閑話2.初めての女装
ジーナの家――というか屋敷は街の中心部にあった。
一人で住むには広すぎる敷地と部屋数に、アルトは驚く。
「じ、ジーナさんって、お金持ちだったんですね……」
「纏め役の在任中に与えられる家だから、私のものではないわ」
そう言うジーナは医者の家系に生まれ、実家もそれなりに裕福なのだとディルがアルトに囁いた。
玄関に近づくと、かっちりとした服に身を包んだ壮年の男性と、可愛らしい給仕服姿の少女が出迎えた。徒歩で帰った主人を待ち構えられるくらいだ。普通の人間ではない。
「お帰りなさいませ。とうとうお逃げになられたのですか?」
「久しぶりね、ヴァルター。最低限は済ませてるあるわ。二刻くらいの休みは頂戴。黒髪は客室へ入れておいて。この子は衣裳部屋へ連れて行くから」
「承知しました。ティカ、案内を」
苦笑して迎えた男性に対し、ジーナはてきぱきと返事をした。給仕の少女が指示に反応してディルを屋敷の中へと案内する。
アルトは会話の内容を聞き、ジーナがどれくらい家で休めていないのかと心配になる。入り口で戸惑っていると使用人らしき男性に促され、ジーナの後を急いで追いかけた。階段を上って廊下を進み、飴色の扉の前で立ち止まる。
「さぁ、邪魔者はいなくなったし、楽しみましょう」
そう言いながら、ジーナはアルトの背を押して部屋に入った。
室内は陽当たりが良いためか、暖かい。艶のある猫足の机と椅子が置かれていて、壁際には長椅子もある。
「何を買っていたの?」
「色々と……」
ジーナが部屋の戸棚を開けながら、アルトに尋ねてきた。詳しくは言えないので曖昧に答えたが、彼女は追及の手を止めなかった。
「アルト君には縁がなさそうなお店で?」
「えーっと……」
よく見ていたな、とアルトは苦い顔になった。
持っていた荷物の中で、ルイツに贈る予定のお茶はどちらかというと高価なものだ。アルトはあまり贅沢は好まないため、その矛盾を指摘されているのだと分かる。
言葉に詰まると、ジーナは悪戯っぽく笑って言った。
「お礼でしょ。可愛い事するんだから。そういうことなら、途中で引き摺ってきちゃって申し訳なかったわね」
「いえ、あとはジーナ……」
言いかけて、アルトははっと口を塞いだ。
本人に言ってどうする。
しかし思い切り名前を出してしまっていた。当然ジーナは話の流れから気づいたようで、目を丸くし――次いで抱き締めてきた。
「やだもう可愛い! そういう事ならお礼代わりに遠慮なく、好きにさせて頂戴ね」
そう言って、再び機嫌よく戸棚を漁ったジーナが取り出してきたのは白いワンピースだった。彼女の体形には到底合わないだろうそれは、アルトの身長で丁度良い大きさだ。それに合うように揃えたのだろう、靴やリボンといった小物も出してくる。
「可愛いから買っちゃった」
「何買っちゃってるんですかっ」
アルトが突っ込んだが、ジーナは気にせず再び戸棚に向かう。
「あとこれも着てみましょう。着せたら欲しくなっちゃうかもしれないけど」
ジーナが見せたのは、先程玄関で出迎えた少女も着ていた紺色の給仕服だ。
アルトが欲しがることはないので、ジーナが欲しくなるということだろう。
何がかは、考えないことにした。
「会ってまだ日が浅いから、これだけしか揃えてなくて」
「むしろ3日で用意したことに驚きます」
少し落ち込みながら話すジーナに、遠い目になった。
そもそも砦で過ごすアルトには、女性用の服は必要ない。忙しかっただろうに、その間でもこんなものを用意してしまうジーナは、よほど着飾らせるのが趣味なのだろう。
「食堂にいるクルスにはもう少しあげたんだけど」
「どれだけ貢いでるんですか……」
ヒースの妹である美少女を思い出し、アルトは呆れた声を出した。非常に可愛らしい子なので、愛でたくなる気持ちも分からなくはないが。
