20.団長と副長の話
各隊からの報告と引継ぎが済み、ルイツは副長室で書類と向き合っていた。
日の入りが早くなりはじめている。
暗い時間が長くなると、夜目の利かない人間には魔物の発見が難しい。そのため、日が沈むと近隣の村や街はできるだけ早くに灯りを消し、息を潜めて夜を過ごす。一方で、砦は火を焚き、隊員には魔物の森の素材から作った隊服を纏わせ、出来るだけ魔物を引き寄せる。
ルイツは常々砦に勤める騎士は生贄のようなものだと考えていた。それを使う立場にある自分は、きっと業が深いだろう。
溜息をついて、これからの時期に掛かる費用を算出した書類に判を押していると、久しぶりに感じた気配にルイツは顔を上げた。
ほどなくしてどかどかと煩い足音が聞こえ始め、次第に大きくなる。足音は止まることなく、突然副長室の扉が豪快に開かれた。
「ようルイツ! 今帰った!」
「見ればわかります」
「冷たいぞ、ルイツ。12日ぶりだろ」
「御無事でなによりです」
帰って早々から耳を塞ぎたくなるような騒々しさに、ルイツは横柄に返事をした。
すげなくされた相手――砦の団長であるヴィランはさして気にすることもなく、副長室の長椅子に寝そべった。この部屋にいるときの彼の定位置だ。
「どうでしたか?」
「元々本人たちが望んだことだ。家族も内心はどうあれ、俺には村を守れたのなら誇りに思うと言ってくれた」
何がとは聞かずとも、ヴィランには伝わる。
彼が今まで砦を離れていたのは、アルトがいた村に駐在していた隊員の実家を訪ねるためだ。場所によっては距離も遠く時間もかかるため、そういった報告で普通団長が出ることはないが、ヴィランはルイツの求めに応じて毎回自ら赴くようにしていた。実質砦を運営しているのがルイツだからという理由も大きい。
「そうですか……」
ヴィランの返答を聞き、発した声はルイツが自分で思ったよりも愁いを帯びていた。
それを聞き取ったヴィランは、また何か良くないことを考えていたなと察した。
本人は嫌うが、ヴィランからするとルイツの非情になれない優しさは美点だと感じる。弱い者の気持ちを汲むことが出来る力はヴィランにはないものだ。砦の隊員が亡くなるのは確かに悲しいが、ヴィランは先に進むためにある程度で割り切ってしまう。誰かしら振り返ってくれる人は必要だと思っていた。
そういう意味でもヴィランとルイツは釣り合いがとれている。
「何か変わったことはあったか? 例の子供は来たか?」
空気を変えようとヴィランが別の話題を振った。
村で起こったことと共に、ディルが帰還の最中に狼の獣族に声を掛けた報告は聞いていた。しかしヴィランはそれらの報告を聞いた後、すぐに砦を出ていたので結果は知らない。
「ええ。白銀の髪で穏やかな顔つきをしていて、あなたから聞いた通りだったのでクレスト殿の子供で間違いないかと。但し――女性ですが」
「…………は? 男じゃなかったか? クレストもそう言っていたはずだが」
ルイツが答えると、ヴィランはたっぷり一拍おいて疑問を返した。
「恐らく、里に対する対策でしょう」
「あぁ……ライカは里の出身だったからなぁ。――そうか、それでか」
「何がです?」
一人で納得しているヴィランに、ルイツは気になって詳細を求めた。
「クレストがあの村に住み始めてから暫くして、俺に会いに来たんだ。その時にジーナのいる街のことを聞かれた。獣族が纏め役になったいい街があるらしいなと。子どもが限界だからそこに定住しようか考えているとか言っていたが、そういう意味だったんだなと思ってな」
「まあこれからは確かに厳しいでしょうね。無自覚な言動が危なっかしいですが、今のところ周囲は男の子だと信じて疑っていないので助かります」
ルイツが同意すると、その後半に続いた言葉にヴィランが跳ね起きる。
「まさか、ここにいるのか!?」
「ええ。もちろん」
否定を返すことも言い訳をすることもなく、ルイツはあっさりと肯定した。悪びれないその様子にヴィランが苦い顔を向ける。
「……男所帯だぞ。よく許したな。間違いがあったらどうする」
「とりあえず今まで通り性別を隠してもらっています。部屋も我々の上の屋根裏。本人も弁えていますし、出来るところまでやらせてみようかと」
機嫌よく微笑む様子に、ヴィランが目を丸くした。
「ずいぶん気に入ったんだな」
「ふふ、本人があんな事を言わなければね。我々が負い目を持つといっても、女性ですから。ジーナの街に住んでもらえば何とかなるかと思っていたのですが、すっかり気が変わってしまいました。あの子が傷を癒せるくらいまで。それまではここでいてもいいんじゃないかって」
「あんな事?」
ヴィランに問われ、ルイツはアルトが砦に来た日のことを思い出す。
あんな事を臆面もなく言うなんて、面白い以外にない。
「――守りたいそうですよ。ディルの事を」
「それは、また……」
ただその必死さが気になる点でもあり、ルイツは懸念事項を伝えた。
「なにより今あの子からディルを取り上げたら、壊れてしまいそうだったもので」
アルトのディルへの執着は尋常ではない。
周囲は親鳥の後を追う雛のようだと微笑ましく見ているが、消化できていない思いをディルで埋めようと必死なのだろう。無邪気に振舞う一方でふとした瞬間に硝子のような目をする様子に不安定さを感じる。
それにアルトには拗らせている心配な事がもう一つある。本人は自覚していないだろうが、そちらの方は恐らくルイツ自身も責任の一端を担っているため、いつかきちんと直したいと考えていた。
「……その辺りの配慮は任せる。俺には向かない」
「言われなくても」
ルイツは微笑んで了承した。
「そういえば、クレストは訓練をしていると言っていたが、戦ったりは出来るのか?」
娘に教えるのであれば護身程度であろうと思ったが、ヴィランは念のためルイツに確認した。
「ええ。本人も強くなりたいと言っていたので、一度どこまで出来るのか見てみたのですが」
「結果は?」
「リッツを秒殺しました」
「クレスト……」
本人の性格や能力に差はあるが、仮にも戦うための訓練を4年半は受けてきた者を秒殺。ヴィランは自分の友人が、娘に対して何年かけて一体何を仕込んだのかと呆れた。
「腕力は弱いようですが、種族が狼で女性であることを考えると普通ですね。人間のリッツなどより遥かに気配に敏感なので、役に立ちますよ。本人の自己評価は低いですが」
「……楽しそうだな。いい玩具にされそうだ」
「とんでもない。本人は素直な頑張り屋さんなので可愛がっています。どちらかというとそれに振り回されている周りの隊員たちの方が……」
言葉を切ってルイツはにっこりと笑う。
「……程々にしろよ。お前の見立てにかなったのなら何でもいい。明日、その子供と訓練してやろう」
お久しぶりです。<(_ _)>
お読みいただきありがとうございます。
珍しい視点からでした。




