26.強力な協力者
食堂を出て、ディルと共に街の散策を始めた。活気のある街の様子に、アルトの気分も高揚する。
「ディル様、すごいです。お菓子があります!」
店の窓辺に飾られた商品に、アルトが食いついた。
菓子などの高級品は、今までアルトにとって縁のない代物だった。しかし砦に来て初めて、ルイツに貰った飴を食べ、すっかりその甘味の虜になってしまった。忘れもしない、確かあれは団長室の掃除を終えた翌日だったはずだ。
色とりどりで形も様々に作られたそれは、宝石のように透き通っている。ルイツに貰ったものほどではないが、この飴も中々の高級品だ。
「いつか瓶で買いたいです」
「頑張れ」
アルトが意気込むと、ディルが笑って応援した。
名残惜しいが手に入らないものは仕方ないので、アルトは店から離れた。他にも気になるものは沢山あり、街並みを物珍しそうに見上げて歩く。
「アルト、前を見ないと――」
ディルが忠告しようとした瞬間、アルトは脇道から出てきた誰かとぶつかった。
アルトはまずい、と焦って相手の顔もろくに見ず、慌てて頭を下げる。
「――っすみません!」
自分も相手も転ばずに済んだものの、怪我をさせてしまうところだった。それに、街ではぶつかっただけでお金を巻き上げられたりすると、リッツの友人が言っていたからだ。
「いえ、こちらこそ急に飛び出して―――」
不自然に途切れた言葉に、どうしたのかと恐る恐る頭を上げると、大きく見開かれた灰色の目とぶつかった。綺麗な瞳だが、それ以上に顔立ちも美しい女性だ。長い髪は瞳と同じく灰色で、手入れが行き届いているのか艶がある。体に添う形の服は豊満な胸を強調し、長いスカートのスリットからは惚れ惚れする様な綺麗な足が覗いていた。
そして何より、彼女は獣族でもある。驚くべきところが沢山あるが、アルトはある点が引っかかって首を傾げた。
(あれ? この匂い―――)
女性から香る匂いが気になってぼんやりとしていると、女性の細い指がアルトに向かって伸び――がしっとアルトの頬を掴んだ。
「ひっ!?」
そのまま顔を寄せられ、慄く。美しさというのは目の保養にはなるが、近すぎると迫力が大きい。狼姿だと尻尾が丸まっていたに違いない。
言葉も発せずにじっとしていると、アルトの目の前の美女が何事かを呟き始めた。
「白銀の髪、金色の瞳、この小ささ、そして何より――」
掴んでいた頬から手を放して、今度はアルトの腕をぐっと引いた。予想外の行動にアルトはそのまま女性に倒れ込み、豊かな胸に埋もれてしまう。
一方、アルトを抱き込んだ女性はというと、アルトの首筋に鼻を寄せ、すん、と匂いを嗅いだ。
「この匂い――間違いないわ! やだーこんなに可愛いなんて!」
「ああああの!」
「うふふ、いいもの見つけた!」
動揺したアルトが声を上げたが、女性はアルトを抱き締めたままだ。どうやら人の話を聞かない性格らしい。
見かねたディルが仲裁に入った。
「ジーナ、そろそろうちの若いのを離してやってくれないか?」
「あら? ディル様じゃないの。いつからいたの?」
アルトを抱き締めたまま、ジーナと呼ばれた女性がディルを振り返る。
「初めからな」
「そ。まあどうでもいいわ。あなたがアルトね?」
早々にディルを切り捨ててアルトに向き合う。どうやら自由な性格らしい。
勢いに押され、アルトは再び謝罪の言葉を口にした。
「はいぃ、ぶつかってすみません」
「いいのよ。本当に気にしないで。そんなことよりも会えてよかったわ」
「あの、どうして僕のことを……?」
気になって問いかけると、再びジーナが目を輝かせた。
「僕!?」
「ひっ!」
「やだー! 可愛いー!!」
再びジーナの腕の中に戻ることになり、アルトは助けを求めるようにディルを見た。しかし彼からは憐みの目を向けられるだけで、止めてはもらえない。確かに邪魔をすると後が怖い気もするが。
「あー、アルト。彼女はレジーナ。皆ジーナと呼んでいる。彼女はこの街の――」
止めも出来ず、ディルがジーナの紹介を始めた。
レジーナは確か古い言葉で女王を意味する。ジーナの雰囲気にぴったりだとアルトが考えていた時、聞いた事のある声が響いた。
「姉さん!?」
ジーナがアルトごと声のする方に振り向くと、カイルが唖然とした表情で立っていた。
間違いなく血の繋がった姉に、アルトが抱き潰されて引き摺られる姿を見て、カイルは頭痛を堪えるように額に手を当てる。
「何やってるの……」
「可愛いものは愛でるのが私の主義よ」
「趣味でしょ、もう……。そろそろ離してあげてよ。――アルト君、姉がごめんね」
「いえ――」
カイルの取り成しによってようやく解放されたアルトは、ふらふらとしながらジーナから離れた。
