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特殊砦で頑張りたい  作者: やなぎ いつみ
変わる想いと変わらぬ願い
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閑話5.それぞれの解決策

すみません……とにかく絡ませたかっただけの話です。

突っ込みどころは流してやって下さい。

 ディルが夜勤となり、アルトは第二隊と訓練を共にする日々となっていた。

 その日のアルトの演習相手はガルドだった。

 身体が大きく武器も大剣や斧を扱うガルドは、動きは遅いが一撃が重すぎてアルトにとっていなすのがかなり難しい相手だ。ヴィランも重量のある攻撃をするが、彼との訓練は狼姿でしか行わない。人間姿での対策を考えたくて、ガルドにはアルトの方から願い出た。

 訓練を終え、アルトは彼の元へと駆け寄る。


「ありがとうございました、ガルドさん! 」

「おうよ。うちの可愛い見習いの為なら、演習相手くらいどうってことねぇ」


 そう言ってアルトを抱き上げるガルドは、彼女にとってすっかり気のいいおじさんだった。

 彼に関わるとアルトはいつも子供のような扱いを受ける。忠犬扱いもどうかと思うが、これはこれで少し恥ずかしいと思っていた。

 周囲は微笑ましく見ているだけで、誰も止めてくれない。


「よっしゃ、飯にするか!」

「はい! って、自分で歩けます!」


 そのまま歩き出すガルドに抗議し、アルトは何とかその腕から下りることに成功した。


 ガルドと並んで食堂へと向かって歩きつつ、アルトは自身の保護者に思いを馳せる。

 今の夜は日の入りが早くて暗い時間が長い。それでなくとも心配なのに、最近森から出てくる魔物が増えていた。


「今日もディル様が無事にお仕事終わりますように」


 アルトが心の中で祈りを捧げた瞬間、すぐ横のガルドが噴き出した。


「お前は、本っ当にディル様好きだよなぁ……」


 ガルドがしみじみと言う様子に、アルトはそれを口に出していたことに気がついた。少しばかり恥ずかしいが、言葉にする方が力があるかもしれないと思い直す。


「大事な人なので」

「……これでディル様もよく我慢できるもんだ」

「僕も我慢してますよ?」

「いや、お前は全くだろ」


 ディルに同情するような発言がガルドから漏れ、それを拾ったアルトは自分の事も主張した。

 自立すると決めてから、彼を特別視するような発言をずいぶん我慢しているのだ。

 しかしガルドからはばっさりと否定を受け、アルトは具体例を持ち出して、自分の努力を訴えた。


「そんなことないですよ。本当はディル様に会ったら飛びついて、匂いを嗅いで元気を貰いたいんです。話をして僕に笑いかけてくれる度、嬉しくて幸せですって言いたいんです。でもこれも我慢してます」


