38.保護者とそうでない自分
一人になった部屋で、ディルは寝台に横たわったまま重い溜息をついた。
害するものを赦さない、アルトの敵意に満ちた金色の目と獰猛な唸り声を思い出す。
しかしアルトはすぐに正気に戻ったようで、ディルの顔を映した瞳が泣き出しそうに揺れた。
それ見た瞬間、ディルは怖がらせて悪かったと謝りたい衝動に駆られたが、じっと堪えて彼女が飛び出していくのを見送った。
アルトのためだと言い聞かせて。
ルイツと話した時には迷っていたが、落ち着いてみればディルの答えはすぐに出た。
アルトの安全か、自分の欲か。
(そんなもの、アルトの安全に決まってる)
ディルとしては、本当は砦から出て欲しい。外が安全かと言うとそうではないが、砦にいるよりは余程ましだ。魔物と戦うことを強制されないだけでも危険は減る。
しかしすでにアルトはここに居場所を作り始めていて、彼女が落ち着ける場所を奪ったりできない。
ならせめて早くにディルから自立させて、刷り込みのように懐いている状況を改善してやらないといけない。このままディルの気持ちを押し付けて、アルトの選択肢を狭めたくなかった。
とは言え依存しているとも言えるアルトを、ディルから引き離すのにかなりの神経を使うのは事実だ。
少し間違えば自惚れでなくアルトがおかしくなる。
しかし近頃は色んな人が彼女を気にしていて、現に獣族の隊員達はその性別に気付いた上で、口出しはせずに支援してくれていた。
元々アルトは向けられる善意には努力で報いる性格だ。逃避やディルのためだけでなく訓練に一層励む様子に、少しずつ距離を置くことを決めた。後は何とかして鈍すぎる本人に、危機意識を持たせなければと考えていた。
ディルがこれ程どのように手を離そうかと悩んでいる一方で、アルトは変わらず共に在ることを信じているようだった。
そんな風にアルトが自分に懐くのは、辛いときに手を差し伸べてくれた相手をまるで雛のように求めているからだ。仮に何かを抱いていたとしてもそれは敬愛であり、ディルが彼女に向けるものとは違うのだと分かっている。
だから、アルトは悪くない。
ただ、ディルが耐えられなかっただけだ。
想いの違いを突き付ける、その真っ直ぐさに。
『僕ディル様の隊に入りたいです。それならずっと一緒にいられますよね』
あまりにも純粋すぎるその言葉を聞いた瞬間、ディルの中で何かが切れた。
――二度とそんな口が利けないようにしてやろうか。
初めて浮かんだ凶暴な思考に流され、ディルはアルトを部屋へと押し込みその身体を抱き寄せた。
すっぽりと腕の中に収まったアルトは、細身なのに女性特有の柔らかさがあって、よくこれでここに混じろうと考えたなと思う。
顔を寄せれば感じる彼女の香りに酔いそうになったが、戸惑ったように見上げる瞳が曇りなくて、気持ちが暴れて抱き潰しそうになる自分を何とか引き締めた。
(全く、俺がどれだけ悩んでいると思ってるんだ)
深い傷を抱えたまま走ろうとするのが痛々しくて、守りたい。笑ってくれると嬉しくて、素直なところはとても可愛い。
本当はアルトが望むよりずっと、ディル自身が傍にいたい。
この場所を誰にも譲りたくない。
それを見ないようにしているのに、簡単に崩してくるアルトにどうしても苛立ってしまう。
抱き締めたまま逃げてみろと言えば、この期に及んでディルの事を信じていた。
(そんなだから、心配なんだ)
疑うことをしないアルトには、やはり危険すぎる。
もうディルですら安全ではないのだと理解できなければ、この先アルトは困るだろう。
だが、そうさせたのは自分なのだ。
(ごめんな、アルト)
頼りない身体に伸し掛かり、世界で一番大事な相手を苛める。
(もうこれ以上、信じないでくれ)
それでもディルを疑うまいとする彼女を、裏切りたくないと願い心の中で謝りながら、今までの信頼を失わせるくらい傷つけた。
どれ程響くか分からないので、瞳に宿す感情を見ながら。
万が一にでも光を失くしてしまわないように。
できれば嫌になって砦を飛び出して、ジーナにでも助けを求めてくれるといいのだが、望みは薄いだろう。後はルイツに任せるしかない。
(頼む――)
逃げてくれ。
お読みいただきありがとうございます。
彼の思考が複雑で……




