28.騒動2
アルトが屋根に上ると、先程仕留めた魔物とよく似た姿を見つけて後を追った。
何が起こるか分からないので、ディルとあまり離れたくない。
魔物が傾斜のない屋根に着地したところで、アルトはナイフを投げた。
その場に倒れてくれればいいものを、攻撃を受けた魔物は姿勢を崩し、あろうことか屋根から落ちた。慌てて屋根から見下ろすと、街を歩いていた人達が突然の落下物に驚いて騒めいていた。
相当な衝撃だろうに、地面に叩きつけられた魔物は、まだ生きているらしく灰にならない。
「逃げてください!!」
アルトは叫んだが、街の人が遠巻きに警戒するも中々離れない。
「まだ生きています!逃げてください!」
もう一度叫んだアルトの声に、はっとしたように人が動き出す。その瞬間、魔物がむくりと起き上がり、逃げる人たちに狙いを定めて飛び掛かった。
「っ!」
足場がなく、すぐに降りられないアルトは、もう一本ナイフを投げつけた。
流石に屋根の上からだと距離がある。刺されば良いが、魔物の狙いを変えられるだけでいい。
そう思って投げたナイフは魔物の目の前を通り、それは怯んだように動きを止めた。
(よし、そのままこっちを見ろ)
念が伝わったのか、魔物は毛を逆立たせて屋根の上にいるアルトを睨みつけた。
魔物の意識が向いたことで、応戦のためにナイフを構える。休みの日だったのでお守り代わりにナイフは3本しか持っていない。この1本は決して無駄にできない。
背にナイフが刺さったまま、魔物が身体を縮めて跳躍の姿勢に入った。
来る、と身構えた瞬間、魔物の姿が吹き飛んだ。
(――え)
アルトが呆気にとられていると、下から艶やかな声が掛けられた。
「はぁい、アルト君。先程ぶりね?」
「――ジーナさんっ!?」
つい近頃あったばかりの美女が、長い灰色の髪をなびかせて繊細な意匠の傘を振りかぶったところだった。魔物はいつの間にか、跡形もなくどこかへ消え去っている。
アルトには、ジーナが傘で魔物を殴り飛ばしたように見えたのだが、気のせいだろう。
傘は何事もなかったかのように、一切の歪みもなく彼女の手に収まっている。
アルトは傘から意識的に視線を外し、声を掛けた。
「あの、どうしてこちらに?」
「魔物だって聞こえてきたから、アルト君なら走り出してるだろうなーと思って、あなたの匂いを頼りに来てみたの」
「ご、ご明察です……」
先ほど会った短時間で、アルトの性格を把握したらしい。にっこりと笑って話す言葉の裏に含まれた棘に気付き、屋根の上で隠れるように身を縮めた。
「そんなところにいるってことは、やっぱりディル様は置いてきちゃったのね。こんな小物の魔物でも一応警戒は大事ってこと、分かってるわね?」
地上から見上げてくる強い眼差しに、アルトは弱々しく返事をした。
「はい……」
クレストやライカもそうだったが、静かに責められると、声を荒げて叱られるよりも身に染みる。
ジーナは可愛いものに目がないということだったが、甘やかすわけではないらしい。
反省するアルトは、ジーナが可愛いものが萎れる姿も可愛いわぁ、などと思っていることには露程にも気づかなかった。
「反省しているなら、この件は終わりよ。……街を守ってくれて、本当にありがとう。さ、降りてらっしゃい」
そう言って空気を変え、ジーナは今度こそ穏やかな笑みを見せた。叱っても後はさっぱりと済ませるところが彼女らしい。
「はい!」
アルトは身を起こして返事をし、周囲を見回して地面への経路にあたりをつけた。
屋根を伝ってきた今の建物は2階建て。飛び降りられそうな出窓などはないが、建物同士の間隔は狭い。隣の建物につけられた外階段に飛び降りることができそうだ。
アルトが身を起こして移動しようとしたとき、ディルの声が聞こえた。
「何処だ! アルトっ!」
焦りと僅かに怒気を含んだ声に、アルトは思わず身を屈めて隠れる。
「あら、ディル様」
「ああ、ジーナ。悪いが今取り込んでいる」
「大丈夫。アルト君ならあそこよ?」
そう言ってジーナは綺麗な指で屋根を示した。
ディルがその指先を追って屋根を見上げると、白銀の頭が少し覗いていた。隠れているつもりだと分かってディルの口の端が僅かに上がるが、咳払いして表情を引き締めた。
「アルトっ! お前、約束破ったな!」
「うっ、すみません……」
「一人で走るなって言っただろ!」
「うぅ」
アルトが益々沈んでいく。
その様子にジーナは埒が明かないと溜息をつき、口を挟んだ。
「ディル様、それに関してはもう注意しておいたわ。怪我もないみたいだし。それより早く下ろしてあげたら?」
ジーナの尤もな指摘に、ディルが言葉に詰まる。
周囲に集まっていた住民達も、心配そうな顔でディルとアルトを見守っていた。
「――っ、そうだな。すまないアルト、とりあえず降りて来れるか?」
とりあえず、という言葉に降りた後のことが気になるアルト。
とはいえ、いつまでも屋根の上に居るわけにもいかず、身を起こして窺うようにディルを盗み見た。強く怒っているわけではないようで、アルトは胸を撫でおろす。
勢いをつけて屋根を蹴り、とんっ、と隣の建物の外階段に飛び降りた。そのまま下り、ディルのもとへと駆け寄った。
「全く、見失って心配した。ジーナにも言われただろうから同じことは言わないが、そこのところきちんと反省しろ」
降りてきたアルトの額を指で弾き、ディルが苦言を呈した。
「……迷惑かけて、すみません」
「そうじゃないだろ……」
「えっと……反省、します」
溜息をつくディルに、アルトはおろおろと言葉を探した。
「……まあいい。とにかく、今日はよく頑張った」
頭を切り替え、ディルは成果を上げたアルトを褒めた。
アルトは途端に目を丸くし、次いで照れながら頬を緩める。
「やーん可愛いー」
その様子を見たジーナが、横からアルトに巻き付く。そしてその姿勢のまま、ディルに尋ねた。
「そうだ、ねぇディル様。あの魔物はどこから湧いて出たの?」
「後で報告が行くだろうが、工業区の建物から飛び出してきたらしい」
「……ふぅん。私の街に魔物を持ち込むなんていい度胸してるじゃない。見つけて吊るすわ」
「全くだ。頼むぞジーナ」
ジーナがやる気を見せる様子に、ディルが同意した。
魔物が街の中で自然発生することはなく、持ち込まれたと考えるのが普通だ。
街を危険に晒した相手に怒りは沸くが、魔物が討伐されてしまえばアルトに出来ることはもうない。後はジーナの領域だ。
毛色の変わった人間や獣族を飼いたがる者がいるように、危険と知りつつ魔物を捕える愚者もいる。魔物の被害を防ぐため助け合っていかなければならないのに、街では人間の中にも敵がいるのだ。
ジーナの苦労を思い、アルトは溜息をついた。
お読みいただきありがとうございます!
街での騒動の話はここでぶった切ります。
すみません……。