 他にも、と語られる内容にガルドは軽く引き、辛うじて一言だけ返した。


「…………お前、重症化してねぇか?」

「こう、我慢すると余計にあふれますよね……」

「何でそんな事やってんだ。直接言えよ」


 悩ましげに溜息をつくアルトに、ガルドが思わず突っ込んだ。


「だめなんですよ。僕が刷り込み的発言をすると、ディル様困っちゃうので……」

「それが刷り込みと思えるのはお前らだけだろうな……」


 アルトの言えない理由を聞いたガルドは、溜息をついて呟いた。

 何度も抱き上げていればアルトの性別などすぐに気づく。何となく忠犬が忠犬ではなくなりつつあるような気もしていた。

 そんな人生経験の豊かな先輩隊員の思いなど露知らず、アルトはもう一つの理由を暴露した。


「それに、言っちゃうとディル様からお仕置きされます」

「はぁ? なんだそりゃ。ってかそれディル様自滅するやつじゃ……」


 ディルは馬鹿なのかとガルドが頭の片隅で考えている傍で、アルトは自分の身を心配した。

 夜勤で会う機会が少なくさほどではないが、徐々に加算されている。また、罰の内容が分からないというのがアルトの緊張を誘い、彼女は真剣な顔でガルドに悩みを伝えた。


「まだ何もされてませんけど、これ以上貯めたら大変なことになると思います」

「そうだな。ディル様がな」

「ガルドさん並みに一撃が重かったらどうしよう」

「その時は逃げてくれ」


 それ以上ガルドに言えることはない。

 アルトは彼の勧めに頷いて、お願いを切り出そうと話を進めた。


「そうします。僕も対策を取ろうと思って、ディル様の代わりに他の人に言ってるんですけど、本人に言えって怒られました」

「そりゃそうだろうな」


 何故他人に対する思いを受け止めなければならないんだ。恐らく被害者はゼクスやイスナだろうとガルドは当たりをつけた。


「ガルドさんも聞くの嫌ですよね……」

「そうだな……、他でもないアルトのお願いを聞くのは構わねぇが、そんな事するよりいい方法を教えてやる」


 そう切り出されて教わった作戦に、アルトは成程と納得して喜んだ。

 そしてそれを活用する時は割とすぐに訪れた。








 翌日の昼休み、アルトは昼食を摂るためイスナと共に食堂へと向かっていた。

 その時ふと好きな匂いが鼻を掠め、彼女は思わずそちらの方へと視線を向ける。すると案の定、執務棟の二階を歩くディルの姿が目に入った。


「あ、ディル様」

「ふふ、相変わらずすぐ見つけますね」


 アルトが思わず声に出すと、隣を歩くイスナが苦笑した。


「勿論です!だって――」


 声を弾ませ返事をしたアルトは、もはや癖ように彼への思いを続けようとし――はっとした。

 今まさにガルドの案を実行する時では。


「あの、イスナさん。ちょっとディル様に言いたいことがあるので、先に済ませて貰っても良いですか?」

「待っていますよ?」


 驚いたように目を瞬かせつつ返すイスナに、アルトは首を振って遠慮した。


「いえ、もし話し込んじゃったら申し訳ないので。誘っていただいたのに、すみません」

「分かりました。お話しても、ちゃんと食事は摂るようにして下さいね」

「ありがとうございます!」


 アルトの勝手な申し出にすら、優しい気遣いをくれる。そんなイスナに元気一杯に礼を返し、彼女はディルのもとへと駆け出した。








「ディル様っ」


執務棟へ入り、アルトは匂いを追って見つけたディルに声をかけた。すると彼はすぐに気づいて振り返り、彼女を見て驚いたような顔をする。


「アルト? こんなところでどうした?」

「急にすみません。あの、お願いがあって」


 何の用かと首を傾げるディルに、大したことではないと前置きしてお願いを伝えた。


「暫く、耳を塞いでおいて貰えませんか?」

「……何をするつもりなんだ」


 怪しげな頼みごとを受け、ディルは眉間に皺を寄せて警戒した。

 こういう時のアルトはろくなことをしでかさないと、経験上分かっている。


「悪いことじゃないですから。ちょっとだけです」


 アルトが重ねて頼むと、ディルは訝しげにしつつも結局耳を塞いだ。

 その様子に少し笑ってから、アルトは数日で溜まっていたディルへの思いを話し始める。

 本人に話せることで自然と笑みが浮かび、最後にはぺこりと頭を下げてもうよいと示した。


「ありがとうございました」


 晴れやかに笑って礼を言うアルトに、ディルは頭痛を堪えるように額に手を当てた。

 勘のいいディルは彼女が何を言ったか、どういう意図でこんな行動を取ったかを察してしまったのだ。


「お前のしたことが何となく分かった……」

「きっ、聞こえてないから大丈夫ですよね!?」


 深々と溜息をつくディルに、アルトはお仕置きの危機かと狼狽える。

 彼が聞いていない所で言って問題ないのであれば、彼が聞かなければ良いという曲解で発案された方法だ。これが出来なければまた誰かに言うことになるのだが、と思うアルトは、そもそもそういう発言をするべきではないという前提をすっかり忘れていた。

