44.団長と魔物
自立を決めてからも、アルトのすることは特に変わらない。
毎日訓練に参加し、時々魔物の森へ薬の原料を採りに行く。魔物の出現が増えているとの事だったが、アルトに出来る事は何もない。
しかし本当に何もないのか、現状を受け入れていてよいのだろうかと疑問を持ち始めていた。
その疑問に答えが出たのは、ヴィランとの訓練の日だった。
ディルは夜勤の最終日を迎え、自室で休んでいる。訓練の終わりごろには恐らくディルに会えるだろうと期待し、アルトは訓練にやる気を漲らせていた。
いつもの如く重いヴィランの攻撃を避けた時、不意に嗅ぎ慣れない獣の匂いが流れてくるのに気づいた。攻撃の手を止め、魔物の森の方向を警戒して唸り声をあげると、察したヴィランがすぐさま訓練用の武器を捨ててアルトの隣に並ぶ。
目を凝らしてじっとしていると、徐々に黒い影が見える姿が見え始めた。
近づくにつれ、それが一頭の巨大な熊のような魔物だと分かると同時に、砦からざわめきと高い笛の音が聞こえる。見張りが気づいたのだろう。
その間にも、魔物は唯一身近にいる人間――ヴィランに向かって猛然と駆けてきた。
『団長っ』
アルトが姿勢を低くして構えつつ声を掛けると、ヴィランはにやりと笑みを浮かべて剣の柄に手を掛けた。
彼は強い相手に出会うと面白さを感じる系統の人種だ。そのヴィランが笑うということは、つまり相手が強いということになる。
向かってくる魔物は、遠くてもその形が分かるくらいには大きく、恐らく力もある。アルト単体ではとてもではないが及ばない相手だ。
怯むなと自分に言い聞かせていると、ヴィランの声が掛かった。
「アルト、援護しろ」
逃げろとは、言われなかった。
与えらえた役割に、アルトはぐっと奥歯を噛み締めて気合を入れる。剣を抜いたヴィランの動きに従い、前を見据えて駆け出した。
四つ足で駆ける魔物の周囲を巡って姿を確認し、敵の特徴について情報を集める。
近づいた魔物は後ろ足で立つと人型のアルトの倍ほどの大きさになるが、走りながら跳躍すれば魔物の頭まで届くだろう。
アルトはそのまま駆ける魔物に並走し、ヴィランと魔物の動きを注意深く観察した。
(――まだだ)
まだヴィランの間合いから遠すぎる。
獣族が魔物と戦う時、両者の関係から確実に獣族側の不意打ちが通る。
それがいつであれば効果的か、ヴィランの攻撃の助けになる時機を見計らわなければならない。
いよいよ魔物がヴィランへと近づき、後ろ足で立ち上がって鋭い爪を振り上げた。
構えの姿勢をとるヴィランを視界の端に収めながら、その爪が彼に届く前に、アルトは高く跳躍して魔物の首元に組み付いた。
思わぬところからの攻撃に、魔物は手を止めてアルトを振り払おうと身体を反らせる。
その状況に満足げに笑ったヴィランが剣を振るい―――魔物の足を切り飛ばした。
(――!? ば、馬鹿力……)
転がって霧散していく足に、アルトは自身の目を疑わずにはいられなかった。
一抱えくらいはありそうな魔物の足を、一振りで。
つくづく人間技ではないと思うと同時に、訓練では相当手加減されている事を悟る。
一拍遅れて足の切断面から血が噴き出し、魔物が痛みで絶叫した。
アルトがもがき出す魔物の身体を蹴って離れると、姿勢を崩した魔物は地面へと倒れ伏す。危なげなく着地すれば、倒れた魔物にとどめを刺すヴィランの姿が目に入った。
血を流しながら徐々に灰に代わる姿に力を抜き、アルトはヴィランに近寄った。
『……僕、要りました?』
あまりにも呆気なく終わった討伐に、アルトが自信なく聞くと彼は厳しい顔で答えた。
「当たり前だ。毛皮の固い魔物なんて今まで何度も相手にしてきた。簡単に刃が通らなかったら、持久力のあるお前に跳び回ってもらうことになる」
『なるほど、すみません』
そう言った想定ができるのは、経験の差だろう。
(今の僕に足りないもの……)
魔物は生態の不明な生物で、群れでいない限りは同じような特徴の魔物に当たることはほぼない。
いつも何処かが異なっている。そんな魔物を相手にするには可能性を考慮することが必要だ。
(そっか、何で今までやってなかったんだろ)
訓練ばかりして強くなることに拘って、魔物についての知識を深めることをしていなかった。
誰にも勧められずとも、自分で始めなければならないことである。
幸いアルトは明日から休み期間であり、せめてその間に魔物の報告書を読んで学習しようと考えた。実践の機会があれば、もっと理解が深まるかもしれないのだが――と考えに沈んでいると、第三者の声が割り込んでアルトの思考を中断させた。
「団長! ありがとうございます!」
「おう、たまたまな。血が流れたから、また湧き出さないか警戒を強めるよう伝達しておけ」
現れたのは見張りの合図を受け、砦から出向いてきた隊員だった。
礼をとる隊員に対し、ヴィランは軽く答えて指示を出す。アルトはその傍らに侍り、指示を待つように地に伏せた。
「了解です。アルトもご苦労様。ディル様驚くから、ちゃんと血落としとけよ」
最後に僅かに気を緩め、隊員はわしわしとアルトの頭を撫でた。
アルトはそれに尻尾を振って応え、砦へと戻っていく背中を見送った。
「さて、一旦訓練は中断だな。着替えて――っても、お前そのままじゃなぁ……」
『団長程じゃないですけど』
魔物の足を切断した際にもろに返り血を浴びた彼と違い、アルトは手足と胸元に多少ついているくらいだ。
しかしこのまま人の姿になって服を着れば汚れるのは目に見えている。そうと分かっていて白い隊服を着るのは、中々に抵抗があった。
「そのまま水浴びでもしてくるか?」
『ほんとですね』
ヴィランの言葉に、アルトは名案だと頷いた。
季節的に珍しく暑いくらいの日だったので、水気を振って日に当たっていれば乾くだろう。
二人のこの短絡的な思考が後々問題になるとは思わず、アルトはヴィランと別れて砦の近くを流れる川に入った。流石に水は冷たかったが構わず身を沈め、毛皮についた血が滲んで川の流れに溶けていくをぼんやりと眺める。
戻ってきたヴィランに声を掛けられるまで、アルトはそのまま考えに耽っていた。
お久しぶりです。
お読みいただき有難うございます。
先が読めそうな感じですよね……




