12.まっさらな部屋とまっしろな服
医務室を出て、訓練場を横目に見ながら壁に沿って歩く。
所々に木々が植えられており、殺風景な砦内の雰囲気を和らげていた。
進んでは立ち止まり、ディルが砦内の建物について説明をしていく。
砦は国の中心に向かう北側が正面で、アルトが入ってきた正門がある。
一方、魔物の森のある南側は裏とし、裏門からの出入りも可能である。
正門を形作るのは整備棟であり、今アルトたちが出てきた執務棟と繋がっていた。
整備棟は備品の保管場所であり、個人所有以外の武器の手入れ、砦に必要な物品の修理や製造を行う、整備班の職場でもある。
執務棟と同様、砦全体を囲む壁の一部としての役目も持つ。
建物がない部分の壁は魔物の襲撃に備えて厚く造られ、ところどころに物見台が付けられている。
アルトが見上げてみると、見張りをしていた隊員もこちらを見ていたようで、慌てたように顔を逸らした。
嫌な物でも見たような対応に、アルトの気持ちが沈む。
(……こっそり見てるときに目が合うと、僕もよくやっちゃうけど……。されてみるとなんか、嫌だなぁ)
分かりやすく萎れたアルトに、笑い声が降ってきた。
「気にするな。あれは俺を見てのことだから」
「ディル様を?」
「見張るものを間違えているみたいだったからな。俺を見て本来の仕事を思い出したらしい」
そう言って再び笑ってから、ディルは思い出したようにアルトを振り返った。
「そうだ。今は訓練だけの内勤務だからいいが、今の隊員みたいに外勤務や夜勤となると、ほとんど一緒にいてやれないんだ。副長も言っていたが、俺がいない時は彼や各隊の隊長を頼るようにしてくれ」
「分かりました」
当然の内容にアルトが大人しく頷くと、ディルが申し訳なさそうな表情で頭を撫でた。
「悪いな。慣れないことも多くて不安だろうに」
優しすぎる言葉に、アルトはそんなに気を使わないで欲しいと首を振った。
「いいえ! 余程遠くなければディル様の匂いを感じられるので、安心です」
「…………誰かこの天然を止めてくれ」
心配させないように理由も述べたのだが、ディルは頭を抱えてしまった。
***
途中食堂にも寄って挨拶をし、外壁に沿ってさらに歩いて宿舎に向かった。
訓練場を挟んで、食堂の丁度向かい側、正門から入って左側に厩舎もあるとの事だったが、アルトはディルに頼んで案内を省略してもらった。
狼をもう一つの本性にもつアルトが向かうと、馬は反応せざるを得ない。
砦の大事な足にいらぬ負担を掛けられないとの言葉に、ディルは納得した。
また、食堂の隣には浴室があった。水を引いて火を入れたりと面倒ではあるが、一度誰かが始めてしまえば隊員達が群がるらしい。
しかしまさかその群れに混じるわけにもいかないので、アルトには縁のない話だ。
獣姿で川遊びをするか、部屋で体を拭くかしかないなと諦めた。
そして宿舎は二棟あり、アルトの部屋は団長、副長と第一隊、第二隊及び一部の専門班が暮らす棟にあるらしい。
広くとられた入り口から入ると、中は談話室になっていた。
簡単な調理台もあり、食堂の閉まっている夜間はここで小腹を満たすことも出来そうだ。
談話室の両側には数室のみ部屋があり、その前の廊下を歩いて階段へ向かう。
ディルは向かって左側へと足を向けた。
「階段は各棟2か所ずつあるが、屋上まで行くのはこちら側だけだ」
そう説明され、アルトはディルに続いて螺旋状になった階段を上り始めた。
各階には屋上の貯水槽から引いた洗面室があるが、雨水を浄化して使っているので節水するようにとディルが教えてくれた。
その他集団生活での留意点を聞きながら、階段を上がり続ける。
アルトは気にならないが、訓練や勤務の終わりにこの階段を上下するのは、確かに嫌がられるだろうなと感じた。
それにもう一つ、こういう場所では上の階だと大変なことがある。
