29.薬草採取
その日アルトはいつも通り訓練を終え、第四隊長のテセラと共に夕方の引き継ぎへ向かった。暫くして扉が開き、報告を終えたディルが出てくる。
「ディル様」
「今日も頑張ったか?」
声を掛けると、ディルはアルトの頭をわしわしと撫でながら問いかけた。
「はい! テセラ隊長のおかげで頑張れました!」
「よし。ちょっと話があるんだが、いいか?」
ディルの言葉に、アルトは何事かと目を丸くする。
彼に促され、先程まで引き継ぎを行っていた部屋へ入ると、ルイツが席を立たずに待っていた。
「すみません、アルト君」
「いえ、何かありましたか?」
気づかぬ内に何かやらかしたかと、アルトは不安げに問う。その様子に、ルイツは首を振って答えた。
「アルト君がどうこうではなく……。以前薬草採取の話をしたのを覚えていますか?」
「はい、勿論です」
アルトが見習いとして砦に居るための、重要な仕事だ。忘れることなどない。砦内で育てている植物で賄っていたので、今のところ一度も行ったことはなかったが。
「ここ数日でずいぶん使ってしまった薬があるそうで、なくなる前に採取に向かいたいと申請がありました。突然なのですが、明日それに参加して頂けませんか?」
「分かりました!」
初めて仕事を与えられ、アルトは喜んで返事をする。
とうとう役に立てる機会が巡ってきた。
拳を握ってやる気を見せるアルトに、ルイツが笑みを漏らす。
「では明日、早めに昼食を済ませてから裏門へ集まって下さい」
翌日アルトが裏門へ向かうとそこにはカイルがいた。
第一隊は外勤務、第三隊は夜勤で、第二隊は休みのため砦にいないものもいる。内勤務である第四隊と専門班に所属する獣族が集められることになったらしい。
「アルト君は初めてだから森へ入る時の注意点を伝えておくね」
そう言ってカイルは注意点をアルトに説明し始めた。
体調不良があれば、正気を失う前兆のようなものなので申し出て、速やかに森から出ること。
ごく稀に入り口で体調不良が起こる場合もあるため、まずは森の前で不調がないか確かめること。
個人差はあるが、本日参加する隊所属の隊員でも四半刻のさらに半分程度であるため、初回であるアルトは特に注意すること、などだ。
「どうやら立ち入り回数が多いと耐えられる時間が長くなるみたいで、僕は最大で半刻くらいまでなら余裕で過ごせるから、先に居なくなることはないよ」
「凄いんですね、カイルさんて」
カイルの説明を受け、アルトは感心の声を漏らした。
「もっと褒めてもいいよ」
「ふふ」
カイルらしい返答に、アルトは思わず笑う。
それと同時に気が抜けて身体が軽くなり、知らずに緊張していたことに気がついた。
「よぉカイル。今日も頼むぜ」
声がかけられ、アルトがカイルと共に振り向くと、金の髪をした綺麗な顔の男性が立っていた。
王子様のような見た目に、乱暴な言葉遣いという激しい落差を持つ彼は、調理班のヒースだ。
発言はいつも男らしいが、そんな彼の獣姿は可愛い兎である。アルトが前に街で入った食堂に同族の妹がいて、その子を溺愛している優しい兄でもあった。
その後に続き、本日森へ行くことになった顔ぶれが揃い始める。第四隊のうち一人は体調が良くないとのことで控えることになり、結局アルトとカイルを含めた6名が集まった。
「森に入ったら時間との勝負だから、事前にとって欲しいものを伝えておきますね」
そう言ってカイルは一人ずつ、個人の耐用時間に応じて採取する植物を説明し、その見本を渡した。
アルトは初めてのため、カイルが採取する予定のものを一部、共に探して採ることになった。
「これは実ね。こっちは根っこからとって。もし縛るなら、痛まないように茎を使って縛るようにしてね」
そう言ってカイルに赤い実と、薄紅色の花弁が重なって咲く花を渡された。