 そんな彼女の確認に、ディルは脱力しながら返す。


「…………聞いてはいない」

「よかったぁ。そのままだといつか爆発するから時々こうするといいって」

「なるほど。良い事を教えて貰ったみたいだな」


 ディルは自身の声が平坦になるのを自覚しつつ、答えた。

 アルトの行動は本人にとっては良いかもしれないが、ディルにとっては全く良くなかった。


 彼女の刷り込みからくる発言に関しては、半分諦めている。

 それでも時々どうしても苛立ったり辛くなったりするし、もうこのまま懐かせておこうかと思うこともある。

 ただ、総じて言えるのは一瞬嬉しいということだ。好きな相手が目の前で自分への思いを語るのだから当然と言える。


 なのにそれを聞かせないという非道な入れ知恵をした者に、ディルは心の中で恨みを漏らした。

 大体、聞こえないと余計なことまで考える。

 そんなディルの内心に気付かず、アルトは上手くいったと喜んだ。


「はい。他の方も困らせないし、いい考えですよね」

「そうだな。俺も取り入れよう」


 ディルがそう言った瞬間、アルトは浮遊感を覚え、気づけば彼に抱き上げられていた。


「……え!?」


 驚く彼女を余所に、ディルはそのままどこかへ向かって歩き出した。

 揺れる身体を安定させようと、アルトは咄嗟に彼の肩に手をつく。見下ろした顔は落ち着いていたが、どこか機嫌が悪いように感じられた。

 その間にもディルは無言を貫き、近くの部屋に足を踏み入れた。


「あの、ディル様?」


 空き部屋に入る意図が分からず名を呼ぶと、ディルは淡々と答えを返した。


「勧め通り、時々お前に触れる日を作る」


 アルトは暫しぽかんとして目を瞬かせたが、理解が及ぶと喜びに頬を緩ませた。

 頭を撫でられなくなり少し寂しかったので、ディルの方針転換には賛成だったのだ。


「分かりました! お願いします」

「……言っておくが、今回はお仕置きを含むからな。ついでに噛むくらいはするかもしれない」

「!!」


 上げた瞬間落とされた。

 しかもこの年になってそんな方法を取られるとは。幼い頃は躾のためライカによく咬まれたが、割と痛かった記憶がある。

 痛みを伴うお仕置きになると想定していなかったアルトは、焦ってディルの肩についていた手に力を込め、自身の身体を引き抜いた。


 勝手だとは思うが、方法の変更を交渉したい。


 掴んだ肩を押すようにして身を振り上げ、ディルの頭上を越えた――が、着地した瞬間後ろから捕まった。

 ディルは片腕だけでアルトの腰を易々と固定してしまい、彼女が自由な手で腕を引っ張ってみてもびくともしない。これが体格と力の差かと理不尽な思いを抱く。


「あのディル様っ、別の方法にしませんか!?」

「希望を取り入れたらお仕置きにならないと言ったはずだが」

「そ、そうですけど……」


 やむを得ずその姿勢のまま掛け合ったが、ディルには即座に却下される。

 代替案として提供できるものを考えていると、不意にディルの手がアルトの首筋に触れた。


「お前、首筋弱いよな」

「ひぅっ」


 指が滑る感触に、意図せず身体が震えて声が出た。

 首を竦めて身を固くすると、ディルの手が顎を掴み、アルトの顔を傾ける。

 剥き出しにされたそこに、警戒からか神経が集中した。

 そして確信に近い嫌な予感を覚える。


「ちょっ、まさか」

「まさか?」


 内心だらだらと汗を流して呟くと、ディルが軽く笑って聞き返した。

 その様子に、アルトは自身の予想が当たっていることを察する。


「まっ、待って下さい! そこは齧っちゃだめです!!」


 必死でディルを止めた。

 以前と違い殺意はないと分かってはいるが、とにかくそこは落ち着かない。


「お仕置き程度で死なないから安心しろ」

「そうじゃなくてっ――」


 せめて別の場所に変えて欲しい。

 そう言いたかったのだが、ディルに顔を寄せられ言葉が続かなくなった。

 彼の髪が頬にかかる。

 ざわりと妙な感覚が背筋を上り、ぎゅっと目を閉じ、上がりそうになる声を必死で抑えた。


 ディルは本気だ。

 今回は確実に噛まれる。

 痛いだろう。

 それに何故かおかしくなりそうだった。


 首筋に息が掛かりディルの熱が触れた瞬間、アルトの頭が真っ白になった。


「――――や、痛くしないで……っ!」

「―――っ」


 何とか声を絞り出して懇願すると、ディルの身体がぴくりと揺れた。


(噛まれるっ)


 握った手に力を籠め、アルトは襲い来るであろう痛みに身構えた。


 しかし。

 ――――いつまで経っても、何も起こらない。


 アルトは徐々に力を抜いて、恐る恐るディルを窺った。


「…………えと……ディル様……?」


 するとディルの頭ががくりとアルトの肩に落ち、深く息を吐きだした。


「…………今の、言い方だけは……二度とするな……」

「はい……?」


 よく分からないが、身の危険を脱したことだけは分かった。

 解放されたアルトは疑問形で返事をしつつ、ディルを振り返る。

 すると彼は俯いて落ち込んでいるようで、過剰に怯えすぎたかもしれないと反省する。


「……ごめんなさい、あの……」

「…………今ちょっとこっちを見ないでくれ。啼くところがよぎる……」

「えっと、泣きそうでしたけど、泣いてないですよ」


 大丈夫だと示したのだがディルは益々項垂れてしまい、アルトはおろおろと言葉を探した。


「……頼む。もう何もしないから戻ってくれ……。俺も大人しく自室に戻る……」


 悄然としつつ立ち去るディルを見送ってから、アルトは結局お仕置きが完遂されなかったことに気づいた。

 またお仕置きが保留になり、思わず溜息をつく。

 仮に先程の方法が一回分だとすると、一度に纏められるとかなり怖い。


「……大丈夫かな」


 今回の事でディルが二度とお仕置きをしないとを決めているとは思わず、アルトは今後の心配をしていた。







最後までお付き合いいただき有難うございます。<(_ _)>

ほんとすみません……


我慢すると暴走しちゃう二人。

よからぬことを考えたディルは見事に自滅です。


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