閑話4.彼にとっての仕方ない事
あんまりない人の視点で書いてみたかったのですみません。
お時間のある時にどうぞ。
リッツがそのことに気付いたのは、アルトと喧嘩をしてから割とすぐだった。
初めの違和感は、アルトがヴィランとの訓練で悩んでいた時だ。
助言を投げたリッツを逃がすまいと、腕を掴んできたその手の小ささに気付いた。しかしそんな事よりも無駄に整った顔が近づくので妙に戸惑い、慌てて振り払ったのだ。また絡んでいると誤解されると困るし。
しかし後に、この時の違和感をもう一度思い出すことになる。
そして自身の迂闊な行動で、出来れば知りたくなかったことを知ってしまうとはこの時は思わなかった。
久方ぶりの休みの日に、リッツが談話室で過ごしていると、アルトが軽く跳ねながら横切った。
その浮かれ振りが気になり、リッツは思わず声を掛けていた。
「アルト、何か良いことでもあったのか?」
「あ、リッツ。聞いてくださいよ、明日ディル様と街へ行くんです!」
嬉しそうに返事する様子に、リッツはその喜びが『街へ行く』に掛かっているのか、『ディルと行く』に掛かっているのか、どちらだろうと思った。
(アルトのことだから、後者だろうな)
本人は今一つ分かっていないが、つくづく忠犬だと心の中で呟いておく。
「良かったな。俺もまた行くつもりだ」
「そうなんですね。どんなところですか?」
楽しみで仕方ないといった様子のアルトに、しょうがない奴だなと頬が緩むのを感じた。
どうやらリッツ自身もこの無邪気さに多少毒されてきているらしい。オヤジ隊員達と同類になりたくはないが、構ってやりたくなるのは分からなくもない。
「魔物の森に近いにしては、かなり治安の良い町だぞ。華やかだし、賑やかだ」
以前魔物の襲撃で被害を受けて復興したことは省いた。
アルトは村が魔物に襲われたことでここへ来ている。そのため時々落ち込むらしいが、もし似た話題で萎れられるとリッツにはどう持ち上げていいか分からない。
砦に詰める隊員は同じような境遇の者は少なくないので、初めは特別扱いが気に入らなかったが、それはもう過去のことだ。
リッツが気にしてよい面だけを説明したにも関わらず、アルトは何故か不安そうな顔をした。
「あの……僕、あんまり服持ってなくて。こんな感じのだと恥ずかしいですか?」
そう言って自分の格好を見下ろすアルトに、リッツはそんな事かと力を抜いた。
飾り気のないシャツとベストにズボンという格好は、それだけだと確かに地味だ。しかし獣族ゆえの整った容姿が、見事にそれを打ち消している。
「お前のその無駄に良い顔があれば、何を着てても問題にならないな」
「何で僕への助言を投げちゃうんですかね、リッツは」
「なら、身だしなみを整えるくらいはしておけ。騎士として品位を損なわないようにな」
「リッツって本当に騎士であることを誇りにしてますよね」
何がそんなに嬉しいのか、アルトはどこか満足そうに言った。
「当たり前だ。むさ苦しいのは止めろよ――って言っても、お前髭とか生えないよな」
リッツはアルトの顎に手を当てて持ち上げた。剃っているというか、そもそもあるように見えない。
ルイツやカイル、調理班のヒースもそうだが、野性味のある顔ではなく、綺麗系の獣族は髭など生えないのかと思ってしまう。
「生えてますよ? 無いと困りますし」
「お前狼姿の話をしてるだろ。そうじゃなくて今の――」
アルトのズレた返事に突っ込んで、顎に当てていた手を頬に滑らせた瞬間、リッツは言葉を止めた。
柔らかい。
ふにふにとしていて、きめ細かな肌は滑らかでリッツ自身や友人たちとはかけ離れている。
何より。
(小っさ)
もう片方の手も頬に沿えると、アルトの顔の殆どがリッツの手に収まってしまった。
「リッツ?」
くりくりとした金色の瞳がリッツを見上げた。
白くて清廉な見た目とは異なり、顔立ちは綺麗と言うよりは可愛い。
これで髪が長かったら誤解しそうだ。
(――――ん?)
「リッツ、そろそろ手を下ろしませんか?」
困ったような顔で訴え、リッツの手に重ねられたアルトのそれは、やはり小さい。
成長に差があると言っても骨格が違いすぎて、もはや別の――――。
(――――!?)
浮かんだ恐ろしい考えに、思わず手を離す。
触れていた手が妙に熱い。
アルトはその突然の行動に驚いたように一瞬身を竦めた。
そして衝撃から立ち直ると、すぐにリッツに抗議する。
「何ですか、びっくりするじゃないですかっ」
「わ、悪い……」
アルトの顔が見られなくなって、リッツは咄嗟に俯いた。
何となく今見ない方がいい気がする。
そんなリッツの態度を別の方に解釈したのか、落ち着いたらしいアルトの口からくすりと小さい笑いが漏れた。
「そんなに怒ってないですよ。顔上げてください」
その促しに、リッツはうっかりその言葉通りに従ってしまった。
明るい声の通り、アルトは微笑んでいた。
(待て、これは)
リッツは自分を何とか落ち着かせようとした。
アルトは猿と呼ばれるくらいの動きで能力も高く、それらしさは全くない。
何よりディルの忠犬であり、とにかくそんな筈がない。
「……アルト、お前まさかとは思うが、おん――」
「やーリッツ、ちょっと先輩と話そうか」
否定してくれと思って言いかけた言葉は、突然割り込んだアルディによって遮られた。
「アルト、明日ディル様と街へ行くんだって? 道中気をつけてな。悪いけどちょっとこれ借りてくわ」
「あ、はい……」
アルディに引き摺られ、リッツはアルトに見送られた。
あれからしばらく経つが、アルトは今日も忠犬をしている。
目が合ったアルトがこちらに向かって手を振ってきて、リッツはディルに纏わりつく見習いを何気なく目で追っていたことに気がついた。
黒い隊服の中に、一人だけ白い者がいるのだ。
色が違うのだから、目につくのは仕方ない。
最後までお読みいただき有難うございます!(*- -)(*_ _)ペコリ




