41.自立への道
アルトは隊服の件で報告があることを思い出し、カイルに必ず自室で休むと約束して医務室を出た。彼に捕まる前と同じく、執務棟の階段を上って副長室を目指す。
「すみません……ルイツ副長。お邪魔します」
「ああ、アルト君。体調不良だそうですが、大丈夫ですか?」
扉を叩いて開くと、ルイツは気配で気づいていたらしく、さして驚きもせずアルトを迎えてくれた。
気遣ってもらったことに礼を述べつつ、アルトは肝心なことを伝える。
「はい、そちらはカイルさんのお陰で……それよりも、謝らないといけないことが」
「それよりも?」
「そ、それとっ。これを……」
微笑んで聞き返され、アルトは以前とそして今日も言われたことを思い出し、焦って修正した。
そして無残な姿になった隊服を差し出すと、ルイツが驚いたように目を見開く。
「これはまた盛大に。アルト君にしては珍しいことですね」
「ディル様に性別がばれて、その時うっかり狼姿になっちゃったんです。僕が迂闊だったもので、すみません」
アルトが簡単な事情を話すと、ルイツは顎に手を当て暫く考えるそぶりを見せた。
前回と違って破損が激しい上、完全な過失で起こしたことだ。
いかな処分が下るかと緊張していると、ルイツは首を傾げて訊ねてきた。
「その時ディルに言われたことは分かりましたか?」
「えっと、初めは嫌われたんだと思ったんですけど、自立させたいんだってことが分かりました」
「なるほど。ちゃんと伝わる方法をとるように、本人に指導しておきますね」
「? はい?」
その後、ルイツは獣族の隊員にばれていたと報告した時と同様、砦に居続けるかを聞いた。アルトが変わらずいたいと返事をすると、頷いたルイツは再び体調を気遣い、カイルに言われた通りに少し休むようにと指示を出した。
(本当に、気にしてもらってばかりだ……)
自分がとても甘やかされていることを感じて、アルトは改めて自立の意味を考える。
ルイツに礼を言って自室へ戻ると、少しだけ休んでから、この後ディルにどのように伝えるかを思案していた。
引き継ぎの終わり頃、アルトはディルを探して執務棟へと向かった。
途中でゼクスに会い、ディルはルイツに呼ばれたのでもう少し掛かるとの情報を得る。
暫くして、ディルの匂いが近づいてくるのを感じた。
いざとなると落ち着かなくなり、アルトは少し遠くから声を掛ける。
「あの、ディル様、すみませんがお話があります」
「アルトか。……昨日の事、だな?」
ディルが返事を返してくれたことにほっとしつつ、アルトは頷いた。
するとディルは溜息をつき、話の前に先に食堂へ行こうと言って歩き出す。
そうして二人とも無言のまま、アルトは朝昼抜いて漸く摂った食事を終えた。
宿舎の階段を上りながら、ふとあることを思い出してディルに相談を持ち掛ける。
「そういえば、どこで話しましょう?」
「アルトが決めたらいい」
そう言われ、アルトは考えた。
出来れば人に聞かれなくて、落ち着いて話ができる場所がいい。
「ディル様の部屋って椅子2つくらいありそうですよね」
昨日は見る余裕などなかったためそう尋ねたのだが、ディルは頭痛を堪えるように額に手を当てた。
「分かってないって分かってたけど、お前、昨日の今日で来るつもりか?」
「だめなら僕の部屋ですけど椅子が1つしかないんです」
「そう言う問題じゃ……もういいか……」
ディルが溜息をついて何かを諦めた。
促され、アルトは昨日ぶりにディルの部屋へと足を踏み入れた。
互いに向かい合って座り、アルトはやや緊張しながら切り出した。
「あの……本当にすみません」
「それは、何に対して謝ってるんだ?」
「ディル様の気も知らないでいらないこと言っちゃったことと、酷いこと言わせちゃったことと、まだディル様に頼らせてもらわなきゃいけないことです……」
「盛り沢山だな」
アルトの謝罪に、ディルがふっと笑った。
それだけで泣きそうになり、思考が纏まらなくなりそうなのを、意識して呼吸を繰り返すことで抑えた。
泣いている場合ではない。
「昨日……最初ディル様に嫌われたと思って、凄く怖かったです。ぐらぐらしてて、咄嗟にディル様に頼りたくなりました。すぐに頼れないんだって分かって、また辛くて、そこでディル様にしがみついてたんだって、やっと分かりました」
ディルは短く相槌を打ちながら、アルトが何とか気持ちを言葉にしようとするのを、口を挟むことなく静かに聞いていた。
「自立しなきゃって思って、焦りそうになって、カイルさんに止められました。ディル様がそうしたのは僕のためなんだ、だから自立しようと思うなら自分のためにしなさいって」
思えば全てを失くしたアルトが迷惑をかけても追い求められたのはディルだけで、それ以外は与えてもらうばかりだった。
優しさも温かさも、砦で過ごす穏やかな時間も。
自分らしくいられるように、強くなりたいと願ってここに来たのに、いつの間にかそれらを『失くすこと』を心のどこかで怖がって、自分でも気づかないうちに迷惑を掛けないよう、嫌われて捨てられたりしないように息を潜めていたのだ。
そんなアルトでも、ディルやルイツ、砦の隊員達は皆気にかけてくれる。
でもそれに頼っていては弱いままだ。
自分をうまく大事にできないアルトは、何をしたいかをきちんと自分で考えて、欲しいものを欲しいと言って、嫌なことは嫌だということから始めないといけない。
迷惑だと怯えていたら、自分がなくなる。それではいつまでも誰かにぶら下がったままだ。
「ディル様、すみません。さっきも言ったんですけど、やっぱりまだ僕はディル様がいないとだめそうです。でも、少しずつ自立します。だから、もう少し一緒にいてもいいですか?」
彼はきっと断らないだろうと、何となく分かる。
狡いと思いながらも願ったそれを最後の甘えにしようと心に決めて、アルトはディルを見上げた。
すると彼は申し訳なさそうな、でもどこかほっとしたような顔でアルトを見つめ、口を開いた。
「……俺は約束を反故にしようとした。それでも、お前が望んでくれるなら」
アルトは一瞬目を見開いて、次いで泣きそうになりながら笑った。
いいと言うまで傍にいると約束したことを、やはりディルは気にしていた。
アルトにはそれを利用してディルを無理やり拘束するつもりなど、更々ない。
ただ覚えていてくれただけで嬉しかった。
「ありがとう、ございます」
不安でも、振り返ってそこにディルが居てくれるのなら、少しずつでも手を離そう。
彼が許してくれる今だから出来る事。
(自立出来たら、もう一回一緒にいたいって言おう……)
今言っても恐らく頼っているからだとしか思われないだろうし、ディルの負担だと分かった。
もしかするとこれすら刷り込みのようなものかもしれないが、分かっていて選ぶなら、ディルも文句は言わないだろう。
これが今のアルトの目指すこと。
そう思いながら、ディルに微笑んだ。
「これからは甘やかさないで下さいね。早く自立しようと思ってるのに、これ以上好きなったらやっぱりいいやって思っちゃいそうなので」
「――っ、ああもう……本当に勘違いしそうだから止めろ……」
再びディルが我慢を強いられることになるとは思わず、アルトはまたやらかした。
お読みいただきありがとうございます。m(__)m
傍から見たらこいつら何やってんだって思われそうです。
ちなみに明日はディルのターンw




