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特殊砦で頑張りたい  作者: やなぎ いつみ
迷う保護者と進む雛
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46.甘えていい日

 温かさとゆらゆらと揺れる感覚が心地よくて、アルトはうとうととしていた。

 暫くして揺れが止まっても、そのまま寝ている様な、起きている様な曖昧な意識に身体を委ねていた。

 しかしすぐ近くで発せられる声で、アルトの意識は次第に上昇し始める。


「――――のことは知って――」

「――勿論口外――――」


 静かにして欲しいと思いつつ、一度覚醒に向かうと止まらない。


「――お任せ下さい。こんな貴重な機会逃せませんから」

「おい、私情が漏れてるぞ」


 ディルの苛立ったような声に、アルトは重い瞼を開いた。

 しかし視界が何かで遮られており、ほとんど見えない。

 反射的にそれを取り払おうとして身動き出来ず、そこで自身が何かに包まれ抱え上げられていることに気付いた。


(――、どうなって……)


 何かやらかしたかと思うものの、身体が重怠く、思考するのが面倒に感じた。

 せめてもの状況把握に匂いに意識を向けると、薬とディル、それから誰かもう一人いることを嗅ぎ取る。しかしいつものように微かな残り香まで詳細に判別することが出来ず、嗅覚がかなり鈍っていることに気づいた。


(……むぅ……)


 他の感覚に頼らなければならないというのに、音が籠って聞こえ視界は狭まっている。

 感覚を遮断される不快感に、アルトは思わず唸った。


「大丈夫か?」


 くぐもったディルの声が耳に届くと同時に、アルトの身体がどこかへと下ろされる。

 与えられていた熱が離れて冷え、少し身震いした。


「はい……」


 返事をしつつ、アルトはもぞもぞと動いて頭の障害物を取り去った。

 その瞬間はっと息を飲む音がして、目を向けると医療班の班員が目に入る。思わず愛想笑いを浮かべつつ、そこで漸く医務室へ連れてこられたのだということを悟った。

 アルトと目が合った班員はというと、笑みを浮かべておよそ表情とは一致しない言葉を紡ぎ出した。


「凶器みたいですね」

「きょ、うき?」


 戸惑って首を傾げ視線を巡らせると、班員の反対側でディルが苦虫噛み潰したような顔をしていた。


「すぐに用意して来ますので、少しお待ちください」


 そう言って出ていく班員をぼんやりと見送って、アルトは再びディルの方を向いた。状況を確認するつもりだったのだが、何とはなしにじっと見つめてしまう。

 しかし視線が合ったのはほんの僅かな間で、すぐにディルの視線が泳ぎだし、仕舞いには顔を逸らしてぽつりと零した。


「…………その耳、引っ込まないか?」

「耳?」

「頭の……」


 ディルが自身の頭に触れるのを見て、アルトも同じように手をやった。するとふかふかとしたものを押し潰し、耳を塞いだような感覚がする。

 その意味に気付いた時、ざっと血が下がった。


「――!」


 衝撃でアルトの身体が硬直する。

 次いで一気に酷い倦怠感が襲い、ぱたりと腕を垂らした。


「大丈夫か!?」


 焦ったように覗き込んでくるディルから逃れるように、アルトは自身を包んでいた掛物をそっと引き上げ、潜り込む。


「…………みないで、ください……。ちゃんと、戻るから……」


 ずっと人前に晒してはならないと言われてきた、混ざりものの姿だ。

 生物の複合体である、魔物と同じである。

 普通の人間からすれば、怖いだろうし、気持ち悪いだろう。ディルも明らかに拒絶はしないが、流石に不快に感じているかと思うと、アルトの心が萎む。

 目を閉じて姿を戻そうとしても、朦朧としすぎて全く集中できず、本格的に不調なのだと自覚した。

 今更ながらに自身の頭に被せられていたものが、このためだったのだと理解する。


「………忘れて……ください……」


 記憶から消せと願うと溜息が落ち、ディルの手が毛布越しにアルトの頭に触れた。

 触れられたことに驚いて、思わず逃げるように身を竦めてしまう。


「…………大丈夫だ。どんな姿でも、アルトに変わりはないから安心しろ」


 ディルの言葉と共に、ぽすりと頭に手が載った。

 獣族が最も嫌う姿にすら手を差し伸べられ、アルトの視界が滲む。

 異常に弱っていて、感情を上手く制御できない。


「…………また、甘やかす………」

「今日はそれは休みにしろ。お前熱あるんだ。そんなこと言ってられる日じゃないぞ」

「う……」


 そう言われて宥めるように撫でられると、胸にじんわりとした温かさが広がって瞬きと共に涙が転がり落ちた。

 アルトがこうしてディルに頭を撫でてもらうのは久しぶりだ。

 熱を出して既に迷惑を掛けているだろうに、甘えてもいい日という言葉で、これ以上彼に頼らずにいようとする気持ちがぐらつく。


 撫でる手を拒めずに逡巡していると、医務室の扉が開く音がアルトの耳に届く。

 また誰かが医務室に来たようだ。

 これ以上中途半端な姿を晒す危険を避けるため、アルトは耳をぴんと立たせて重たい身体を起こす。やはり鼻は利かなかったが、足音で誰が来たのかが分かり、ほっとして力を抜いた。

