25.街へ
「お休み、ですか?」
「あぁ。休みだ。俺に合わせて取ってもらうことになった」
砦には外勤務、内勤務、夜勤の3種類があり、それぞれ一定期間続けて行う。そのあとに纏まった休みが与えられるのだ。
「でも僕、夜勤後のディル様と違って、毎日訓練させてもらってるだけで、まだ何にもお仕事してないですよ?」
「今年の新人達に聞かせてやりたいくらいだ」
訓練だけと言うアルトに、ディルは笑って返した。
常に身体を維持しなければならない騎士にとって、訓練も必要な仕事のひとつだ。
毎年決まった時期に就任する新人の隊員は、砦に入るとまず最初のふた月を訓練に当てられる。対人訓練が主な中央と違い、魔物の特徴と戦い方を教えこまれるのだ。
見張りでは訓練程激しい動きはせず、外回りでは魔物に出会わなければ見回りだけで終わる。訓練が続くというのは肉体的な疲労が大きいのだ。実際に今年の新人隊員も先輩の隊員について見張りや外回りを始めた時は大いに喜んだ。
「僕はお願いして訓練に参加させてもらってますし」
食い下がるような発言を繰り返すアルトに、ディルは仕方ないと最終兵器を持ち出す。
「これはヴィラン団長とルイツ副長の命令だぞ」
「分かりました!」
アルトはぴしっと背筋を伸ばして返事をした。それを見て、ディルは複雑な気持ちになる。上司の命令を聞くことは、砦の隊員として大切なことだ。アルトがそれに馴染んできたことを嬉しく思うが、一方でディル自身も彼の上司であることに変わりはない。それに一番にアルトを見つけたのはディルだ。
「……二人の言うことはすぐ聞く……」
「? 何か言いましたか?」
「何でもない……」
「そうですか? うーん、それにしても何をしようかな。ディル様はお休みの時は何をされてるんですか?」
「俺か? そうだな……本を読むか、普段行けない街に出かけたりするかな。他の奴も街に行く奴は多いぞ。後は実……」
「じ?」
実家に帰ると言いかけて、ディルは言葉を止めた。アルトにはもう実家と呼べる居場所はない。
「実践に備えて好みの武具を探したりとかな」
「なるほど……」
アルトは何をしようかと真剣に考え込み始めた。
それを見て、ディルはもう一つの時間の使い方を教えた。
「ゆっくり眠ったりはしなくても良いのか? 朝早く起きなくてもいいんだぞ」
「む、魅力的な提案ですね。でも朝眠っちゃうとどうしても夜型に引き摺られやすくなるので、お休みが終わると大変だと思います。どうせなら早く寝ようかな」
「真面目だな」
ディルはぐしゃぐしゃとアルトの髪を掻き混ぜた。
「それなら俺と街へ行かないか?」
「街……」
「行ったことはないか?」
「ない、です」
「じゃあ行こう。明日は朝食を摂ってから、えー、荷車で行くか」
「す、すみません」
狼をもう一つの本性にするアルトは、馬に怯えられて上手く乗ることができない。獣姿になれば街など四半刻で行けるが、人間姿に変じるときに人目が問題になる。結果、馬に引かせた荷台に乗って、なるべく大人しくしているしかない。
「謝ることはない。街で色々買えば荷台が必要になるし、ちょうどいいだろ」
「……ありがとうございます」
翌朝、アルトはいつもより少し遅い時間にディルの部屋の前で待っていた。
朝食を摂ってから砦を出発し、アルトは荷台で空を眺めながら街までの道のりを過ごした。ディルが御者をしているのに、アルトが何もしないでいることは非常に辛かったが、こればかりはどうしようもない。ディルには出来ない、音や匂いで周囲を探ることで、役立とうと考えた。
街に着くと、入り口では検問が行なわれていた。荷台は空であるし、ディルが係の者に身分証を見せるとすぐに中に通された。砦の隊員は最も近くにあるこの街をよく利用するため、顔は覚えられているのだが、いつも必ず確認されるのだとディルが話す。
