三章 事件―2―
「山中警部、こ、こんなものが部屋から見つかりました」
「なに、どんなもんだ」
警官は手を震わせながらノートを開いて見せると、それの一節を読み上げた。
「淵の中に浮かんだその死体には解けた包帯が絡み付いていて……と」
「包帯……。川島君、このあたりの住人にその事件について聞いてくるんだ。急いで」
「はい」
警官はあわてて敬礼をすると、踵を返して走り去っていった。山中警部はその背を見送ることなく、もう一度ノートに目を落とした。
「警部さん。何があったんですか」
紗綾の言葉に山中警部は顔をあげた。
「ああ、君たち。なかなか気が利いてるじゃないか。些細な会話でもよく覚えていたね。君たち、まだこの下には遺体が浮かんでいるんだが、それを見てみる勇気はあるか?」
山中警部は目を光らせた。紗綾は決心したように頷いて見せると、恐る恐る橋から身を乗り出した。一秒、二秒、沈黙が続いた。十秒ほどして、紗綾は身を戻して山中警部の手にあるノートを見つめた。
「先ほどあの警察の方、『包帯が絡み付いて』って仰ってましたよね」
山中警部はただその言葉に頷いた。しかし紗綾はその方を向いていない。川の上流のほうに顔を向けている。
「ということは、この事件はそこに書かれた事件の内容に似ている、と」
再び山中警部は頷いた。
「警部さん。ぜひ、そのノートを見せて頂けませんか」
紗綾の言葉に山中警部の口角が上がった。
「なるほど、君はただの野次馬じゃないようだな。なかなか度胸もある。私から何か聞きだそうとしているな」
川上から吹く風が紗綾の髪をなびかせた。
「君はいったい何者だ。我々の味方か、敵か?」
その瞬間、若い山中警部の瞳は鋭く光っていた。もし紗綾が今山中警部と目を合わせていたら、もし人の視線が人を焼き殺すなら、紗綾はたちまち燃え上っていただろう。しかし紗綾はその視線に対し、あくまで流水のように冷静であった。
「気になることがあったら、解決しないと気が済まないんです」
「つまり、この事件も気になるというんだな」
紗綾は無言のまま縦に首を振った。
「おもしろい。やりたきゃやればいい。ただ、俺の邪魔はするな」
山中警部は紗綾にノートを差し出した。