「いいのよ。私が楽しければ。それにちゃんと考えて使ってるわ」
「そうですか……」
アルトとしては無駄遣いだと思うが、何のために働くかというのは個人によって違う。他者に迷惑を掛けないものならば、口出しは出来ない。ジーナの場合、相手も同意の上であればもはや誰にも止められない。
「それにしても、女性の服は初めて着ます」
「……なんですって?」
アルトがしみじみと呟くと、ジーナは驚いたように眉を跳ね上げた。
「あっ。……えっと、ずっと男の子として暮らしてきたんです。母様が里の出身だとかで、連れ戻されないように転々としてて……」
アルトの言葉に、ジーナは思わず苦い顔になった。獣族の女性を道具のように扱う里を、ジーナは嫌悪している。この街を守る中でも、里の干渉を避けるのには随分苦労したのだ。同時に、そこまでしてアルトを守った彼女の両親に敬意を抱いた。
「そう……大切にされてきたのね」
「はい……!」
そう言ってジーナがアルトの頭を撫でた。
アルトは彼女の言葉に嬉しくなって頷く。転々としていると、大変だねと言われることが多い。しかしお互いを大切に思い合ってきたから、アルトはそれが大変だと思ったことはない。
「じゃあ、今日は私がアルト君の初めてを貰うという事ね。うふふ、先にどちらを着せようかしら。出来たら自慢したくなっちゃうのよねぇ。丁度下にいい相手がいるし」
少ししんみりとした空気を切り替えるように、ジーナが機嫌よく話した。
慣れない格好をし、さらにそれを誰かに見せるのはかなり恥ずかしい。しかし、アルトは買えなくなったお礼の代わりに、最後まで付き合おうと決めた。
「その、いっそ別人に振り切ってる方が助かります」
「あらぁ、そんな事言われたら腕が鳴るわ! じゃあ、さらに驚かせる方法も考えるわね」
ジーナがさらに喜んで、化粧道具を取り出した。
***
ディルは通された客室でぼんやりと過ごしていた。
アルトが連れていかれ、半刻が経過している。始めこそ給仕がお茶を淹れてくれたが、用事があれば呼ぶからと退室してもらっていた。
することもなく、だらしなく姿勢を崩してうとうととする。
午後のお茶の時間を過ぎ、ディルはそろそろ帰りたいと考え始めていた。
その時、扉を叩く音が聞こえて姿勢を正す。
「ディル様お待たせ。気が済んだから終わりにするわ」
驚くほど生き生きと元気になったジーナに、ディルは苦笑した。
この分だと、アルトは相当遊ばれたに違いない。性別を問わず可愛い子を愛で、着せ替えをするのがジーナの悪い癖だった。
聞くところによると、カイルは姉弟ということもあり、昔はかなり女装させられたらしい。因みにこれは彼の前では禁句だ。
「待たせたお詫びに、少しだけお菓子を用意したの」
そう言ってジーナはディルの後ろに向かって声を掛けた。茶器と菓子を乗せた台が運ばれてくる。
「アルトはまだ着替えが追い付いていないのか?」
ジーナに連れられて帰ってくると思っていたディルは、まだ姿の見えない後輩に苦笑して尋ねた。
するとジーナは悪戯っぽく笑って、ディルの隣を指差した。
「アルト君ならそこにいるじゃない。ほら」
「は?」
ディルがジーナの指を辿って見上げると、そこにはディルを案内したのとは別の少女が立っていた。
紺色の給仕服と本人の持つ白さで、どちらかと言うと清楚な雰囲気になりがちのところを、ふわりと広がったスカートとフリルのついたエプロンが可愛らしい印象に仕上げている。
目が合うと彼女の白い頬に朱が上り、恥ずかしそうに目が伏せられた。綺麗な金色の瞳が僅かに潤んで、隠すように華奢な身体を縮めてしまう。
その世慣れていない様子に、ディルの庇護欲がひどく刺激された。
大丈夫だと慰めて、何も怖がることはないと安心させてやりたい。
