24.医務室にて
目隠しの中に入り、アルトは人型に戻った。
首を捻ってヴィランの武器が当たった部分を見ると、うっすらと赤くなってきているのが見えた。触れると熱感があり、じんじんと痛むが、触れると更に鈍く痛んだ。
これは腫れるなと思いながら、アルトは隊服を着直し外に出る。
ヴィランがいつも通り待ってくれており、アルトが出てくると目隠しを解体して肩に担いだ。
かなりの力持ちだ。
アルトは匂いには自信があるが、それでも自慢の鼻を疑いたくなるほど、ヴィランは人間離れしている。
砦まで一緒に戻ると、また明日な、とアルトの頭を撫で、ヴィランは執務棟へと去って行った。
アルトは冷やしておけば何とかなるかとも思ったが、彼に言われた通りに医務室に向かうことにした。
気になっていることもあったため、丁度良かったのだ。
訓練場で演習をしている隊員達を横目に見ながら、アルトは医務室がある執務棟へと向かった。
「すみません」
アルトが医務室の扉を開けて声をかけると、作業していた数人の班員のうち、すぐに強面の男が出てきた。以前挨拶した時にアルトを持ち上げて体重を測った、医療班班長のノーティスだ。
アルトは何故、と思い僅かに身を引いた。班長であればそれらしく座って管理業務等に精を出して欲しい。
元々医療班とは思えないほど怖い顔をしているのに、近づいてきた彼は眉間に皺を寄せてアルトを睨み、怖さが数段上がっていた。
「どうした」
地を這うような低い声に、すみません何でもありませんと引き返したくなる。しかしノーティスは目敏くアルトのぎこちない動きに気付いた。
「怪我か?」
「か、肩の打ち身で……多分」
ノーティスの眉間の皺がわずかに深くなる。
「多分?」
「……団長が、相手だったので」
さっとノーティスの顔色が変わった。
「腕は動くか?」
「はい」
答えてアルトは腕を動かした。鈍く痛むが動かせないほどではなく、ぐるぐると腕を回して見せる。
その様子にノーティスは更に顔をしかめ、アルトの腕を止めた。
「あまり動かすな。まず脱――……。冷やすぞ」
ノーティスが言いかけた言葉が聞き取れず、アルトは首を傾げた。すぐに言い直された言葉は違う様な気がしたが、冷やす必要性は感じていたので頷いた。
「用意する。カイル」
別の班員の名を呼びながら、ノーティスは奥へと戻っていく。入れ替わりに、呼ばれた人物がアルトの前に現れた。
「やあ、こんにちは」
初めて会った時と同じように、穏やかにカイルが声をかけてきた。
先程草陰にいた時と同じ、薬と、同族の匂いを纏わせて。
カイルがアルトを案内したのは医務室の奥の方、カーテンがある寝台だった。
促されて寝台の脇の椅子に座ると、後から来た班長が無言で氷嚢を置き、カーテンを引いて去っていった。
訓練でも怪我しないことを大事にしているだけあって、今のところ医務室には誰もいない。しかし誰かが来た時、カーテンがなければすぐにアルトの姿が目に入るだろう。
肩という、ある程度露出が必要な部位の負傷でこの対応を受けるということは、恐らく医療班の者はアルトの性別に気付いている。広まっていないのは、ルイツが口留めをしたからなのかもしれない。
アルトは度々申し訳ないなと思いながら、カイルにも謝罪する。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「怪我をすることと、迷惑をかけることは違うけど。まぁ、気にしないで。これくらい、まだ加減がきちんとできない新人同士とかではよくあることだから。じゃ、ちょっと肩を診せてもらうね」
「はい」
どうせ性別は知られているだろう。そう思ってアルトは隊服の上着を脱いで、中のシャツの釦を外した。一番下は晒を巻いてあるのですべて脱いでしまっても問題ないが、一応片袖だけ脱いで患部である肩を露出する。見れば先程よりも赤みが増してきているようだった。
迷いなく肌を晒すアルトに、カイルが少し驚いたように目を丸くする。
「……結構簡単に脱ぐね?」
「これから診ていただこうというのに、どうして躊躇う必要があるんでしょう?」
「だってここは男ばかりでしょ。君以外はさ」
そう言いながら、カイルがアルトの肩に手を伸ばした。やはり気づいていたらしい。
「そうですが、――っ」
答えようとして、触れられた肩が鈍く痛んでアルトは言葉を止めた。
触って熱感や腫脹の具合を見始めたので、もしかすると話すなということかと思い、そのまま大人しく口を閉じる。
もし仮にそうだとすると、口で言わない辺り、カイルはいい性格をしているようだ。
男性の中では線の細いカイルでも、肩に触れる手はやはりアルトよりも大きい。改めてそんなことを実感しながらぼんやりとしていると、診察を終えたらしいカイルが今度は氷嚢を当て、続きを促した。
「ですが――何?」
冷たさに一瞬ぴくりと体が震えたが、熱を持った肩には丁度よく、アルトは口を開く。
「―――信じないと、信じてもらえませんから」
これは、クレストやライカが村へ移住する時にいつも言っていたことだ。
警戒は大事だが、こちらからの歩み寄りがなければ、いつまで経っても相手には受け入れてはもらえない。
「……それで、信じてみて失敗したらどうするの?」
そう尋ねるカイルは揺れているようだった。
アルトはカイルと出会った時を思い出す。よろしくと挨拶したディルとアルトに対し、彼は一切受け入れる発言を行わなかった。