アルトは凄いなあというくらいの感想しか持てなかったが、ディル自身は管理者の有能さを改めて感じた。慣れが出る状況でも規則が遵守できるのは、街を纏める者がきちんとしているからだ。
「うわぁ……!」
門をくぐって街へ入った瞬間、アルトは感嘆の声を漏らした。
大通りは馬車も通れるように広くつくられ、石畳で舗装されている。そのまま進むと、街の大通りへとつながっていた。商いをしている建物が多いのか、軒先からは店ごとに様々な形の旗が吊られ、風に揺られて街を賑やかに彩っている。煉瓦や石造りの建物でも、道端や窓際に花が植えられており、厳めしい印象の砦とは違って華やかだ。
アルトの心は浮き立ち、きょろきょろと忙しなく辺りに目を向けた。
そんなアルトの様子にディルは苦笑し、声を掛けた。
「先に昼食を摂ってから、街を回ってみよう」
休みの隊員がよく使う宿に馬を預け、ディルの案内で彼がよく行くという食堂に向かう。
時刻はお昼過ぎで、辺りにはいろいろな食べ物の匂いが漂っていた。
「ここの食堂は、うちの砦にいる調理班員の実家でな」
そう言ってディルが扉を開けると、中から威勢のいい声が掛けられ、店員がアルト達を歓迎した。金髪の少女に席へと案内され、椅子に座ったディルが彼女に迷わず注文を行った。
微笑んで頷いた彼女は奥へと去っていく。
「今の子……」
「ああ、獣族だ。調理班のヒースの妹で兎になるはずだ」
成程、彼の実家だったのかとアルトは納得した。
調理班は砦に住む者の食事を作る専門班の一つで、そこに属する唯一の獣族がヒースだ。年はディルより少し上だったはずだと思い出す。アルトが挨拶をした時、金髪で物語に出てくる王子様のような容姿に対し、粗野な言動が印象的だった。
その妹となると、まるでお姫様の様に可愛らしい。それも兄とは違ってふんわりとした雰囲気で女の子らしさがある。
「可愛い子ですね」
恐らく年はアルトと変わらないくらいだ。同年代でかつ女性の獣族にアルトは興味を持つ。
素直な感想を漏らすと、ディルが面白そうな顔をして忠告してきた。
「あの子は砦の隊員の間でも人気だからな。敵が多いぞアルト。何よりヒースを倒せないと無理だ」
そういう意味ではなかったのだが、ディルの言っている事には納得できる。
「ディル様も好きですか?」
「ごふっ」
何気なく聞いただけだったのだが、水を飲もうとしていたディルが噎せた。
「そんなに動揺しなくても……」
「違う!」
「そんなに否定しなくても……」
「だから誤解だっ。俺はああいうふんわりした感じの子より、元気のある子の方、が……」
そう言って、ディルはアルトを見たまま止まる。言葉を止めたディルの代わりに、アルトが言いたかったであろう内容を続けた。
「好きなんですね」
「そ、そうだな……」
視線を逸らしたディルに、アルトは首を傾げつつもほっとした。
(…………あれ? なんでほっとしたんだろう?)
疑問に思いつつ、アルトは獣族の少女に目を向けた。
「……この街はいいところなんですね」
獣族の里出身のライカは、彼らからすれば裏切り者だった。
そのため追手が余計にしつこく今のアルトが出来上がった訳だが、そういった事情がなく、比較的治安の良い町でも獣族が誘拐されることはあるのだ。過激な思考をする里がそれを依頼していることすらある。獣族の女性が気楽に暮らしていける街は貴重だ。
クレストやライカと旅をしながら転々とするのは嫌ではなかった。アルトにとって、二人がいればそれで幸せだったからだ。
でも、と思う。
人の目が少ないからと辺境の村などを選ばず、もっと早くこの街に住んでいたなら。
(あれ……? そしたら村は……)
よぎった仮定の話に、アルトは考えに沈みかける。
料理を運ぶ店員の明るい声が、その思考を中断させた。




