11.医務室の強面
「えっと、見習いとしての下働きは何をすればいいですか?」
アルトは重要事項の一つをルイツに尋ねた。
騎士になるには、騎士学校に通う方法と、見習い騎士となり実績を出して昇格する方法がある。
騎士学校は国の中央にある騎士を養成するための学校で、最年少で12歳から入学できる。4年間騎士になるための訓練を受け、試験に合格すれば騎士となれるのだ。
一方で、地方に住んでいて中央までの移動資金がなかったり、生活がかかっていたりと様々な理由で学校に通えない場合、各地の騎士団や砦に見習い騎士として入り、訓練を積むこともできる。学校とは違い手当が出るのだが、その分下働きや、場合によっては経験が浅いまま実践をさせられたりもする。また雑用ばかりさせられる所だと、成果を上げるまでにかなり長い期間がかかる。それでも各地の騎士団にはある程度の希望者が集まり、毎年時期を決めて受け入れをしていた。因みに、危険度の高い砦で訓練を積みたがる者はほとんどいない。
斯くしてアルトも見習いとして入るからには、訓練以外に何か仕事をしなければならない。
「そうですねぇ。……では、不定期に行う、魔物の森の植物採取に付き合ってもらいましょうか」
「えっ!?」
思案して告げられた思わぬ仕事内容にアルトは驚いた。なぜなら魔物の森の植物には重大な問題があり、採取が禁じられているからだ。
声を上げてから、アルトは拒否したと思われかねない反応をしてしまったことに気付き、慌てて弁解のために口を開いた。
「いえ、その、森の植物は魔物を呼ぶって――……、あ」
言いかけて、アルトはそのことが砦に与える利点に勘付いた。くすりと笑うルイツに、その考えが正解であることを察する。
「そう。砦にも緑があったでしょう? あれらはすべて、元は魔物の森の植物なんです。これに限らず特殊砦という場所は、森から出た魔物を出来る限り引き寄せる細工をしているんです」
「そうだったんですね」
ルイツの説明に、魔物の襲撃と隣り合わせの日常だということを改めて実感する。アルトは焦る気持ちを隠すように目を閉じた。
「実を言うと、薬になるものはその効果も高くて砦としては一石二鳥でして。宿舎の裏はちょうど日陰になるので、薬効のある陰性植物はそこで育てているんです。ですが、やはり増やすのが難しい植物もありまして」
「分かりました。確かに人間の方には危険ですもんね。僕たちは手短に済ませて、奥へさえ行かなければ何とかなりますから」
魔物に狙われる人間が魔物の森に立ち入るのは、当然危険である。しかし獣族であれば安全というわけではない。アルトは立ち入ったことはないが、獣族は魔物の森の深くへ行けば行く程、またそこでの滞在時間が長ければ長い程正気を失うらしい。
「ええ。人手が多い方が助かるんです。アルト君も初めは慣れないと思いますので、長くならないよう気を付けてください。必要な植物はその時々で変わりますので、採取を管理している医療班に教えて貰ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
アルトが礼を言うと、ルイツは頷いて話題を変えた。
「あとはそうですね……隊服は見習い用のものがあったはずなので、探しておきます。確か――」
そう言いかけた時、ノックの音が聞こえて言葉を途切れさせた。
どうぞ、とルイツが促すと、ディルを始め、掃除を言いつけられた隊員達が帰ってきた。彼らの話だと、その物置はごみで溢れているとのことだったはずだが、かなり早い帰還にアルトは驚く。それはルイツも同じだったようで、ディル達に不審そうな顔を向けていた。
「……やけに早いですね」
「そんなに心配しなくても、ちゃんと片付きましたよ」
ルイツの表情を見たディルが肩を竦める。
その後ろではガルドがアルトに向かって成果を報告してくれた。
「アルト! 片付けたぞ! 綺麗になった!」
「まぁ片付けるって言っても、中身を運び出しただけだがな」
「お前はそうだよな。俺は床を掃いたし、窓もちゃんと拭いたぞ?」
物を運び出すのに、階段の上下は大変だっただろう。ルイツの指示とはいえ申し訳なくなり、アルトは立ち上がってガルド達に礼を伝えた。
「皆さん……ありがとうございます。あと、あの、お食事は大丈夫でしたか?」
「おうよ! かき込んできたから気にすんな」