そしてこちらに気を許し、微笑みかけてくれたなら――。
(――――ちょっと待て)
ディルは自身が考えかけていたことに、言葉を失い固まった。
何故なら相手は女性ではないはずだからだ。
フリルに負けないくらい白く輝く髪を凝視する。
その色はディルのよく知る少年のもの。近頃よく撫でるさらさらの髪。
「ディル様……あの……」
小さく囁くような声がディルの耳に届く。
聞き慣れた、よくディルの名を呼ぶ声だ。
間違いなく、アルトである。
「ふふ、やっぱり! ディル様なら、給仕の気配にいちいち顔を上げたりしないだろうなって思ったわ。今の顔ったら、面白い! あ、そうそう。ほらアルト君、ちゃんと給仕しなきゃ」
「えと、はい……」
アルトがお茶を淹れる様子を、ディルは半ば現実逃避するように見つめた。
(お前、ちゃんとお茶淹れられたんだな……)
客に出すようにきちんと作法が出来るアルトに、ディルは少なからず驚いた。
というか、余計なことを考えないようにすると、もはやそんな感想しか出せない。
茶と菓子を机に並べ、アルトは静かにジーナの脇に控えた。
「可愛いでしょう。私の自信作よ」
アルトを見つめ続けるディルに、ジーナが笑って自慢した。
アルトはというと、羞恥のせいか僅かに頬を染め、潤んだ瞳で助けを求めるようにディルを見ている。
(頼むからそんな目で見るな……。今必死でお前の性別を頭で繰り返してるんだ)
一瞬だけ、アルトは本当に男なのかという思いがディルの頭を掠めた。しかし、育った環境が複雑な相手にそんなことを疑うのは良くないだろう、とその考えに蓋をした。
今年の新人で、完璧な女装を披露した隊員もいたことだし。
「…………ジーナ、早く元に戻してやってくれ」
ディルが唸るように言うと、ジーナが頬を膨らませた。
「ええ? 可愛くない? そうだ、アルト君。ディル様に褒められると嬉しいわよね?」
尋ねられたアルトは、戸惑いつつ、こくりと頷いた。
アルトの性格だと、褒められると喜ぶのは目に見えている。それを分かってるのだろう。ジーナはディルに可愛いと言わせるため、アルトが頷く聞き方をした。
アルトの肯定を受け、ジーナが期待に満ちた眼差しでディルを見る。
「う……」
ディルは内心、汗を流した。
素直に可愛いと言えばいいのだが、何故かアルトにそれを言うと、ディルの中で何かが狂う様な気がした。そもそも男が男に可愛いと言われて喜ぶ筈がない。
しかし、言わない限りジーナに解放する気はなさそうだ。
アルトのため、そしてディル自身のため。
そう自分に言い聞かせ、ディルは口を開いた。
「………………か……可愛い……」
「何ですって?」
尻すぼみになるディルに、すぐさまジーナが聞き返した。
人間より聴力が良いくせに、絶対に聞こえていただろう。
「同じことを言わせるなっ。絶対聞こえてただろ!」
何故か顔が熱くなっているのを感じ、ディルは隠すように顔を伏せて叫んだ。
そんなディルを見て、ジーナは満足そうに笑った。
「ふふ、仕方ないわねぇ。ね? アルト君。お礼を言って、着替えておいで」
「はい!」
今度こそ本当にジーナの気が済んだことに、ディルはほっとして力を抜いた。
やっと解放される。
そう思ったのはアルトも同じだったようで、肩の荷が下りたように気を緩めた。そして浮かんだ自然な笑みを、ディルに向ける。
「ありがとうございます、ディル様」
声を掛けられて顔を上げたディルは、その笑顔を直視してしまい再び動きを止めることとなる。
その向かいで、ジーナがお腹を抱えて笑っていた。
お越しいただきありがとうございます。<(_ _)>
狼耳が出ていたら絶対可愛いメイド。いいなぁ。
因みに買った贈り物がどうなったか、小説内には入りませんでしたがそのうちどこかにそっと載せたいです。