 二人の内一人が先程の班員と短く言葉を交わし、真っ直ぐアルトのいる方に向かってくる。そしてカーテンが引かれたそこには、思った通りカイルが立っていた。


「今は僕の方がいいでしょ」

「うぅ、カイルさんー……」


 同族の声にアルトの気が緩む。

 現状に気を利かせて診察を交代したらしいと分かり、申し訳なくなる。


「はいはい。さっさと診るから、泣くなら部屋に戻ってからにして」

「すみません……」


 そう言ってカイルの手がアルトの目元を拭った。そして頬の近くに顔を寄せて鼻を鳴らす。


「匂い的には風邪なんだよね。どこか痛みとか……咳とか出てない?」

「……昨日から、ちょっと飲み込み難い、です……あとは……とにかくしんどい……」

「成程ね。ああ、喉の風邪なら後でディル様に伝染(うつ)せば? 多分喜んで貰おうとしてくれるよ」


 脇に立っていたディルが噴いた。

 アルトはぐらぐらとしながらも、酷い提案をしたカイルに渋い顔をして答える。


「だめ、です……。そんなこと言うなら、カイルさんに、あげます……」

「僕は欲しくなるつもりはないなぁ」


 そう言いながら目や口腔内、喉の腫脹などを診ていくので、アルトも診察が円滑に進むようにと怠い腕を持ち上げて服の釦に手を掛けた。

 その瞬間カイルの手がアルトの頬を抓る。


「動かないでくれる?」

「……ひゃい」


 カイルは頬を開放しつつ、大きく溜息をついた。


「馬鹿の癖によく風邪なんて引けたよね。その耳が戻るまで部屋から出ちゃだめだよ。ディル様も、絶っ対人に会わせないで下さいね。戻っても、頭が緩いうちは駄目です」


 何がそれほど彼を怒らせたのか、暴言とともに厳命を受け、アルトは大人しく頷いた。そして世話を命じられたディルを申し訳なく思い見上げてみれば、彼はいつの間にかアルトに背を向けて項垂れていた。







 その後カイルと共に来ていたノーティスから薬を受け取り、アルトは再び自室へと戻った。

 医務室を出る頃には幾分かしっかりしてきたので歩いて帰ろうとしたのだが、靴がないことに気づき、結局またディルに抱えてもらうこととなった。

 裸足でもと言いかけた言葉は、ノーティスの無言の威圧により続かなかった。


 ディルが食堂から貰ってきてくれた食事を軽く摂り、薬を飲んで寝台へ潜る。

 水を絞った布を額に載せられ、一瞬の冷たさの後に心地よさを感じてアルトは目を細めた。


「あの、朝からほんとにすみませんでした……。ちゃんと寝てるので、ディル様も後の時間は自分のために使って下さいね」

「中々難しいことを勧めるな……」

「それくらいの距離感の方が、僕のためになると思って下さい」

「…………それは休めと言っただろう……」


 ディルが苦々しい顔で答えるのを見て、アルトは自分が体調を崩したせいで彼の過保護が再燃したようだと反省した。

 寝台の近くに膝をついたディルの顔は近い。手を伸ばして彼の髪に触れた。


「大丈夫ですって」


 さらりとした黒髪は、アルトとは真逆の色だ。

 性別も種族も同じところは何もない。でも、アルトにとっては彼が誰よりも近くに感じる。


「お前の大丈夫が大丈夫だったことは、一度もない」


 もどかしそうな表情を浮かべたディルの指摘に、アルトは違いないと力なく笑った。

 心配しないで欲しいと拒絶して、何度も閉じこもろうとするアルトに、彼はいつも真摯に向き合ってくれていた。


(……どうして、そんなに……)


 いつもいつも、手を差し伸べようとするのか。

 初めて会った時からそうだ。

 守りたいものを沢山持っている癖に、そのどれもを大事にして、何一つ蔑ろにしない。

 彼が慕われるのがよく分かる。

 ただ、大事なもの全てを守るのは難しい。出来るなら、彼が守りたいものをアルトも守れるといい。


(そうだ……それがいいな……)


 自立したら一緒にいたいと思っていた。

 それで何をするか、考えていなかった。ただ傍に居たいだけでは今までと同じだ。


(……やっぱり今回の休みは魔物の勉強に充てよう……)


 しんどくても目標だけは明確に決めることができ、アルトは満足してディルに微笑みかけた。


「頑張りますね……ディル様」

「……夜に少しだけ様子を見に来る」


 ディルはどこか辛そうに目を伏せた。

 彼なりの譲歩がやはり嬉しくて、アルトは拒否することなく頷いて目を閉じた。








 魔物が砦の壁を叩き崩す。

 応戦する隊員達は薙ぎ倒され、踏みつけられ、傷ついていく。

 アルトは必至で足を動かすが、まるで泥沼の中にいるようで、一向に前に進まない。

 目の前で大切な仲間達が散っていく。

 無我夢中で手を伸ばすが届かなくて、鉛のような足は引き摺るのがやっとだった。


(動け! 早く、もっと早く――――!)


