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特殊砦で頑張りたい  作者: やなぎ いつみ
少しの勇気と沢山の優しさ
10/93

10.これからのこと

「良かったなぁ、坊主――じゃなくて、アルト。よろしくな!」

「ルイツ副長があんまり虐めるから、泣いちまわないかって冷や冷やしたぜ。よく頑張った」


 隊員達が代わる代わるアルトの頭を撫でながら、アルトへの歓迎の意を示した。同時に気が緩んだらしく、ルイツがその場にいるというのに彼への不平も飛び出す。アルトは自身が関係したことで、ルイツが悪者にされているような状況に心苦しくなる。


「る、ルイツ副長は、砦の皆さんを思ってのことですので……!」


 陰ながら砦のために頑張っているというのに、不平を言われるとアルトだと悲しくなる。当の本人は席に着いたまま穏やかそうに笑顔を浮かべているが、内心は分からない。そう思ってアルトが声を上げると、周りの隊員達がぴたりと動きを止めた。


「その、僕が、急に来たから……。皆さんが困らないようにって、考えて下さっただけで」


 ルイツ副長は悪くないんです、とつかえながらルイツの擁護をする。

 しーんと周囲が静まり返った。

 物音一つしない状況に気づいたアルトは、遅まきながら空気を読まない発言をしたことを察する。


「ご、ごめんなさ――」

「うおぉあぁ――!!」


 居たたまれなくなり、アルトが身を縮めて謝罪の言葉を口にした瞬間、雄叫びが上がった。突然のことにびくっとアルトの肩が跳ねる。


「だめだ! もう我慢できねぇ!」

「布! 布! 心の汗が!」

「やめろ! 俺の隊服で拭くな!」


 俄かに騒がしくなった隊員達に呆気に取られて立ち尽くす。


「アルト、安心しろ! 誰が何と言おうと、俺が面倒見てやらぁ!」

「俺もだ!」


 謎の盛り上がりを見せ、アルトの周囲にいかついおやじ達が押し寄せる。いい人達だということは分かっていながらも、アルトはそのあまりの圧力に慄き、凍り付いた。あわや筋肉に押しつぶされるという時、アルトの体が宙に浮く。


「はい、そこまで」


 アルトが間近で聞こえた声を辿って振り向けば、視線に気づいたルイツが微笑んで彼女を見上げた。アルトを抱え上げた姿勢のまま、隊員たちを穏やかな声で窘める。


「新入りを可愛がるのは結構ですが、怯えさせるのはやめてくださいね」

「ルイツ副長……っ」

「そんなつもりは……」


 暑苦しかった場の空気が一気に大人しくなる。


「ディルも動きが遅いですよ。この子の保護者にしようと思っていましたが、改めた方が良いでしょうかねぇ」

「……」


 ルイツの視線を追って見れば、ディルが手を差し出したまま動きを止めていた。返答のないディルに、ルイツが呆れた顔を向けてからアルトを下ろす。


「さて、アルト君とはもう少し話を詰めましょうか。盗み聞きをしていたお行儀の悪い外野には、このまま昼休みを返上して屋根裏部屋の掃除を命じます」


 ルイツの発言に、途端に苦い顔をして固まる観衆。

 午前の勤務を終えてすぐ、立ち聞きの群れに加わったのだ。軽い気持ちで訪れて昼休み返上とは、空腹を抱えた彼らにとって厳しい結果だった。


「しかも屋根裏……遠い」

「面倒くさい……」

「なんで突然……」


 倍返しになるであろうに、こぼさずにはいられないのか隊員達の口から愚痴が漏れた。幸い聞かなかったことにしたらしく、ルイツからは素直に理由が返される。


「この子の部屋にするからですよ」


 さらりと告げられた言葉に、再び隊員達が騒然とする。


「本気ですか!?」

「あのごみしかない物置を?」

「新人は1階なのに……こんなに小さい子にむごいですよ」

「それを今から片付けるんです。貴方達がね。そしてアルト君は見習いになりますので、新人騎士とは同じ扱いにはなりません。最後に、この子のことはあまり見縊らない方が良いですよ」


