二章 一昨年の事―2―
バーベキューも終わると、紗綾たちは自分が炭火臭くなっていることに気がついた。それでお風呂に行くことにした。黒崎隼をボディーガードに、管理棟から少し行ったところにある風呂につくと、脱衣所では丁度、大庭翠と間宮凛が風呂をあがってきたところであった。
「ねぇ、凛、いいかな」
「そりゃ仕方ないじゃない。一人は怖いでしょ、おいでよ」
「うん、ありがとう」
「でも泰君どこ行ったんだろうね? こんな可愛い彼女を置いていってさ」
間宮凛はそう言って大庭翠のわき腹をつついたのだが、それに対する大庭翠の反応はなかった。
紗綾はもちろんのことだが、舞たちもこの二人がバーベキューをしていたあの二人だということには気が付いていた。でも特に気にすることも無く、さっさと洗い場に入っていった。紗綾だけがちょっと気になる様子で、なかなか中に入ろうとしなかった。しかし大庭翠と間宮凛、あれ以来会話も無く、ただ黙々と髪を乾かしている。それは自分に対する遠慮なのか。紗綾はそう思うとちょっとだけ恥ずかしくなって、そそくさと洗い場の扉を開け、立ち込める湯気の中に足を踏み入れた。
「さっきの人たちどうしたんだろうね?」
石造りの露天風呂、湯船につかりながら紗綾は舞に聞いた。舞は頭にタオルを乗せながら夜空を眺めている。湯煙が不規則な渦模様を描きながら天に舞い上がってゆく。舞はその渦をつかみたいのか、虚空に手をかざしている。渦をつかみ損ねると、ちぇっ、とつぶやいた。
「ん、さっきの人たち?」
「なんか、彼氏が一人行方不明なのかな? どっか行っちゃったって言ってたけど」
「へぇ」
「へぇってなにさ」
「それしか感想持てないよ。大体そんな聞き耳立てるのはよくないよ、さーやん」
友人にそう諭されて、紗綾はぶくぶくと湯船に沈んだ。確かにそうかもしれない。それでも、気になるものは仕方がないのだ。息苦しくなって、紗綾は顔をあげた。舞は相変わらずつかめるはずのない渦を追って遊んでいた。
その晩、紗綾はなかなか寝付けなかったという。深夜も遅く、寝床を抜け出してちょっと外の空気を吸いに行った。紗綾たちの泊まるバンガローは河原に面していて、月明かりもないこの夜にはただ星の明かりしかなかった。そんな荘厳な風景も彼女の心を動かすことはできなかったようで、再び布団に戻っても瞼がなかなか合わなかった。
翌朝、何やら外が騒がしくて目がさめてしまった。しばらくそのままウトウトとしていたら、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。紗綾はそれが目覚ましであったかのように飛び起きると、ベランダのカーテンを開けた。このバンガローは丁度川を挟んで四号バンガローと対称の作りになっているから、川向こうが良く見えた。
一台のパトカーが止まった。ちょっと視線を横にずらすと橋が見える。橋のうえからは人が何人か下を覗き込んでいる。と、パトカーから降りたスーツの男が駆けてきて、その人ごみを分けるように入ると、他の人と同じように下を覗きこんだ。
どうしたものだろう。
紗綾も橋の下に視線をやった。何かが浮かんでいる。何だろう……?
それが何か認識すると、紗綾の目はその物体に釘付けになってしまった。
人だ。人が浮いているのだ。