「綺麗なお姉さんですね……」
ぽつりと呟いた瞬間、ディルに腕を引かれた。
何事かと見ると、ジーナが飛びつこうとアルトに向かて腕を伸ばしていた。どうやらまた巨乳に潰されるところだったらしい。
「アルト君、迂闊に発言しちゃだめ」
カイルが厳しい顔でアルトに注意する。
「なによぉ、私に会わせたかったんでしょ?」
「そうだよ……。こうなることは分かってた。分かってたけど、いい大人なんだから落ち着いてよ」
ジーナが邪魔をされて不満げにする様子に、カイルは頭を抱えて訴えた。
「もぉー分かったわよ。十分堪能できたし。えーっと、アルト君、ね。初めまして、カイルの姉のレジーナよ。この街ではまぁ、纏め役をしているわ」
「えっ」
本人は肩書が苦手なのか通称で暈かしたが、街の役職の中で一番偉い存在だ。こんな風に出歩いていて大丈夫なのだろうか。
アルトの驚きをよそに、ジーナが続ける。
「あなたのことはカイルから聞いてるわ」
ちらり、とディルを見て、アルトの耳に顔を寄せる。
「男じゃ頼りにならない所で力になるようにって」
「えぇっ」
更なる驚きに、アルトは思わずカイルを見た。
ディルには聞き取れなかっただろうが、カイルには聞こえただろう。少し気まずそうに視線を逸らしている。
「お詫び、みたいなものかな。今更だけど」
恐らく、アルトを追い出そうと考えていた時のことを言っているのだろう。
「そんな、あの事はもう終わりにって言ったじゃないですか! カイルさんが仲間思いで――」
「ちょ、何言って……!」
驚いて否定すると、カイルが焦ってアルトの言葉を遮った。ジーナはカイル目元が僅かに朱に染まっている事に目敏く気付き、口許に弧を描いた。
「あらぁ、いい子ねぇ。こーんな可愛くて頑張ってる子を蔑ろにするなんて、お姉さんは悲しいわ。大体、有能なら文句言わずにやりなさいよ」
「……すみません」
ジーナの言葉に、カイルは顔を逸らした。その様子にふんっと鼻息を鳴らし、ジーナは再びアルトに向き直った。
「というわけで、何かあったら私に相談してくれたらいいわ。あと、こんなことでうちのカイルを許さなくていいからね」
「いえっ、ですから」
「……いいんだ、アルト君。こんな姉でも役に立てるといいんだけど」
「その……申し訳ないくらいです」
二人が折れる気がないので、アルトが折れるしかない。曖昧な返答で誤魔化したが、ジーナは満足したように頷いた。
「目的は達したでしょ、仕事に戻ったら?」
「はいはい、分かってるわよ。じゃあアルト君」
追い返しにかかるカイルに、ジーナは煩そうに手を振った。そして再びアルトに近づき耳打ちをする。
「こんな木偶の坊が一緒じゃ本当に欲しいものなんて買えないでしょ。見繕ってカイルに持たせるから、受け取ってね」
「そっ―――」
「えい、最後の一回!」
本日何度目かの遠慮のために口を開こうとすると、ジーナがぎゅっとアルトを抱き締めた。
胸に埋もれたアルトは言葉を詰まらせる。
「今度着せ替えさせてね!」
アルトを解放すると同時に、そう言い残して風のように去って行った。
「相変わらず嵐みたいなやつだな……」
「原動力が趣味な分、ちょっと暴走しがちで……」
嵐という表現にアルトはつくづくその通りだと思った。カイルも遠い目をしている。
「それにしてもアルト、カイルと何かあったか?」
ディルは自身が知らない所で問題があったのかと思い、何気なく尋ねた。いつものアルトであれば、聞かれたことはそれこそ犬のように元気よく答えるか、動揺して分かり易い嘘をつくかのどちらかだ。
内容的にもしかすると後者になるかと思っていたのだが、アルトの返した答えはどちらでもなかった。
「あぁ、内緒です。カイルさんとの秘密ですから」
「――え」
アルトがディルにはっきりと内緒だと言ったのは、初めてのことだった。
何よりディルは、アルトが自分ではない誰かと秘密を作ったことに少なからず衝撃を受け、そんな自分自身にまた驚いた。
何となく飼い犬が他人に懐いたような気分になって、犬扱いしたことを心の中でアルトに詫びた。
一方、カイルもアルトの言葉に驚いていた。アルトが告げ口をするような性格ではないことは分かるため、どうせ下手な誤魔化しをするだろうと思っていたからだ。
そんなカイルに、アルトは内緒ですよ、と口許に人差し指を当てて微笑みかけた。
普段であればディルを弄るくらいするのだが、なぜかアルトから目が離せず、カイルはディルと2人して固まってしまった。
ジーナが残っていたら、存分に貶してくれただろう。
お読みいただきありがとうございます。
お姉さま襲来。
団長がオカマにならなかった理由でもあったりする。




