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四号バンガロー  作者: 裃白沙
四号バンガローにて
3/20

一章 四号バンガローにて―3―

「あ、ああ、なにか?」

 虚を突かれた私は、どぎまぎしながらその少女を見上げた。河原のほうからやってきたようで、顔をあげると、丁度少女と目線が交差した。手には紙製の皿を持っている。

「あ、驚かしちゃいました? すいません。あの……これ、食べませんか?」

 少女は申し訳なさそうに笑うと、私の前に皿を差し出した。皿の上には程よく焼き目のついたカボチャと肉、獅子唐に茄子が盛りつけられていた。私が目を丸くしていると、少女はくすぐったそうに笑った。

「ああ、突然ですみません。いやぁ、むこうのほうでバーベキューをしているもので。ちょっとおすそわけを」

 それは言われなくても分かっていた。ただ私は、この土手に一人ぽつねんと座っている男、すなわちこの私に話しかけようと思ったことに驚いていたのだ。

「ああ、ありがとう。いただきますよ」

 私は我に返ると、少女の差し出す皿に手を伸ばした。少女はそれが私の手に渡ると、ひらりと私の横に腰を下ろした。結んだ髪の毛先が揺れ、ほのかな金木犀の香りがした。

「いやぁ、すみません」

 少女はそう言うと、何を恥ずかしがっているのか、頬を染めて頭を掻いた。せっかくの髪が少し崩れた。それでも少女はお構いなしに、川の向こう岸を遠く見つめた。

「いいんですか、戻らなくて。お友達むこうでしょう?」

 私がそう言うと、少女はもう一度微笑んだ。

「いいんです。十分楽しみましたから」

「はぁ」

「それに、前来た時も、ここにこうして座っていた人が居たから。なんだか懐かしくなっちゃって。そう、一昨年かな。私、ここに来ていたんです。高校の友達と」

「はぁ、一昨年」

 私は少女の問わず語りにどう返せばいいか困惑していた。それでも不思議と私は彼女に引き付けられていた。なぜだろう。私は別に嫌な気分にはならなかった。逆に彼女が語るならば、それに任せておきたいとさえ思った。どこか、自分に似た孤独を彼女から感じ取ったからかもしれない。

「ああ、そういえば、あなた、どちらにお泊りですか?」

「私? 私は向こう岸の、ほら、あそこに見えるバンガローですよ」

 すると少女は、ほぅ、とつぶやき、なんだか楽しそうに笑った。

「どうされたんですか? ああ、やっぱりご存知ですか、あの四号バンガローにまつわるお話」

 私もすこしいい気分になっていた。いつの間にやらこの少女に対する警戒心は消え失せていた。少女もそうなのか、いや、この少女に限っては端から私に警戒心など持っていなかったようだ。相変わらず屈託もないこの少女は、なにか面白いことを見つけたように静かに笑っている。

「あのバンガローにまつわるお話……。それは、ひょっとしてあの包帯の男のお話ですか?」

「ああ、じゃあ、あのノートをご存じで。ええ、まあ、ちょっと気になったもんでね」

「それで、あなたは気味が悪くならないんですか? 自分の泊まっている場所で殺人事件が起きたとわかっても」

 少女は微笑みながら私と顔を合わせた。

「いやぁ、私ね、小説書くのが趣味なんですよ。だから、あれを読んでね、書く意欲が沸いたんです。それでその話を土台に展開を練っていたんですよ。この土手でね」

「ふぅん。それで、どうです、うまくできそうですか?」

「いやぁ、そんな簡単にうまくいけば苦労しませんよ。まだまだ全然。思い立っただけ、書けるかはわかりませんね」

「ありゃ、それじゃあ先生のこと、ちょっとお邪魔しちゃったかな」

「せ、先生だなんて、そんな。三文文士にもなっていないような、駆け出しも見習いもいいところですよ。それに、人殺しの話で儲けるような人間じゃあ、間違っても先生と呼んじゃいけませんな」

 私は自嘲気味に笑った。すっかり解かれた警戒は、私を久しぶりに推理作家にしてしまった。それでも少女は、気味悪がるどころか、興味深そうに、私の目を捉えて、放さなかった。

「先生。それでも私は先生って呼ばせてもらいますよ。なんたって、推理作家だったら私の知っていること、きっと参考になると思いますから」

 少女は嬉々としてそう言った。そう言って腰を浮かせ、ヒョイと私にもう十センチほど近づくと、あらためて遠く、川向こうのバンガローを見つめた。


 ぐぅ。


 はっと少女の顔を見ると、少女は恥ずかしそうに私を見上げた。私はどう反応すればいいか、とりあえず微笑んでみせると、少女から渡されたお皿を、少女の前に差し出した。

「やっぱりおなかすいてるじゃないですか。どうぞ、一緒に食べましょう」

「あ、いや。さっき食べたばかりだし、おすそわけなのに……。それじゃあちょっとだけいただきますね。お話のおつまみに。無くなったらまたもってきますから」

 そう言って、焼き茄子をつまみながら少女は語りはじめた。

 私はそれをひとつ小説のように書いてみようと思う。

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