気になっていたことを聞くと、隊員達は大丈夫だと笑ってアルトの頭を撫でた。
「……成程。早く終わった理由が分かりました。普段からそれくらいの意気込みで、何事も進めていって欲しいものです」
様子を見ていたルイツが、呆れたようにため息をつく。
盛り上がる隊員達に代わり、ディルが言いにくそうに切り出した。
「ルイツ副長、その……綺麗にはなったのですが、部屋として過ごすには幾分物が足りないと思います」
「そうでしょうね。見習いの隊服を取りに行くついでに確認しておきます」
ディルの報告を受け、ルイツはそう返事をした。必要なものを揃えるにしても、申請を受けて検討するのは結局ルイツ自身なので、自分で見て判断した方が早いからだ。
「それとディル。分かっていると思いますが、貴方がアルト君の保護者をして下さいね。訓練を主体にしますので、アルト君はディルが夜勤や外勤務でいない時は、その時内勤務をする各隊長の指示に従うようにして下さい。ディル、アルト君に砦の案内を。それが終わったら、アルト君はまたここへ戻ってきて下さい。それ以外は本来の職務に戻るように」
てきぱきと出された命令に従い、アルト達は副長室から出た。
指示を待つかのように、アルトはディルを見上げる。ディルはというと、そんなアルトの頭に手を置き、髪をかきまぜた。
「いくか」
「はい、お願いします」
ここに来て、何度頭に触れられただろうか。まるで子ども扱いだが、不思議と嫌な気はしない。
乱れた髪を直しながら、アルトはディルの後を追った。
「外から見てもわかったと思うが、今いる建物は壁の一部でもある」
アルトはディルに続いて螺旋状の階段を降りながら、建物の大まかな説明を受けた。壁の一部というだけあって、全体が石造りになっていて、昼間でも少しひんやりとしている。
副長室がある階には他に隊長室、上官たちでの会議を行う部屋がある。その一つ下の階には、4つに分かれた各隊で使える会議室があり、外から来た客と面談するための部屋も設けられていた。さらにその下には砦の収支や設備管理等、事務に係る部屋があるそうだが、忙しいらしく説明のみで入ることはなかった。
「一番下の地上階は医療班に関する部屋が大部分を占めている。うちはいつでも魔物の襲撃に備えないといけないから、訓練であってもなるべく怪我をしないこと。……と言っても頭に血の上りやすい新人騎士は、毎年訓練でもここに来ているな。怪我はして欲しくないが、砦にいる以上お前も世話になるだろうから、挨拶しておこう」
階段を降りてすぐ左手に、医務室と書かれた扉が見えた。ディルが扉を開けると、薬独特の匂いがアルトの鼻を刺激する。
室内に入ってみると、すぐ右手側は壁ではなく引き戸になっていた。全て開くと砦中央の訓練場から直接人を運び込めるようなかたちだ。引き戸側には軽症者に使うのであろう、椅子や小さめの簡易寝台が並んでいる。
反対に入口から左手側の壁は引き出しのついた棚で埋め尽くされ、その前には作業台と様々な機材が置かれていた。アルトが入ってきた扉から真っ直ぐ奥側には、カーテンのついた寝台がいくつか設置されており、しばらく観察が必要な者はそこで加療するのだろう。
アルト達の入室に気付き、医療班の班員が奥から出てきた。灰色の隊服で、形はルイツやディル達の隊服とよく似ているが、少し違う。
「どうされましたか?」
そう言いながら、班員はアルトの顔を見た後、そのまま視線を下げた。上から下まで眺められ、居心地が悪くなったアルトは、ディルの後ろに隠れるように体をずらした。
「忙しいところ悪いな。怪我じゃないんだ。新しく砦に見習いが入ることになったから、挨拶に来させてもらった」
ディルの言葉に、班員は納得したように頷いた。どうやら怪我の有無を確認していたらしい。
「そうでしたか。その子が?」
「ああ」
返事をしてディルがアルトの背を押した。
目の前に立った班員は眼鏡をかけていて、医療班らしく優しそうな顔をしている。とても魔物と戦えるようには見えないが、砦に所属するほとんどの人が騎士だ。先輩にあたる人になり、アルトは挨拶しようと頭を下げた。
「あっ、アルトといいます! よろしくお願いしましっ!」
(…………噛んだ……)
恥ずかしさで頭が上げられず、そのまま固まる。
「ディル様、この子」
「言うな」
班員が何かを言いかけたが、ディルが素早くそれを遮った。何かしら、アルトが傷つくであろう言葉から庇ってくれたことを察する。
