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2.魔物の襲撃

 鐘の音が止むと、次は村の喧噪がアルトの耳に届き始めた。

 一人残されて冷静になってくると、次は不安が膨らみ始める。

 加勢に行きたい気持ちはあるが、力不足の自分では存在自体が足手纏いになる可能性が高いと思うと足が動かなかった。


 今までにも何度か魔物が村付近に出たことはあったが、騎士達で討伐することが出来ていた。それにクレストとライカがいれば大丈夫だ。

 しばらく動けずにいたものの、アルトは自らに繰り返し大丈夫だと言い聞かせて不安を押し込め、ようやく動き始めた。



 森を抜け、村に近づくにつれて喧噪が大きくなる。

 魔物の襲撃に対抗するために高く作られた柵を巡り、一歩村に入ると人が慌ただしく行き交っていた。大きな荷物を背負っている人も多く、どうやら逃げ出す準備をしているようだ。

 今までの魔物の出現と違って泡を食ったような騒ぎに、アルトは衝撃を受けた。


(……何、が起きて……)


 呆然として動けずにいると、突然後ろから腕を引かれた。

 その力強さにはっとさせられ、アルトは勢いよく振り返る。そこにいたのは、アルトの隣の家に住んでいる女性だった。


「あぁ、アルト、探してたんだよ! ずっと前にご両親が村から飛び出していったのに、あんたは姿が見えなくて」


 彼女はアルトと目が合うなり、焦ったような表情で捲し立てた。


 人が良く、アルト達が村に来た時も何かと世話を焼いてくれた人だ。

 いつも朗らかな女性も、今は固い表情で不安と恐怖に満ちていた。


 荷物を抱え、逃げる準備をしていたようだが、アルトのことも探していたらしい。


「も、森に……あの、父様達は?」


 元々対人技術の低いアルトは、突然のことにつっかえながら返事するので一杯だった。


「まだ帰ってきてないよ。すまないね、置いていくような真似はしたくないんだが、駐在の騎士が白鳩を飛ばしたもんだから皆逃げようって……」

「白鳩っ!?」


 白鳩とは、砦の騎士に応援を要請するための手段である。


 魔物の森の周りは見通しを良くするために木々が刈られ、その周囲に一定の間隔で魔物の討伐を専門にする特殊砦が建てられていた。それぞれの砦から人間の足で最大二日の距離を当該砦の管轄範囲とし、この国では魔物の森に沿って五つ存在する。


 管轄範囲で最も遠い村には砦の騎士が二名駐在し、万が一村付近に魔物が出現すれば討伐を、自分達だけでは対応が困難だと判断した際には砦に応援を要請する役目を負う。その際に使われるのが白鳩だ。


 普通の鳩よりも賢く耳が良い彼らは、覚えた特定の音を追ってそこまで飛ぶことができるという特性を持つ。それを活かし、砦の騎士が管轄地を巡回する際には白鳩に覚えさせた鈴を持ち歩くようにしていた。白鳩が飛ばされた時、いち早く駆けつけるためだ。


 とはいえ応援の騎士が到着する時間を考えると、応援要請は次の町へ被害を出さないための対策でしかない。つまり白鳩は村の壊滅を意味していた。


 最悪の情報が信じられなくてアルトは思わず叫んだが、否定の言葉はどこからも返ってこない。居ても立っても居られず両親の下へ駆け出そうとすると、再び女性がアルトの腕を掴んで引き留めた。


「――っ!?」


 止められるとは思わずアルトが驚いて振り返ると、女性が焦った顔で声を上げた。


「待ちな! あんたも一緒に逃げるんだよ!」


(――逃げる? どうして?)

 

 焦りで女性の言うことに理解が追い付かない。

 今すぐにでも走って駆け付けたいのに、女性の手がそれを許さない。

 人間と獣族では力に大きな差がある。振りほどいて傷つけたくない。


「離して、下さい」


 アルトは喚いてその手を振りほどきたくなる衝動を押し殺し、女性から顔を逸らして俯いた。


「だめだ。クレストとライカに、何かあったらあんたも連れて逃げるように頼まれてるんだ! これ以上被害を増やさないでおくれ」


「――!」


 すでにクレストとライカのことを諦めている様子の女性に、かっと体が熱くなる。

 抑えたはずの感情が暴れ出した。


 両親を見捨てておいて、アルトを連れて行くなど信じられない。

 なぜ両親も共に逃げようと考えてくれないのだ。

 確かにクレストとライカは元騎士で守るための力がある。しかし今はもうただの村人のはずだ。

 皆が逃げている中で、なぜ両親だけがこの村の犠牲にならなくてはいけないのだ。

 