 口々に言いたいことを言う隊員に、ルイツが笑顔のまま機嫌を下げ始めた。

 声の響きの変化を感じ取ったアルトは、機嫌を損ねないようにと思いながらも、隊員達の騒めきようが気になって窺うようにルイツを見た。視線を受けたルイツは意図を察し、苦笑しながら口を開く。


「屋根裏というのは通称で、宿舎の屋上出口の前に物置場があるんです。そこを屋根裏と呼んでいまして。中は代々の上官達が廃棄するのが面倒で押し込んだものが積み上がっているんです。団長や私の部屋の近くを通らないといけないのと、階段が大変なので、隊員達にあそこが部屋じゃなくてよかったと言われるような場所です」


 苛立ちを交えず教えてくれたことに、アルトはほっと息をつく。


「そう、なんですね」


 了解の意を口にするも、アルトは叫ぶほど嫌がられる場所という気がしなかった。

 ごみはさておき、階段は確かに好まれないだろうが、アルトなら狼姿であっという間に上り下りできる。ルイツはアルトにとっては今のところいい人という括りで、部屋の近くを通ることに苦痛は感じない。それとも団長とやらが、部屋の前を通るだけで殴り掛かってくるような人なんだろうか。


「団長は調子の良い、とにかく明るくて煩い人間です。隊員達にとっては絡まれたくないだけですよ」


 アルトの思考を読んだように、ルイツが横から訂正を入れた。

 驚いて目を丸くするアルトに、顔に出ていますよと言い、ルイツが笑う。


「さ、時間はありませんよ。早速とりかかってくださいね」


 いつの間にか機嫌を持ち直したらしい彼は隊員達に声をかけた。ルイツの有無を言わせぬ微笑みに、彼らは文句ひとつ返せずすごすごと副長室を出て行く。

 怒るのではなく、微笑むだけで筋肉おやじ達を追い払う驚異。

 アルトはルイツには逆らうまいと心に誓った。






 ディル達が部屋を出た後、アルトはルイツに壁際の長椅子に座るよう勧められた。

 見れば長椅子とともに、3脚の椅子が小さな卓を囲んでいる。恐らく簡単な相談や、少し休憩をするときに使うのだろう。アルトは勧められた長椅子ではなく、入り口に近い一人掛けの席に座った。

 その様子にルイツが笑みを深める。


「……どこかへ連れ歩いても、問題なさそうですね」

「はい?」


 ぽつりとルイツがこぼした言葉に、アルトは意味を測りかね首を傾げた。


「いえ、こちらの話です。……さて、外野はどうやら大人しく従ったみたいですね。気配も感じませんし、話を進めましょうか」


 そう言いながら、ルイツは引き出しからいくつかの紙を取り出し、アルトの向かいに掛けた。そこまで周りを気にすることを不思議に思っていると、顔に出ていたのかルイツがくすりと笑った。


「あなたにとっては重要な問題ですよ。だって周りは男性ばかりですからね」


 その言葉の意味をよく考え、一拍して固まる。今まで坊主坊主と呼ばれ、誰も女だと気づいていなさそうだったので、驚いた。


「まあ、一番の理由は匂いですかね」


 獣族らしい答えに、アルトは成程と納得する。確かに人間でも男女では匂いに特徴的な差があった。だとするとルイツは始めから気づいていたということになるが、人払いまでしてアルトの性別を隠そうとする理由がわからない。

 怪訝そうな顔をしたアルトに、ルイツが話し始めた。


「実を言うと、ディルの報告通りの子が来た場合、どうするかという対応を事前に決めていたんです。我々に恨みがあって敵意を持って訪れたなら、団長か私が相手を。逆に砦に居るつもりであれば希望通りに。ここまで来ることができるなら、何かしらの仕事は行えるでしょうから。でも、実際にあなたが来て、予想外のことがありました」