「あと、緊急の鐘が鳴ったら全員訓練場に集合することになっている」
アルトの思考を読んだかのように、時機ぴったりなディルの説明に頷いた。
階が上がれば上がるほど、訓練場から遠くなる。
就寝している夜間などであれば着替えが必要になる上、階段も混む。
アルトはちらりと窓を見て、その大きさでは獣姿では通り抜けられないと判断した。
窓から飛び出すことが出来ないとなると、他の隊員と同様に階段を駆け下りるしかないと諦める。
「もうすぐ着くぞ、アルト。副長から聞いた通り、お前の部屋は屋上の倉庫を使う」
「はい。あ、確か最上階はルイツ副長やディル様がいる階ですよね?」
「ああ。基本最上階は一人部屋で、副隊長以上が使う」
「よかった。ディル様に近い部屋の方がいいです」
アルトが安心材料を集めて気持ちを和らげていると、再びディルが頭を抱えた。
「……何だろうか、ものすごく心配になってきた」
不安がるディルに首を傾げながら、階段を上りきる。
すると各階と同様右側に扉があったが、廊下は短く、すぐ正面の扉に行き当たる。
「こっちは屋上に出る方だ」
そう言ってディルが正面の扉を開けると、舞い込んだ風がアルトのひと房だけ長い横髪をさらった。
ディルに続いて屋上に出ると、アルトは眺めの良さに感嘆した。
砦内が一望でき、遥か遠くに小さく街も見える。
振り返れば壁の向こうに平原が広がり、魔物の森がある。
そちらは見渡す限り鬱蒼として、果てが見えない。
「壁より少し高いから、眺めが良くて息抜きに来たりするな。まあ、最上階が上官ばかりだから、若い隊員はほとんど見かけないが」
「気持ちいい場所ですね」
「だろう? それで、もう一つの扉がお前の部屋になる方だ。すまないな、片付けたのは良いんだが……」
屋上から戻り、ディルが歯切れ悪く言いながらもう一つの扉を開けた。
その中は――。
「……何もない」
大きさ的には各階の部屋と同じ大きさだろう。
一人部屋となると贅沢だが、室内は壁や床が露わで、何も置かれていない。
窓が2か所にあって明るさはあるが、いかんせん素材が剥き出しなので、部屋として使うには冷えるだろう。
「元々物置だったんだ。上の階の隊長や隊員達が処分に困った私物を放り込んだり……。なんせ廃棄が面倒臭かったものを押し込んでたんだ。何もなくなってルイツ副長が喜ぶのが目に見える。部屋としての機能性は全くないがな。
とりあえず最低限必要な寝台と戸棚は入れてもらえるはずだから、それまではどうするか、副長に相談しよう」
ディルが申し訳なさそうに言うが、砦に来るまで野宿をしていたアルトにとっては特に気にならなかった。雨風が凌げて荷物が盗難にあわなければそれでいい。
「僕は別にこのままでも……。雨に濡れないだけでもいいですし。狼姿だと何もなくても全く問題ありませんから」
「却下だ。他の隊員と遜色のない生活水準にしろ。それにこれから寒くなってくる。風邪でも引いたらどうするんだ」
真顔で言うと、ディルが即座にアルトの訴えを一蹴した。
「そうでした。とりあえず毛布をいただけるとありがたいです」
「話聞いてたか……?」
アルトの低い要求に、ディルが呆れたような声を出した。
***
「白い……」
開口一番、感想はそれだった。
「見習いはどこにいても分かるようにとの配慮ですね。ずいぶん前のものですが、状態が良くて助かりました」
砦の案内を終えて、ディルとアルトが副長室に戻ってきた頃には、すでに一刻半が経っていた。
アルトは待たせてしまったかと不安になりながら戻ったが、ルイツは他の仕事に取り掛かっていて特に気にした様子はなかった。
アルトの顔を見るなり微笑んで迎えてくれ、取り出してきたのがそれだった。
ディル達砦の騎士の隊服は黒で、階級によって襟の装飾の色が違う。