 そう願った瞬間、アルトはがばりと飛び起きた。

 そうして、また同じ夢を見ていたことを理解した。

 熱のせいばかりでなく嫌な汗をかいていて、寝衣が張り付く。


 二度目ともなると、アルトは焦りを覚えた。

 目を閉じれば夢の中での光景が脳裏で繰り返され、昼間穏やかに決意できたことが、遅すぎるように感じた。

 魔物の動向を鑑みると、悠長にしている場合ではなかったのに、何故もっと早くに始めようと思えなかったのか。

 自問自答しながら荒ぶる鼓動を鎮めようとしていると、不意に何かに触れられ飛び上った。

 振り返ってみると、薄暗い中でもはっきりとディルが気遣わしげな表情で立っているのが見えた。


「…………ディルさま……?」

「大丈夫か?」

「はい……」


 そっと宥めるように、ディルがアルトの頭を撫でた。

 目を閉じてその感触を受け入れ、気持ちを落ち着かせる。

 先程まで感じていた恐怖と焦燥が嘘のように和らぎ、強張った身体から力が抜けた。


「灯りをつけてもいいか?」

「お願いします」


 アルトが頼むと、ディルが部屋の照明に明かりを灯した。

 ぼんやりとした光に、なぜかほっとした。


「今の――」

「そうだ――って、ごめんなさい……何ですか?」


 言葉を遮ってしまったことに気付き、問い返す。


「……いや。どうした?」

「えっと、薬飲まなきゃって、思って……」


 ずっと眠っていて、夜の分を忘れていたのだ。

 アルトがそう答えると、ディルはああ、と頷いた。


「分かった。用意してやるからそのまま待ってろ」


 そう答えると彼は一旦部屋を出て、暫くして盆に器や水差しなどを載せて戻ってきた。

 薬と共に水を注いだ器を手渡され、口をつけると程よい冷たさが気持ちよく、すぐに飲み切ってしまった。

 息をついて顔を上げると、ナイフを小さく動かしながら何かを切っているディルの姿が目に入る。

 アルトがぼんやりと眺めていると、漸く手を止めた彼は果物を一切れ寄越した。


「食べられそうか?」


 首を傾げて訊ねたディルに頷いて、アルトは差し出されたそれに直接齧りついた。

 甘酸っぱくてさっぱりとした後味だ。水気が多いので食べやすい。


「…………おいしい……」

「それはよかった」


 ぽつりと零した言葉に、ディルがふっと笑う気配がした。

 それだけなのに、何故だか涙が出そうになって、アルトは奥歯を噛み締めた。


「アルト――」

「ありがとうございました、ディル様。後は自分でできます……。……また、明日」


 ディルが何か言いかけたが、昼間のように泣きだしてしまう前に礼を言った。

 アルトの返事に、彼は少し迷いつつも頷いて踵を返す。


 それでいい。


 なのに、遠ざかる背を見ると急に心細い気持ちが押し寄せて、アルトの目に堪えたはずの涙が滲んだ。


(……僕……最低だ……)


 自分で遠ざけておきながら、いざそうなると引き留めたくなっている。

 矛盾していると分かっているのに、先ほどの言葉を覆したくてたまらない。


 ディルが扉の取っ手を引いたとき、アルトは我慢できなくなって寝台から飛び出していた。


「ディルさま……っ」

「!?」


 後ろから飛び付くと、ディルが驚いたように体を強張らせた。

 僅かに身動きした彼を逃がさないよう、アルトはさらにぎゅっとしがみつく。


「――っ、ちょ……っとお前、これは……っ!」


 動揺したような声を上げるディルに構わず、目を閉じて抱き着いた身体の温もりを感じた。


 寒いままなら耐えられた。

 でも暖かさを知ると今まで平気だった寒さが酷く辛い。


 何よりも求める熱が間違いなくここにあり、それを失いたくないと思う気持ちをどうしても止められない。


 熱で自制の利かない今日だけだ。

 調子が戻ればもう寄りかかったりしないから。


 アルトはそう自分に言い訳し、甘えをひとつ口にした。


「…………ごめんなさい……いかないで…………」

「――っ」






お読みいただきありがとうございます!

外野からの追い討ちが酷いですが、もう少し頑張って貰います。(_ _;)


見づらくて章管理してみましたが、変更しまくっていてすみません。



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