 砦の負い目という揉め事の火種になりかねない存在を、ルイツ達は受け入れる覚悟をしていた。しかし結果を見ると、アルトは彼に一度拒絶の意を示されている。事前に決まっていた決定を覆そうとする理由とは。

 『無用な不穏分子は入れたくない』と言った彼の言葉を思い出す。この不穏分子とは、負い目であることではなく――。


「――性別、ですね」


 恐らく団長はアルトの性別は男だと聞かされていたのだろう。

 あまりの徹底ぶりに、アルトすら幼い頃は本当の自分の性別を勘違いしていたほどだ。


「ええ。女性の騎士は知っての通り元々数が少なく、一方で女性の要人警護など必要となる場面は多くあります。そのため、彼女達は中央から出ることはほとんどなく、魔物と戦わなければならない特殊砦に来ることはまずない。だからいるはずがないと思われているんです。……なかったものを受け入れるのは、相当時間がかかる」


 性別ひとつ、たったそれだけで及ぼす影響は大きい。

 ひとは異物には敏感だ。


「でも、ディルに言われただけでこんなところまで一人で来るあなたが心配でしたし、獣族は砦にとっても貴重な人材です。そこで、アルト君には性別を公言せずに砦に入ってもらおうと思いまして」

「……公言せず?」


 アルトはルイツの言い方に引っかかりを覚えて聞き返した。


「はい。簡単に言うと、性別がばれないようにしてください」

「えっと、男だと偽れってことでしょうか?」


 そうであれば今までと同じことなのだが、何となく彼が求めているのは違うことのような気がして、アルトは首を傾げて訊ねた。案の定、ルイツは頭を振って答える。


「いえ。それでは騙すことになります。信用に代わるものはありませんから」

「それは……えっと、つまり……」


 ルイツの言わんとしていることが、何となくわかり始める。

 しかし、それをアルトが言うのは非常に憚られた。


「あなたは嘘はついていない。――誤解した方が悪いんですよ」


 まあ本当のことも言っていませんけどね、続けるルイツ。

 彼が言うそれを、人は責任転嫁という。


 (――――は、腹黒い……)


 その一言しか出てこなかった。






 ルイツは自らの発言でアルトが少し引いたことを気にもせず、砦の勤務体制や注意事項などの説明を続けた。その様子にアルトはルイツがいかに強かな切れ者かを認識し、絶対に歯向かってはならないと改めて心に刻んだ。


「私が常に見てあげられる訳ではありませんので、普段アルト君の指導を行う保護者をつけます。ですが見習いが問題を起こした場合は、私が報告を聞くことになっています。ですので、何かあれば必ず報告してください。あぁ、困ったことでも構いませんよ」

「分かりました」

「――最後にアルト君」

「はっ、はい!」


 突然重々しく名を呼ばれ、思わず背筋を伸ばす。 


「ずいぶんな物言いをして、申し訳ありませんでした。かなり意地悪でしたが、アルト君が耐えられるか見極めたくて。相手が傷ついていても、容赦なく辛く当たってくる者はいますからね」

「いえっ、そんなに謝らないでください! ご迷惑をおかけしているのは事実ですし……!」


 突然の謝罪に、アルトは焦って手を振った。自分自身ですら、過去最大の迷惑をかけていることを今更ながらに自覚し、心苦しくなってきたのだ。

 顔を上げたルイツは申し訳なさそうにふふっと笑った。


「でも、アルト君があんなことを言うから、なかなか面白かったですよ」


 何か変なことを言っただろうか。

 自覚はないが、負担をかけることになってしまったルイツが楽しいならいいか、とアルトはやや曲がった考え方で折り合いをつけた。


「アルト君はきっと受けた教育が良いのでしょうね。田舎育ちとは思えないくらい言葉遣いも丁寧で、行儀も良くて、何より素直で。これからとても楽しみです。頑張りましょうね、アルト君」

