23.やりました
本日のヴィランの獲物は再び長剣だった。
接近戦を基本とする武器だと、懐に入るのが難しい。リッツから提案された作戦は、近づいて攻撃させ、それが外れた隙を狙うというものだ。ヴィランが剣を両手で振った瞬間を狙えれば、何とかなるかもしれない。アルトが早いか、ヴィランの切返しが早いかという領域になる。
アルトがそう考えていると、魔物の森の方向にある茂みから、いつもはない匂いが流れてくることに気付いた。気配だけで察するには遠く、匂いも狼の姿だからこそ感じられたのだろう。ヴィランは気づいていないようだ。
暫く様子を窺っていたが、何の動きもないため、理由があってそこにいるのだろうと思いアルトも気にしないことにした。
気を取り直して、目の前の課題に目を向ける。
防御ではなく攻撃させる方法を考えながら、アルトはヴィランの周りを巡る。リッツは細身なので、体重を掛けられるのが羨ましいと言っていたことを思い出す。
一考し、アルトはヴィランに向かって走り、飛び掛かる。当然ヴィランは防御し、剣の腹でアルトを受け止めた。昨日までは振り払われる前にすぐに身を翻すようにしていたところを、今日はヴィランを蹴り飛ばす勢いでぐっと体重をかけ、距離をとるようにした。どのみち攻撃は全て受け止められるのだ。昨日までと同じことをしていても埒が明かないので、一度やり方を変えてみることにした。
何度も跳び付いて重さによる負荷を与え、時にはさらに力を加えて防御を崩そうと試みる。
「なんだ、今日は体力を削る作戦か?」
自分で鍛えていると豪語するだけあって、どれだけ負荷をかけてみてもヴィランはリッツの様に簡単に息を切らすことはない。ヴィランが上手く勘違いしたところで、アルトは攻め方を変更した。
(――重い攻撃を何度かして、素早くて軽いのに変えてみる)
アルトがヴィランの腕を押して離れ、着地するとすぐに足に咬み付こうと地面を蹴る。迫ったアルトにヴィランが飛び退きながら剣を薙ぐ。アルトは攻撃が当たる前に避け、武器を薙いだまま引き寄せられていないヴィランに、再び跳び付かかった。
ヴィランが武器に慣れさせなかったように、アルトも攻撃に強弱をつけて相手の一瞬の判断を鈍らせようと考えたのだ。
アルトの鋭い爪がヴィランの体に届く――というところで、ヴィランは片手を剣から離し片腕でアルトの攻撃を庇った。アルトがかけた重さに、ヴィランの足が一歩後ろへ下がる。
にやりと笑ったヴィランの動きは、次第に待つものから追うものへと変わってきている。アルトは彼がこの一戦に調子づいてきていることを察した。
(――そうか。相手が自分の思いどおり動くようにすればいいんだ)
自分が力を発揮しやすいように、相手を自分の領域に引き摺り込む。力や速さにものを言わせるのではない戦い方に気付いた。
にやりと笑ったアルトが再びヴィランに向かって駆け、彼が剣を構えた時。
それまで動かなかった気配が動いた。
突然のことに、ヴィランが思わず反応する。その隙を、アルトは見逃さなかった。
「っ!」
襲い来る敵にヴィランの体が勝手に動き、加減を忘れて剣を薙ぐ。
アルトは辛うじて身を捻ったが、彼の本気の速度に、回避しきれなかった攻撃が肩に入った。一瞬腕がびりっと痺れ、姿勢を崩したアルトは上手く着地姿勢をとることができず、地面を転がった。
倒れたアルトに、ヴィランが慌てて駆け寄る。
「すまんっ、アル――」
ヴィランが声を掛けながら屈もうとした瞬間、アルトは跳ね起きその肩に飛び付いた。
「…………とまぁ、こんな風に、一瞬の隙が物をいう」
アルトが予想外の動きを見せたことと、不安定な姿勢に力を加えられたことで、ヴィランは後ろ向きに倒れ込んだ。尻どころか背中を地につけ、諦めた彼はその姿勢のまま、アルトへの助言を呟いた。
そんなヴィランに伸し掛かり、アルトは尻尾を振って満足そうに笑って言った。
『ふふ、今日は運がよかったです。団長の武器もですし、何より気が逸れることがなければこうはいかなかったでしょうから』
隙が出来たのは全くの運だった。
それにヴィランの本気の反応速度を回避しきれなかったにも関わらず、この程度で済んだのは、彼が獲物の刃を潰していたからだ。そうでなければ重傷を負っていただろう。
とはいえ、ヴィランの勢いが強すぎて、アルトの方も身を捻らなければ肋骨が折れていたかもしれないが。
「機会を逃さないのも大事なことだ。それに、負傷してからの立ち直りが早い。お前がそんなに打たれ強いとは思わなかったぞ」
『えへ。今日は隊長の負けでもいいですか?』
「分かった分かった。負けられてやるよ」
アルトはその言葉を聞いて漸くヴィランの上から降り、上機嫌に尻尾を振って次の指示を待った。
起き上がったヴィランが、胸についたアルトの足跡を見ながらぼやく。
「全く、すぐに言質をとろうとしてくるところ、ルイツに似てきたんじゃないか?」
『本当ですか? 嬉しいです』
アルトが尻尾を振って言うと、ヴィランが声を上げて笑った。
そうして気配の消えた草陰に目を向けた。
「ったく。それにしても、お前気づいてたんだな。気配に鋭いっていうのは伊達じゃないな」
何に、とは言わなかったが、言わんとしていることは分かった。
『ええと、せっかくのお言葉ですが……気配というよりは、匂いに頼る距離でした』
「成程。それも一つの武器だな。ちなみに、誰か分かったのか?」
『えーっと……』
アルトは言うべきか悩んだ。あの人の勤務体制がわからないが、さぼりだと思われたら困るだろう。
『……分からなかったです』
結局そう答えると、ヴィランが噴き出した。
「お前っ、嘘つくの下手だな! ……まあいい。俺はルイツ程細かくない。誰にでも分かっていても休みたいときはあるもんだ。それはそうと、本当にすまんな。折れてないか? 怪我の具合を医務室で診てもらってくれ」
『自分で作った傷みたいなものですし、動くので大丈夫だと思いますが……』
「いや、行ってこい。なるべく痕が残らないようにしろよ」
アルトの性別を知って、父親のような忠告をしてくれるヴィランに少し笑った。
お読みいただきありがとうございます。
この話が出来上がるまでにアルト君が何度か重傷を負いました。
強いよ団長……




