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特殊砦で頑張りたい  作者: やなぎ いつみ
手強い相手と不器用な承認
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21.団長との訓練

 一日の訓練が終わった後、アルトはいつも通りにディルと共に引継ぎへ向かっていた。


「俺は明日から夜勤なんだ。代わりに、交代で内勤務になる第二隊の隊長か副隊長を頼ってくれ。隊長には引き継ぎで会えるから、挨拶しておこう」

「……そうなんですね。分かりました」


 勿論夜勤も他の勤務と同様に一定期間、連日続く。アルトがディルに会えるとすれば、夕方の引継ぎの際だけだろう。心細くはあるが、これは仕事だ。アルトのためにディルの仕事を滞らせるわけにはいかない。


「はじめに、常に一緒にはいられないって仰ってましたもんね、大丈夫です。……夜勤、頑張ってください」

「……くっ。やはりアルトと一緒に行動できるよう、もう一度相談すべきだった……」


 平静を保って言ったつもりだったのだが、アルトの様子を見たディルは何故か大層苦悩していた。




***




 翌朝、アルトはいつも通りの時間に目覚めた。

 ディルがいないのでもう少し遅く起きても良かったのだが、目が覚めたものは仕方がない。いつも通り着替え、朝食へと向かった。

 ここ数日はいつもディルと一緒だったため、一人きりでまともな食事するのは村を出て以降、初めてかもしれない。アルトは何となく気落ちしている自分に気付き、こんなことで情けない、と沈む気持ちを振り払った。

 その時、後ろから誰かの声が掛かる。


「アルト君……ですね?」

「はいっ」


 呼ばれて振り向くと、色素の薄い男性が少しぎこちなく微笑んで立っていた。匂いからして獣族だ。年はディルより少し上くらいだろうか。瞳は蒼く、髪の色は白に近い。アルトのような白銀ではなく、どちらかというと温かみのある、生成のような色だ。黒や茶色の髪が多い中、アルトと似たような薄い色彩は珍しい。

 アルトが驚いて見詰めていると、青年が手を差し出した。


「お互いあまり無い色をしていますよね。俺は第二隊副隊長のイスナ。今日からよろしくお願いします」

「あっ、アルトです! よろしくお願いします」


 慌ててアルトも挨拶を返し、イスナの手を握った。優しそうな人だと思ってアルトがほっとしていると、何故か彼も同じく少し体から力を抜いた。あれ、とアルトが首を傾げると、イスナは少し照れたように話し始める。


「……すみません。狼だというので、どうしても落ち着かなかったんです」

 

 どうやらイスナの獣型は馬や鹿といった草食系であるらしい。片方の姿が持つ本能に、どうしても逆らえない時がある。アルトが笑い返すと、イスナは良かった、と表情を緩めた。


「そうだ、アルト君はこれから朝食ですよね? 良かったら一緒に行きませんか?」


 そんなイスナの優しい提案に、アルトは一も二も無く頷いた。






 ディルが内勤務の時と同じく、アルトは第二隊の隊員達と共に基礎訓練と演習を行った。しかし以前までとは変わったことが一つあった。演習の際、手合わせの相手をあちこちから依頼されたことだ。

 嬉しい気持ちと共に身も足も軽くなり、ナイフを振るうアルトの手も滑らかに動いた。


「おいそこの猿! ちょっとは地面を歩くようにしろ!」

「アルト君、怖いから笑ってナイフを投げるのやめようか」

「す、すみません……」


 調子よく行動した結果、方々から苦情が上がった。

 イスナが穏やかにアルトを注意していると、突然大声が割り込んできた。


「お、やってるな!」


(――熊?)


 アルトは一瞬、服を着た熊と見間違えたが、近づいて来たのは人間だった。

 よく日に焼けた茶色い肌、濃い焦げ茶色の髪に髭。隊服は着ておらず、シャツ一枚で捲り上げた袖からは鍛え上げられた毛深い腕が伸びている。

 見間違えても仕方ないと、アルトは自分を許した。


「お前が見習いか!」


 するとその熊男は、今度はアルトに向かって吠えるように声に上げたかと思うと、不意に真っ直ぐ突進してきた。


(ひぇ……!?)