「花を探せばいいんですか?」
「ううん。根を使うから花は咲いてなくてもいいけど、見分けやすいから」
「成程、確かにそうですね」
そう納得し、2種類の植物の形と匂いを覚える。
「じゃあ行こうか」
カイルの先導で、アルト達は森へ向かって歩き始めた。
魔物の森は砦から歩いて、遅くとも一刻ほどで着く。
アルトは入り口で体調を問われたが、特に異常はなかった。
覆い繁る木々の間から森の中へ進むと、そこは植物の宝庫だった。季節的には実をつけないはずのものが成り、同じ土地で育つはずのない草が花を咲かせている。
「こ、これは……」
「理解しようとするのは、諦めた方が良いよ」
魔物の森だから。その一言で終わらせるカイルに、アルトも何故、どうやってという疑問を捨てることにした。
かなり出鱈目な状態だが、いつ訪れても探せば欲しいものが手に入りそうだ。それだけで十分である。
殺菌効果のある薬草などは旅の途中でも採れるし重宝するため、旅をしていた時に教えてもらったことがある。
しかし薬草から高い薬効を得る場合、基本的には精製が必要だ。そのため村でも旅でも、アルトは専ら消費する立場だった。
なのでこうして薬効を聞いてそれを採取するのは少し楽しい。
場にそぐわぬ不謹慎な感情を抱きつつ、アルトはまず実を探し始めた。
一株見つければ手っ取り早く複数採取できるからだ。
「あんまり離れないでね。何かあっても分からなくなっちゃうから」
「す、すみません」
アルトがうろうろと彷徨っていると、カイルから注意を受けた。
若干浮かれていた自分を自覚し、アルトは反省し気を引き締める。
カイルが近くにいる範囲で匂いを探り、草を掻き分け、漸く目的の植物を見つけた。
精製方法を知らないのでなるべく傷つけないようにし、指示通りの数を採取する。
「カイルさん、採れました!」
「うん。えらいえらい。体調は?」
「なんともないです!」
尋ねるカイルに、アルトが元気よく返事を返した時、第四隊の隊員が近づいてきた。よろよろとした足取りで歩を進める彼は、かなり体調が悪そうだ。
「カイルさーん」
「どうしたの? 限界?」
本人の様子からカイルが先に答えを出すと、彼は力なく頷いた。
「そうっす。うー、頭痛ぇー。すみませんが先に離脱しますー。採ったのは医務室へ届けておきますね」
「ありがとう、気を付けてね」
屈強な隊員がふらふらと森から出ていくのをカイルが見送る。
「情けねぇなあ、見習いより早くに音を上げるなんて」
ヒースが呆れたように肩を竦めた。
「個人差があるから仕方ないよ。特に僕たち専門班と違って、各隊は毎回採取に来れるわけじゃない。慣れる機会が少ないからね」
「そうだけどよぉ」
カイルが窘めると、ヒースはばつが悪そうに首を竦めてもごもごと言った。
何となく会話が続かず、各々が作業に集中して暫く沈黙が落ちる。
「……」
「……」
「……カイルさん」
アルトはふと疑問に思ったことを聞こうと、カイルに声を掛けた。
「なぁに? アルト君」
「限界って、気持ち悪くなるだけじゃないんですか?」
「今かい!」
ヒースがすかさず突っ込んだ。
気分が悪くなったら、とは聞かされていたが、出ていった彼は頭痛の症状を訴えていた。遅まきながら、そういえば、と思ったのだ。
「そうだねぇ。もう少し例を挙げておけばよかったね。気分不良が一番多いからさ」
「そうなんですか」
アルトが納得すると、カイルが自己の前兆を例にした。
「うん。僕の前兆は眩暈だし」
「俺は気分不良の方だな。ちなみに悪化すると幻覚が見えるようになる」
ヒースが限界を超えて森にいたことも驚きだが、その先で出た症状も怖い。
「ひぇっ。き、気を付けます」
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