しかしその拒絶も今は揺らぎ、アルトが本当はどんな人か見極めようとしているのを感じる。会った時のようにおざなりではなく、きちんと向き合おうとしてくれているのだ。
どこかでカイルが信じてもいいと思わせることが出来ていたのだろうか。
なら、きっと心に届くのはあと少し。
だから答える。
「そのときは逃げるしかないですね。……でも、ここは仕事に熱心で信じられる人が多いですから。――――カイルさん、あなたのように」
アルトが顔を向けて微笑むと、カイルは逃げるように視線を逸らした。
「何を根拠に……」
「カイルさん心配だったんですよね。僕が頼りないから、砦の皆が怪我しないかって。安心してもらいたかったのに、まさかの怪我するところを見られちゃいました」
アルト自身がとにかく嫌いで拒絶していたのだと言われるとかなり辛いが、こうして話そうとする様子に違うと分かった。ならば、カイルはアルトを嫌いなのではなく、アルトが居ることに不都合を感じているのだ。
「――――馬鹿だなぁ」
ぽつりとこぼしたカイルの声は、どこか自嘲しているような響きを含んでいた。
不意にカイルがアルトに氷嚢を預けて立ち上がる。そのままカーテンをくぐって出ていくと、暫くしてから軟膏と布、そして包帯を持って戻ってきた。
「後は湿布をしておくね」
「はい。ありがとうございます」
カイルが布に軟膏を塗り広げ、アルトの腫れた肩に当てた。その上から湿布を固定するために包帯を巻きながら、カイルが少しずつ話し始めた。
「……しょっちゅう怪我したり、泣き言を言って他の隊員たちの負担になるようなら追い出しちゃおうと思ってたよ。……砦にとって、君がどんな存在であったとしても」
カイルの本音が零れる。それが過去形で語られていることに、アルトはちゃんと気づいた。
ルイツの言っていた通り、リッツの様にアルトを信用できない隊員は必ずいる。でも、リッツと打ち解けた経験が、アルトの行動次第でそれは変えられるのだと教えてくれた。
アルトはカイルの言葉の続きを待つ。
「それなのに、君は全然医務室に来ないし、新人隊員達とは仲良くなっちゃうし。――もういいかって思った。……まぁ、僕が偉そうに言うことじゃないけどね」
そう言ってカイルはきまりが悪そうに笑った。
「いいえ、とても……。とても、嬉しいです」
誰かに認められることは、こうも嬉しいものなのだと思う。焦燥感に駆られて強くなろうと思うのとは違う。自然に、頑張ろうと思える力をくれる。
花が綻ぶようにそっと微笑むアルトを見て、カイルは暫し固まった。
「…………君さ、あんまり笑わない方がいいよ」
「はい?」
アルトが聞き返すと、カイルは首を振った。
「……何でもない。罅とかは入ってないはずだけど、痛みが引かなかったり強くなるようなら教えて。一応、暫く安静に。それからこれ、明日もするから。……僕のせいで負傷したようなものだしさ」
カイルが溜息をついて、少し申し訳なさそうな顔をする。しかしその機会を利用したアルトとしては、気まずくなって視線を逸らした。
後悔を感じているらしいカイルに、黙ってもいられず正直に口を開く。
「…………実は、気づいてました……」
「え? でも気づいてなかったから、団長の気が逸れて、あんなほぼ本気の攻撃が入っちゃったんでしょ?」
今更気を遣わなくてもいいというカイルに、アルトは首を振った。
「団長は、そうです。……僕はそれで気が逸れてくれたら、好機かなぁ……なんて」
ヴィランの気が逸れて攻撃できればよし、攻撃に至らなくても多少でも鉄壁の警戒体勢が崩れればと考えていた。彼の本気の反応速度は予想外だが、あのヴィラン相手に一度も無傷という方が難しいだろう。
「……そういえば団長は反応したのに、君はこっちを気にしなかったね」
「……」
明後日の方向を向いたまま黙り込んだアルトを見て、カイルは暫し呆然とし次いで脱力した。
「…………ああもう、ほんと。色々気にしてたのが馬鹿みたい」
その様子を見て、アルトは困ったような顔をした。
カイルは追い出そうと考えていただけで、まだ何かを実行したわけではないだろう。その考えも砦の隊員達を守るため、そしてある意味ではアルトのためだ。それなのに、こちらが思う以上に気にしている彼に、どうすればいいか悩む。
その時不意にあることを思いついた。
「そうだ、カイルさん。僕が怪我するかもって分かって飛び込んで、今こうして迷惑をかけてることと、カイルさんが追い出してやろうと考えてたこと。これで相殺にしませんか?」
「…………は?」
突然の提案に、カイルが半眼になった。
「う、やっぱり駄目ですよね……」
対人技術の低いアルトが、駆け引きが上手であるはずがない。自分が提示した内容が等価なのかも不明なのに、つい言ってしまった。放った言葉は今更戻らず、アルトは気まずい思いをしながら相手の反応を窺う。
案の定、カイルはこれ見よがしに溜息をつき、とても綺麗に微笑んだ。
「そうだね。僕たちが馬鹿みたいなことで謝り合ってるってことは分かったよ」
「馬鹿……」
衝撃を受けるアルトに、カイルは堪え切れなかったのか噴き出した。
「ふっ、変な顔」
「変……」
「……そっちの方がいいや。面白かったからその提案に乗ってあげる。これからよろしく、アルト君」
カイルが初めて、アルトの名前を呼ぶ。
そうして浮かべた笑みは、今までの作ったようなものではなく、魅力的な笑顔だった。
お読みいただき感謝です。
これにて特訓の回はおしまいです。
まずい、どうやって氷作ったんだろう。