 アルトが逃げるべきか逡巡している間に、迫った相手が小さな体を担ぎ上げる。

 驚きに目を丸くしていると、彼はにかっと笑顔を向けてきた。


 ……悪い人間ではないらしい。

 誰だろう、とアルトが困惑していると、周囲からの警戒するような声で男の正体が判明した。


「ヴィ、ヴィラン団長……」


(――この人が、団長)


 隊員達の絡まれたくない相手第一位で、汚部屋の主。

 ヴィランと呼ばれた男の動きを見て、アルトは成程、と納得した。見た目で判断するのは良くないが、確かに細かい作業の苦手そうな人だ。


「ちっさいなぁ! よし、俺が訓練をつけてやる!」


 楽し気なヴィランの声に、周りの隊員達は顔を引き攣らせた。アルトに対し、可哀そうなものを見る目を向けている隊員もいる。


「ついでに一緒に相手して欲しい奴はいるか?」


 彼がぐるりと周囲を見渡して問うと、隊員達は一斉に首を横に振って答えた。


「いえ、団長はぜひその子を訓練してあげてください」

「団長直々にご指導いただけたら、アルトはもっと成長すると思います」

「期待してますね、団長! アルトをお願いします!」


 隊員達が全力で拒否――もといアルトの応援をした。


「……そうか? ならこいつだけ借りて行くぞ」


 隊員達の期待を受け、ヴィランはアルトを腕に抱えたまま歩き始めた。アルトが後ろを振り返ると、隊員達は一様に目を閉じ、手を胸に当てた礼の姿勢をとっていた。死地に赴く仲間を見送るような態度に、アルトは思わず顔を引き攣らせる。

 その間もヴィランの腕はぴくりともせず、アルトは為す術なくどこかへ運ばれていく。沈黙に耐え切れず、アルトは恐る恐る口を開いた。


「あの……団長さん、ですか?」

「そうだ。俺がこの砦の団長、ヴィランだ。話には聞いていたが、会うのは初めてだな」


 よろしくな、とヴィランは楽し気に返事をした。

 ルイツが騒がしい、と言っていた理由がよく分かる。動きも声も大きく、とにかくよく笑う人だ。

 緊張を緩めたアルトは、ヴィランにつられて少し笑った。


「はい、初めまして。アルトです。あの、僕も父からあなたのことを少し聞いたことがあります。すごく強い人だって」


 自然と昔の話をして、アルトは自分でも驚いた。心のどこかで避けていて、今まで話題に出すことはなかったからだ。次いで感じる胸の痛みに、ああやっぱり簡単には癒えないんだな、とディルの言葉を身に染みて理解した。


「そうか……。よく分かってると思うが、クレストは優しい奴でな。俺はがさつだから、中央ではあいつに面倒をかけたもんだ。お前は顔も性格も、クレストによく似てる。ライカは美人だが、かなりガツガツしててなぁ」

「……ふふ、そうですね」


 アルトの内心を知ってか知らずか、ヴィランは昔のことを話した。

 親しみのこもった声に、心が少し寂しくて、でも温かい。


「おう。それで、遅れたが今日から獣姿での訓練の相手をするぞ。支援はできるみたいだが、積極的に自ら行動できるようにした方が良いと聞いたが」

「その通りです……」

「落ち込む必要はないぞ。誰でも初めはできん。出来るようになるために訓練をするんだからな。着替え用に布を張っておいたからそこで脱ぐようにしてくれ」


 話をしている間に移動し、アルトが下ろされたのは砦の裏側、魔物の森に近い草原だった。ヴィランに指されて見ると、砦の壁に張り付くようにして木でできた何かがある。

 何か、と表現するのは、それを表す言葉が思いつかなかったからだ。

 丸太を三本組み合わせて人が入れるくらいの空間を作る。上から布をかぶせて止める。それでできたのがこれだろう。組み立てやすく、取り払いやすい。壊れやすいともいうが。ヴィランが作ったと言って納得できる、実に大雑把なものだった。

