閑話1.捕まりました
お礼をしよう。
アルトがそう思い至ったのは、初めて給金を貰った時だった。
休みに街で魔物を討伐した後、四苦八苦しながら慣れない報告書を作成した。ディルの助けを得ながら完成させて提出すると、ルイツから臨時報酬としてそれを渡されたのだ。
何を買おうと考えて、アルトはそう閃いた。
お菓子は憧れだが、初めて貰った給金は、お世話になっている人へのお礼に代えたい。何故ならこうして砦で働けるのは、その人たちのお陰だからだ。
それに、カイル経由でジーナから日用品を頂いてしまったアルトには、今のところ急いで必要なものはない。
村を出る時に持って来たお金もあるとはいえ、全て使ってしまうのもいかがなものかと思い、予算を考えた。
(えっと、ディル様にルイツ副長、カイルさんと、ジーナさんと、ヴィラン団長……。ノーティス班長も怖いけど、色々とお世話になってるしなぁ。各隊の隊長さんもだし……)
考えていると増えてきて、これでは足りないとアルトは項垂れた。
思い起こす順番が序列に沿わないものであり、それ自体に意味があることには気づいていない。
(うう……絞るしかないかな……。今回用意できなかった人は、また次に考えよう……)
苦渋の決断をし、アルトは相手をディル、ルイツ、カイル、ジーナに絞った。
(ごめんなさい、団長……)
こんなことで恨むような人ではないと分かっているが、ルイツに渡して彼にないのは気が咎める。勿論秘密裏に渡すつもりではあるが、アルトは絶対に見つからないようにしようと思った。
丁度明日、アルトさえよければ、台無しになった前回の代わりに、とディルの誘いがあった。
アルトとしては、ディルへの贈り物も買うつもりなので、彼がいることは少し困る。しかし一人でというのも難しいため、何とか隠れて手に入れようと決めた。
そう思って街へ出たのだが――――。
「ほらアルト君。ちゃんと給仕しなきゃ」
「えと、はい……」
ジーナの指示に従い、アルトはディルのコップに茶を注いだ。
ライカが不器用だったので、料理はクレストとアルトで分担して行っていた。茶を淹れるくらい問題なくこなせる。
茶菓子を並べ、用が終われば静かにジーナの脇に控えた。
歩くと紺色のスカートが揺れ、振り返ればフリルのついたエプロンが翻る。
足元がすかすかとして心許ない。着慣れない衣装に、アルトの動きと表情がぎこちなくなった。
(あぁ、早く元に戻りたい……)
時刻は一刻半ほど前に遡る。
ディルと共に街に入ったアルトは、前回入り損なった雑貨屋で贈り物を購入していた。
金属製で、繊細な装飾に鉱石の飾りがついた栞を見つけ、ディルへのお礼にすることにした。休みの日の過ごし方を聞いたとき、本を読むと言っていたからだ。
ルイツには別の店でお茶を買った。副長室には時々お茶の香りが漂っていて、疲れた時などに飲むのだろうと思ったのだ。因みに好みは匂いで判断できたので、抜かりはない。
そしてカイルにはディルと同じ雑貨屋で手袋を選んだ。薬草の採取や精製などで必要になるため、邪魔にはならないだろう。
「お待たせしました、ディル様。ありがとうございます」
店を出たアルトは、外で待ってもらっていたディルに声を掛けた。するとディルはしょうがないな、というように微笑んでアルトの頭を撫でた。
出来れば驚かせたいのだが、もしかすると薄々気づかれているかもしれない。普段から顔に出るとはよく言われる。
「後はどこに行きたい?」
ディルの問いに、アルトはうーんと思案した。
後はジーナなのだが、具体的に決められていなかったのだ。
彼女からは代えの少なかった下着や晒を頂き、かなり気を遣わせてしまっている。絶対に適当にはしたくなかった。
そんな風に考えに耽っていたため、アルトは接近する足音にすぐに反応できなかった。
「捕まえたぁあ!」
「うわぁっ!」
突然がばりと抱き締められ、アルトは相手の腕の中で飛び上った。
「熱烈だな、ジーナ」
アルトに飛び付いてきたのは、ジーナだった。呆れたように声を掛けるディルに、止める気はないらしい。
「だってアルト君がいるんだもの。私の新しい癒しが」
そう言ってジーナはアルトの頭に頬擦りをした。
「あああのっ! えっと……こんにちは」
強く拒否することも出来ず、何を言っていいか分からなかったアルトは、結局挨拶に留まった。
身体が離され、ジーナが微笑んで挨拶を返す。
「こんにちは、アルト君。ディル様も」
「俺はついでか」
ディルが突っ込んだが、ジーナは特に気にしない。我が道を行く彼女らしいが、アルトには微笑んだ顔が少し疲れているように見えた。
「ジーナさん、お疲れですか?」
アルトが尋ねると、ジーナは途端に顔をしかめて訴えてきた。
「そうなの! この間の魔物のことで、あれからずっと忙しいの! 私疲れちゃって。だから癒されなきゃだめだと思わない?」
「そ、そうですね……」
アルトが街で魔物を討伐してから3日が経っている。
他の仕事ですら大変だろうに、こんなところで魔物が出て、事後処理や対策など間違いなく面倒事が増えているだろう。
ジーナの勢いに、相当な負担なのだろうと思いつつも、アルトは少し引いた。
「そうよね! 何でこんなことに……」
項垂れながら、管理者は息が無かったし、魔物を閉じ込めた荷は彼のじゃなかったし、とジーナがぼそぼそ呟いている。重要な情報を聞いてしまう前に、アルトは耳を塞いでおいた。
疲れたように溜息をつくジーナに、気休め程度にしかならないだろうと思いつつ声を掛ける。
「大変そうですね……。僕に何かできることがあればいいんですけど……」
「あっ馬鹿」
ディルが咎めた瞬間、ジーナがぱっと顔を上げた。
「あるわ! 勿論!」
「本当ですか!?」
「おい待てアルト。絶対止めとけ」
ディルは苦い顔をしてアルトを止めた。あまり強く妨害すると、ジーナの恨みを買う。言葉だけになったが、アルトはきちんと反応して振り返った。
「ディル様?」
ただし、それは一歩遅かった。
ジーナの腕がアルトの体に絡む。艶のある声が、アルトの耳元で響いた。
「じゃあアルト君、脱ぎましょうか」
「は……」
「私の癒しに付き合ってくれるのよね?」
微笑むジーナは美しい。ゆえに有無を言わせぬ圧を感じた。
「……」
アルトは助けを求めるようにディルを見る。
彼は諦めたように首を振った。
お読みいただきありがとうございます。
可愛いは正義。
続きます。次は半分ディル視点です。