しかしアルトが着るよう手渡されたのは、真っ白な隊服だった。
広げてみると形や意匠は全く同じ。アルトがまじまじと見ていると、隣から動揺した声が聞こえた。
「……ルイツ副長、これはまさか」
「ええ。あなたのお古になります」
「えっ」
ルイツがさらりと告げた内容にアルトが驚く。その横でディルが顔を覆った。
「ディル様、ここで見習いをしていたんですか?」
「あー……」
ディルが返答を濁すが、否定しないということはルイツの言う通りなのだろう。
「てっきり中央の騎士学校へ行っていたのかと思いました」
砦には4つの隊と、それぞれの専門性に分かれた整備班、医療班、調理班など5つの班がある。
ディルは第一隊の部隊長で、若いが高い階級だ。
騎士学校で成績が優秀であれば、卒業後は僅かな実践期間で要職に昇進することが出来る。
そのため、騎士学校で優等生だったのだろうとアルトは思っていた。
「勿論、騎士学校には行っていましたが、ディルは実家が色々あって、学校に行く前は騎士見習いとして砦で過ごしてもらっていたんです。気を抜けば脱走して魔物に突進しようとするから、魔物の扱いに長けた砦の方が良いと。唯一の肉親であるお兄様にはずいぶん心配を掛けましたよね」
「黒歴史です……」
項垂れるディルだが、アルトはその経緯に驚く。ディル自身も大変な幼少期を過ごしていたようだ。
「それ、ディルの一番最初の見習い服なんですよ。あの頃ディルはめきめき大きくなってしまって、すぐに合わなくなったのですが……。アルト君の身体には合いそうですか?」
「ディル様の……」
不思議な縁に感嘆しつつ、ルイツに促されたアルトは隊服の上着に袖を通した。
しっかりとした生地で作られた隊服は重くて動きにくそうに見えたが、着てみると意外と軽く、生地も伸縮して動きやすい。
大きさも問題ないのだが、アルトは同年代の人間の女性の中では小さい方だ。
男性だと10歳前後くらいではないだろうか。
ルイツの口ぶりから、彼もディルの幼い頃を知っているようだが、話したくないのであれば聞かない方が良いかもしれない。
アルトが一人で考えて頷いていると、着心地に満足したと取られたようで、ルイツが笑みを浮かべた。
「合ったようでよかった。重い装備だと動きが悪くなりますしね。砦の騎士の隊服は魔物の攻撃を軽減しつつ、動きやすい砦秘密の素材で作られていますから、新しく新調すると値段が張るんですよね」
「ほ、ほんとに良かったです……」
それはつまり、魔物の森の植物から作っているということだろうか。
そうだとすれば、素材の採取から縫製までかなり手間がかかるだろう。
アルトのためにわざわざ新調させずに済んだことに、心から安堵した。
「まぁ、見習いの隊服まで同じ素材で作るようにとお金を出したのは、領主であるディルのお兄様ですから」
領主。ということはディルは貴族だったのか。
ガルドがディルは長い名前だと言っていたことを今更ながらに思い出す。
「それでディル様はディル様なんですね」
アルトが得心していると、ルイツが情報を補完した。
「えぇ。私など幼い頃から知っている隊員や、ディルと同じく身分のある者は呼び捨てにしていますが、ほとんどが親しみと敬意をこめて、ディル様と」
「からかいと意地悪しか感じませんが……」
微笑んで話すルイツに、ディルが突っ込みを入れた。
「おやディル、斜に構えた見方をして。アルト君を見習わないといけませんよ」
「ええっ、僕ですか!?」
「そうやってすぐからかう……」
ルイツが真面目腐った態度でディルに小言を言い、唐突に引き合いに出されたアルトは慌てた。
その様子を愉快そうに眺めるルイツに、ディルが呆れたように嘆息した。
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……場面場面が繋がらないぃ