 しかし性別を気遣ってくれていることを考えれば、ここまでしてもらえるだけでも十分ありがたい。

 アルトは早速その目隠しに入って隊服を脱ぎ、狼姿を思い描いて意識を集中する。

 瞬く間にアルトの体は白銀の体毛に覆われた、狼の姿に変わった。


(――すごく久しぶりに、この姿になった気がする。人間姿もいいけど、やっぱりこっちも好きだなぁ……)


 布をくぐって外に出て、朝目覚めた時のように伸びをする。体に血が巡り、覚醒にアルトの心が浮き立った。


 (あー、駆けまわりたい!)


 尻尾を振って喜びを表現していると、ヴィランが笑った。


「楽しそうだな」

『はい! 団長さんのおかげです! ルイツ副長からは、人前でころころ獣姿に変わっちゃ駄目だって言われていたので』

「あー。あいつはああ見えて心配性なんだ。守れるものは全部守りたがってなぁ。悪気はないんだ」

『全然気にしてませんよ。むしろ僕が考え無しで、たくさんご迷惑をおかけしているので……。代わりに配慮して下さって、感謝しかありません』

「そっか」


 ヴィランがわしわしとアルトの頭を撫る。ディルよりも少し荒っぽいが、優しい手だ。


「そうだ、訓練の内容だが、俺に尻をつかせてみろ。膝でもいいぞ」

『え? それは、隊長を転倒させる……ってことですか?』

「まあ、そうだな」


 つまり、引っ張るか飛び掛かるかして、ヴィランを倒れさせないといけない。狼姿だとそれなりに大きいアルトでも、この熊に飛び掛かって倒れるか、疑問だ。散々追いかけ回させて、疲れさせて座らせるのも手だが、その作戦に乗ってくるとも思えない。

 うーん、とアルトが悩んでいると、始めるぞと声を掛けられた。そこからは、ヴィランは全く動く様子はなく、少し寛いだような姿勢で立っている。


(とりあえず……引っ張ってみようかな?)


 そう思ってアルトがヴィランに近づいた時。

 風が動く気配がして思わず飛び退くと、白刃がアルトの目の前を縦に走った。見ればヴィランが振った剣が地面にめり込んでおり、半端ない力であることが察せられる。

 というかよく折れないものだ。

 危うく叩き斬る――というよりは潰されるところだった。


「但し、近づくと攻撃するぞ」


 にやりと笑って言うヴィランに、アルトは初めから言ってほしいと心から思った。


「怪我させねぇから大丈夫だ。うちはいつでも魔物に対処できるように、訓練なんかで怪我して動けなくなってる場合じゃないからな」


 アルトがつい恨みがましい視線を送ると、ヴィランがからりと笑って言った。

 怪我をさせないと言われても、そんなことが信じられないくらい本気なので、全く信用できない。

 警戒して距離を置き、ヴィランの周囲を巡って隙を伺う。

 ヴィランは寛いで立っているように見えるのに、何故か手が出せない。誰かが居ればやりようもあるのだが、一対一でこのやり辛い相手に、どこから手を出すべきか悩んだ。

 これは確かに、アルト自身が主体となる訓練と言えるだろう。


 ぐるぐる巡っても埒が明かないので、背後からヴィランに向かって近づいてみる。接近に伴い、彼の意識がこちらに向けられるのを感じる。リッツと違って気配で動きを読んでおり、無駄な動きがなく体力の消耗も少ない。

 これは無理かなぁと分かっていながらも、跳び掛かった。

ヴィランはというと、アルトが跳び付く直前で振り向き、両腕を交差させてその攻撃を防いだ。長い爪も防具に阻まれ、彼を傷つけることは敵わない。アルトは仕方なく、ヴィランの腕を前脚で蹴って身を翻し、再び距離をとった。

 むむ、と睨むが打開策は見えてこない。

 結局その日は何も出来ずに終わってしまった。





お読みいただきありがとうございます。


暫く特訓のお話です。

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