の端でアルトがはっとしたような顔をして俯くのが見えた。


「……そうでした……。不快な姿をお見せしてすみません……」


 視線を戻せば、アルトは苦々しい表情を浮かべて萎れていた。悲し気に垂れた獣耳は彼女の手でぐしゃりと掴まれ、尻尾が隠れるように丸まっている。

 相変わらず、ディルからすると驚くほど低い自己評価だ。

 感情に合わせて動く耳と尻尾など飽きることなく愛でられるのだが、その姿を嫌っているらしいアルトからすると到底信じられないだろう。

 結果ディルにできるのは、無難で甘さの欠片もない擁護だけだった。


「不快じゃないし、そんなに卑下しなくていい。アルトはアルトだろ」


 宥めるように微笑むと、アルトは僅かに表情を緩めて溜息をつき、力を抜いた。

 そんな言葉でも、彼女の胸を軽く出来たのならいいかと納得した時。


「……なんか最近、いっぱい僕の隠し事を知られている様な気がします……」

「まさかお前、まだ何かあるのか」


 困ったような表情で語られた内容に、ディルが顔を引き攣らせつつ聞き返すと、アルトは顎に手を当て思案する様子を見せた。ありますと言われた場合聞き出すべきか悩み始めた時、不意に彼女が獣耳をぴんと立たせて呟いた。


「狡いです」

「何の話だ」


 話が繋がらない上、いきなり理不尽な抗議を受けた。

 ディルが眉間に皺を寄せて問い返すと、視線を合わせたアルトは何かを訴えるような表情で口を開いた。


「ディル様は僕の事全部知ってるのに、僕はディル様の秘密を知りません」


 たっぷり一拍、間が開いた。

 微妙に嬉しくなるような器用な責め方だった。

 返答に悩むディルを、アルトは答えを求めるように真っ直ぐ見つめてくる。今の服装と場所でそんな顔を向けられると、とても(まず)い。


「――――わ、かった。何でも話すから、先に耳を仕舞って着替えてくれ……」


 それ以上直視できずに、ディルは顔を覆って俯いた。

 嬉しそうに返事をする声を聞きながら、溜息をついて扉へと足を向ける。


 病み上がりの今日はまだ甘やかしてもいい日のはずだ。楽しい話にはならないだろうが、アルトが求めるならディルの昔話をしてもいい。

 魔物に関心を持っていても、資料を読むのには向かない体調だろう。

 だから、まだ頑張らなくてもいいのだ。








お読みいただき有難うございます。<(_ _)>


漸く解放されました。ヘタレではありません。我慢です。

悩んでいるところはヘタレかもしれませんが。

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