 アルトは理不尽な扱いに我慢できなくなり、今度こそ女性の腕を振りほどいて駆け出した。

 後ろから女性が何か叫んでいたが、アルトの耳には入らなかった。




***




 ひたすらに、村の真ん中を突き進む。

 アルトが走っていると、村の人達が荷物を背負って各々の家から出てくるのが目に入った。


 子供がはぐれない様にその手を繋ぐ母親、まだ幼い子供を背負う父親。

 荷物を持たない手を握り合う恋人同士。


 その姿に胸が苦しくなり、アルトは目を逸らして人々の流れとは逆に向かって走った。


 早く早くと急いでいると突然絶叫が辺りに響き渡り、アルトは思わず足を止めた。

 およそ生物の出す音としてはあり得ない、耳障りな声。

 走り回っていた村人達も動きを止め、何が起こったのかと互いに顔を見合わせていた。


「……ど、どうしたんだ?」

「わかんねぇ……」

「魔物が倒されたのか?」


 魔物が倒されたなら逃げなくてもいい。そうでなければ足を止めずに逃げなくてはいけない。状況が分からないが、確かめる術もなく村人たちは立ち止まってしまう。


 そんな中、我に返ったアルトは足踏みする村人の間を縫って駆け、裏口から村の外へと飛び出した。




***




 風が血臭を運び、アルトに血が流れたことを知らせた。

 匂いを辿って平原を見渡せば、魔物の森を背景に小さく黒い固まりが見え、恐らくあそこだろうと見当をつけた。


 アルトが駆け出そうとした瞬間、黒い固まりの一部がこちらに向かって動きはじめた。

 血の匂いが強すぎて、敵か味方か分からない。

 魔物の可能性を危惧し、アルトは足を止めた。


 もし魔物なら、両親や騎士はどうなっているのか。自分はどうしたらいいのか。


 どくどくとうるさく鼓動が響き、手足が冷たくなる。逃げるべきか逡巡していると、次第にその黒い固まりが大きくなり、アルトにとって馴染みの存在であることに気付いた。


「母様!!」 


 大きな黒狼に変じているときはいつもは軽やかに駆けてくるのに、今のライカは重そうに少し脚を引きずっている。

 アルトはライカに駆け寄り、その首に縋りついた。


「かぁさまぁ……」

『……あらぁ……捕まっちゃったわねぇ……』

 

 弱々しく返答するライカの体からは血が流れ、黒い毛並みを濡らしていた。触れたアルトの肌や服にも染み込んで、鮮やかな赤色に染め上げる。


「母様、大丈夫? こんなに血が……」

『……ごめん、ねぇ……ちょっと、へましちゃったぁ』


 いつもの軽口にも覇気がない。止め処なく滴る血が益々アルトを染め、その重さに震えた。


「は、早く家に帰ろう……? 手当しないと……。父様は……」

 

 ライカの首から手を放し、アルトが血臭の強く残る方向に目を向けようとすると、黒い身体に視界を覆われた。


『……行っちゃ、だめ。もう、終わったから……』


 ライカの表情はアルトには見えない。それでも良すぎる耳が、僅かな違いを聞きわける。


 母の声は、湿っていた。


 嫌だ。

 知りたくない。

 その理由を理解することを、アルトの頭が拒んでいる。

 信じたくなくて、答えが欲しいわけでもなく否定の言葉を繰り返す。


「……違うよね? 嘘だよね? 父様は……」


 そんなアルトに、ライカは何も答えず優しく頬を擦りつけた。その瞬間、アルトの目に映ったライカの悲しげな瞳に全てを理解した。

 して、しまった。


「――っ」


 全身から血が抜けたような感覚がして、目の前が真っ暗になる。

 ふらりと傾いだアルトの体をライカが支える。


『私も……。ううん、とにかく、帰りましょう……アルト』


 手足が冷たく、痺れている。自分のもののはずの感覚がどれも鈍く、ライカの声も遠かった。








ここまでお読み頂きありがとうございます。


暗い話が続きます。上向いてくるまでは毎日投稿させて頂きたいと思います。

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