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3.大好き

★出血などの表現があります。苦手な方はご注意ください。

 ふらつくライカの傍でその体を支えながら、アルトは上手く働かない頭でただ家を目指した。


 アルトよりもはるかに大きいライカが倒れると、一人では起こすことが出来ない。恐らくライカもそれを分かって倒れないように踏ん張っていたのだろう。

 荒い息を吐き、血を流しながら家を目指すライカに、支えられていたのはアルトの方だったのかもしれない。


 村に戻ると、アルトが出てきたときの喧噪が嘘のように静まり返っていた。

 アルト達の家は村の裏口からすぐのため、入口側がどうなっているか分からない。しかしアルトは村の中に人の気配はないことを感じ、戸惑っていた人達も結局皆逃げたのだとぼんやりと思った。

 今のアルトにとって、周りで騒がれても煩わしいだけなので、かえってこの静かさがありがたかった。


 家に入った瞬間、ライカが力尽きたかのように倒れ込む。


「っ! 母様!」


 毛皮が含んでいた血が倒れた衝撃で飛び散り、床板に赤い斑点がつく。次いで脇腹から流れる血がじわりと床に広がって、アルトは思わず手近な布でライカの傷を圧迫した。


 じわじわと布を染め上げる赤に震える。

 痛みか出血のせいか、ライカが吐く息は浅く、早い。


 これくらいではもうどうにもならないことは、頭のどこかで分かっている。

 しかし手がないことを認めたくなくない。

 諦めたりなど、出来るはずがない。


 滲む視界に、アルトはそんな場合ではないと歯を食いしばった。

 村の医師を呼びたかったが、どこにいるのかもわからず、ライカの傍から離れるのも不安だった。


 その思いを見透かしたように、ライカが話しかけてくる。


『そうねぇ……。アルトにここにいてもらう方が……私は嬉しいわぁ』

「だって、僕がいるだけじゃ……っ!」


 続く言葉を聞きたくなくて、思わずぎゅっと目を閉じる。本当は耳を塞ぎたかったが、ライカの腹部から手が動かせない。

 そんなアルトの葛藤を知ってか知らずか、ライカが微笑む気配がする。


 こんな時に、笑わないで欲しかった。


『……分かってるでしょ。もう、長くないのよ。……ずいぶん血も出ちゃったし、気合いで帰ってきたようなものなんだから……』


 はっとしてライカを見ると、やはり口の端がわずかに上がっている。その優しい笑顔に、アルトを宥めるような色と、少しの諦めが含まれていた。


「や、やだ!」


 だめだと首を振って必死で止める。

 駄々を捏ねるアルトに、ライカは困ったように微笑んだ。


『母様も、やだ。でも、ごめんね……』

「――――っ、母様の、嘘つきっ……!」


 ひどいことを言いたくないのに、アルトの口からはライカを詰る言葉が飛び出した。

 ライカのことがとても、とても大切なのに――。


 後悔と恐れでぐしゃぐしゃになるアルトに、ライカが優しく声を掛ける。


「そうね……約束、守りたかったわ。この村の人の事、恨んじゃだめよ……。父様も、母様も、大好きなんだから……」


 そんなことは分かっている。

 でも頭では理解していても、心がそれを許すかは分からない。


 儘ならない事ばかりで、耐え切れずに零れた雫が黒い毛皮に染み込んでいった。


「悲しみに囚われないで、アリア。……貴女が自由でいられるなら、狼として生きてもいい。だけど、楽だから、逃げたいからという理由でそれを選ばないで……。人間だからわかる、素晴らしいこともたくさんあるのよ……」

「――――っ」


 だったら、独りにしないで。

 傍にいて。

 そんな風に過ごせる日が来るなんて、思えない。


 半ばうわ言の様に好き勝手を言うライカに、沢山の否定の言葉が浮かんで消えた。ライカの焦点が合わなくなってきていたのだ。

 たった一つ、口にできたのは。


「こんな時に、ほんとの名前……呼ばないで…………」


 アルト自身ですら、忘れかけていた本当の名前。

 大切な、クレストとライカからの贈り物。

 決壊しそうなアルトをあやすように、ライカが穏やかな声音で言った。


『大好き』






どん底になっていきます……。

こんな中でもお読みいただき、本当にありがとうございますm(__)m。



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