「そそそんなことないですけど! ご迷惑をお掛けしている分、精一杯頑張ります!」


 過分に褒められて動揺したアルトは、ルイツが何を楽しもうとしているか深く考えられなかった。


「あまり気負いすぎないで下さいね。それで早速なんですが、アルト君は騎士見習いになっていただきますので、まず明日、人間の基礎訓練に参加して下さい」

「はい。ありがとうございます」


 アルトの返事に、ルイツが満足したように頷いて続ける。


「必要と判断すれば、暫くそのまま同じ訓練を続けていただきますね。獣姿での訓練を行う場合は、実践でも息を合わせるために決まった人間と一緒に行うのが基本ですが……」


 そこでルイツは一旦言葉を切り、アルトを見つめる。


「そうですね。アルト君が変化すると性別が知られてしまいますからね。とりあえずは団長と組みましょう」

「えっディル様ではないのですか?」


 脊髄反射の勢いで返された言葉に、ルイツが目を丸くした。それを見たアルトは、ディルと組むとは一度も言われていなかったことに気付いた。むしろ何故そう思っていたのだろうと考える。


「おや、団長よりディルが良いですか?」

「いいいいえ! そういう意味ではなく! ……すみません、なぜか勝手にそう思ってました……」


 誰かにそう言われた訳でもなく、アルトの思い込みだったと素直に告げた。

 するとルイツが顎に手をやり、何かを考え込む。


「……なるほど。重症ですね」

「僕の何が重症なんでしょう……」


 一人納得したように頷くルイツに、アルトは困惑するしかない。


「まあそれは一旦置いておきましょう。ディルにはアルト君の保護者になってもらいますが、性別をわざわざ教えたりしません。その方が面白――いえ、敵を欺くにはまず味方からと言いますしね」


 何かを置いておかれた上に、とんでもない本音が聞こえた。

 しかし突っ込んではいけない気がして、返答に困ったアルトは苦し紛れに話を逸らした。


「えっーと、団長はお忙しくはないんでしょうか?」

「大丈夫ですよ。あの人は書類にサインするだけで、あとは戦うことしか考えていませんから。新人をしごくのも趣味です。周りもきっと新しい玩具を見つけたくらいにしか思わないでしょう」

「……玩具……」

「ふふ、そんなアルト君に、私から歓迎の品です。元気を出してください」


 団長とアルトのあまりの扱いに二の句も継げずにいると、ルイツが隊服のポケットから手のひらに乗るほどの包みを取り出した。茶色いリボンで口許を縛った小さな巾着は、その可愛い見た目もさることながら、爽やかな匂いが漂っていてアルトには魅力的に映る。


「わぁ、可愛いです」

「そうでしょう? どうぞ」


 ルイツに促されて受け取ると、アルトは深呼吸するように巾着から漂う香りを吸い込んだ。爽やかな中に僅かに甘さを含んだような香りで、酸味は薄い。柑橘類の匂いだと嗅覚が鈍りやすいが、これだとそんなことはないだろう。


「いい匂いですね。これは?」

「果実を乾燥させたものを中に入れているんです。嗅覚を麻痺させず、貴女の匂いを消してくれると思います。近づきすぎると意味はありませんが、普通に過ごす分には誤魔化せるでしょう」

「すごいです! ルイツ副長は何でも持ってるんですね」


 そんなことまで考えていたのか、とアルトは驚く。

 同時に、ルイツのあまりの用意周到さに、本当にアルトが女性だった場合を想定していなかったのかと疑いたくなる。

 だがそんな疑念はすぐに晴らされた。


「まあ元々馬鹿みたいに臭い野郎共の匂いから逃れるために作ったんですが、役に立ちそうでよかったです」

「……あ、ありがとうございます」


 一瞬ルイツの言葉が乱れた気がしたが、気のせいだろう。






お読みいただきありがとうございます。

重症なのはアルト君の依存度です。


ところで、何故か副長といったNo.2の存在は腹黒か切れ者のイメージがあります。

何から影響を受けたんだろう……。

逆に団長や室長は脳筋かオカマ。

……本当に何に洗脳されたんだろう。

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