一方で、班員は頭を下げたままのアルトを興味深そうに見、これはいい人材が来たと笑みを深めた。
「……班長を呼んできます。最近疲れているみたいで。息抜きに丁度いいでしょうから」
「そうしてくれ」
ディルは上機嫌に奥へ戻っていく班員を見送り、これからアルトは上手く使われるのだろうなと遠い目になった。
気配が十分遠ざかったところで、アルトがようやく頭を上げる。
「失敗しました……」
羞恥で涙目になりながら振り返ったアルトに、ディルは直視できずに視線を逸らした。慰めるように頭を撫でる。
「まあ、なんだ。頑張りは伝わったぞ」
「……次は気を付けます。絶対に噛んだりしません」
アルトがそう意気込んだ瞬間、突如背後から言い様のない圧迫感を感じた。ざわりと毛が逆立ち、体に緊張が走る。
(……な、何か来た……っ)
咄嗟に体を退きたくなったアルトに反し、ディルはのんびりとした声を出した。
「忙しいところ悪いな、ノーティス」
「ディル。……見習いか?」
背後から地を這う様な声がアルトの耳に届いた。
確認するだけの言葉ですら、どれだけ機嫌が悪いのだと思うほど棘を感じる。
「ああ。――アルト」
「はっ、はい!」
忙しいところにすみません出直します、と逃げたくなるアルトをよそに、ディルが挨拶を促した。
泣きそうになりながらアルトが振り返ると、その目の前には大男がいた。
アルトは平均より低身長なので、ディルでもアルトより頭一つ分と少し高いくらいだ。傍にいると見上げて会話することになる。
しかし目の前の男は、それをさらに超えていた。人間の中でも高身長に入る部類だろう。よく鍛えた筋肉質な身体が、さらに威圧感を強めている。そして猛禽類の様に鋭い目つきに、不機嫌そうに歪められた口元。とても医療班とは思えないくらい、顔が怖い。
「――っ、あるとともうします……っ! よろしくおねがいしますっ」
声が出てよかった。
アルトがそう思っていると、突然視線がぐっと上がる。
驚いて見ると、ノーティスと呼ばれた男は何を思ったか、アルトの脇に手を差し入れ、その体を持ち上げていた。僅かに目を瞠った彼の様子に、少し怖さが紛れるな、などと逃避する。
しかしそれも一瞬のことで、再び鋭い視線に戻ってしまった。動けず大人しくなったアルトの四肢が、ぶらりと垂れ下がる。
「……軽いな」
ノーティスがぼそりと呟き、その体勢のまま、何かを考えるように黙り込む。
見方によっては逃げないように固定され、睨み付けられているようだ。アルトが微かにぷるぷると震え始めた。
初対面だとノーティスの顔と無言はかなり怖い。ディルは憐みの目をアルトに向け、助け舟を出すように声を掛けた。
「……ノーティス、抱え上げる意味はあるのか?」
「薬の容量に関わる。確認したいこともあった」
「あぁ、体重か……」
他にも確認の仕方があったのではとか、自分の自己紹介をする前にそれはどうなんだとか、ディルとしては色々と突っ込みたかったが、諦めた。ノーティスの纏う空気が明らかに軽くなったからだ。
恐らく小動物を抱き上げた感覚に近いのだろう。一部の隊員だけが、彼のその見た目に似合わぬ可愛いもの好きに気づいていた。アルトの容姿と言動は、彼の息抜きになったらしい。
気の済んだノーティスに下ろされ、アルトはよろよろとディルの下まで後退する。
ディルは、説明もなく上手く使われたアルトを撫でてやった。
「驚かせたな、アルト。医療班班長、ノーティスだ。こう見えても手先の器用な医師なんだ。立場的に各隊の隊長と同じ位で、騎士でもある」
「はい……よろしく、お願い、します……」
未だ衝撃から立ち直っていないアルトは同じ言葉を繰り返す。
「……無理するなよ。ディル、ちゃんと休ませて、食事も偏らないか見てやれ」
「分かってるよ」
細かい内容にディルが頷く。
ディルもアルトの体形から薄々察してはいたが、ノーティスが言うということは、やはり優先して注意しなければならないようだと、改めて思った。
我に返ったアルトが再びノーティスに頭を下げる。
ノーティスの不器用すぎる優しさにアルトが気づくのはいつになるか。
そう考えながら、ディルはまだ固まったままのアルトの髪をかきまぜた。
のんびり進行ですが、今回もお読みいただきありがとうございます。
頭撫でられすぎて、アルト君はいつか禿げると思います。




